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部下に任せることに不安を抱く上司が存在します。リーダー層では、部下に任せるより自分がやったほうが早いし失敗もないと、「何でも自分でやってしまう病」が蔓延しているのです。この問題は、組織の状況、業務の性質、部下の能力など、複合的な要因を考慮した上で、戦略的にアプローチする必要があります。
「効率アップ! チーム力アップ! モチベーションアップ! リーダーの任せる技術」(岡本文宏 著)あさ出版
任せることが苦手になる背景と要因
任せることが得意で、スムーズに仕事を振っていくリーダーがいる一方で、上手く仕事を任せられない人もいます。セミナーや研修会場でアンケートを取ると、後者の方が圧倒的多数派です。しかし、これには個人の性格だけでなく、構造的な要因も影響しています。
自分だけが常に忙しく働いている状況の分析
著者はかつての経験を次のように解説します。
「店長だけが一生懸命に接客をしたり、商品管理をするなどして、忙しく動き回っているけれど、部下はボーッと店頭で立っているか、何人かで固まっている店舗がありました。店長はいつも辛そうな顔をして、疲れているという印象でした」(著者)
この状況は、複数の要因が絡み合って生じています。まず上司側の要因として、完璧主義や責任感の強さが挙げられます。部下への信頼不足も大きな要因であり、教育時間の確保が困難な状況や短期的成果へのプレッシャーも影響しています。
一方、部下側にも要因があります。スキルや経験の不足はもちろん、主体性やモチベーションの欠如、失敗への恐れ、そして役割や責任範囲の不明確さなどが、積極的な行動を妨げています。
さらに組織的な要因も無視できません。人員配置の問題や評価制度の不備、失敗を許容しない文化、そして業務プロセスの属人化などが、権限委譲を困難にしています。
現実的な部下育成のアプローチ
すべての業務を一律に任せることは現実的ではありません。業務の性質によって、適切な委譲のタイミングと方法を判断する必要があります。
定型的で手順が明確な業務は即座に委譲可能です。一方、判断要素を含むが基準が設定可能な業務については、段階的に委譲していくのが適切でしょう。高度な専門性や機密性を要する業務は慎重に委譲する必要があり、法的責任や最終意思決定を伴う業務については委譲不可と判断すべきです。
部下に仕事を任せられないリーダーの多くは、「教える時間がもったいない」という思考に陥っています。確かに、自分でやれば10分で終わる仕事を、部下に教えながら進めると1時間かかることもあるでしょう。しかし、これを単純な「投資」と捉えるのではなく、リスクとリターンのバランスを考慮した戦略的アプローチが必要です。
段階的な移行プロセスとして、まず第1段階では上司が実施し、部下が観察することから始めます。次の第2段階では部下が実施し、上司が密着指導を行います。第3段階に進むと、部下が実施し、上司は要所での確認にとどめます。最終的な第4段階では、部下が完全に実施し、結果報告のみを行う形になります。
リスク管理の仕組みも重要です。チェックポイントを設定し、報告・相談ルールを明確化することで、問題の早期発見が可能になります。また、失敗時のリカバリープランを準備し、段階的に権限を拡大していくことで、大きなリスクを回避できます。
短期的成果と長期的育成のバランスを取るためには、重要度と緊急度のマトリクスを活用し、育成時間を業務計画に組み込むことが必要です。上層部への育成計画の説明と承認取得も欠かせません。小さな成功体験を積み重ねることで、部下の自信と能力を着実に向上させることができるはずです。
持続可能な組織づくりへ
部下への権限委譲は、単なる「任せる勇気」の問題ではありません。組織の状況、業務の性質、部下の能力、そして外部環境の要求をバランス良く考慮した上で、戦略的に進める必要があります。
部下育成は種まきと同じですが、土壌の状態を見極め、適切な時期に、適切な方法で種をまく必要があります。画一的なアプローチではなく、状況に応じた柔軟な対応こそが、持続可能な組織づくりの鍵となるでしょう。
今日から始められる小さな一歩を踏み出し、着実に組織の力を高めていきましょう。完璧を求めず、しかし着実に前進することが、真のリーダーシップなのです。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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