大阪万博工事費未払い問題を考える

楠 茂樹

CHENG FENG CHIANG/iStock

大阪・関西万博(以下、「大阪万博」)は開催準備段階で様々な問題を指摘されながらも2025年4月に開催され、ちょうど半年の開催期間の半分が過ぎた。

当初入場者数の少なさが心配されたが、現時点で最終的にはおおよそ採算ベースに乗りつつあるという見込みのようだ(「大阪・関西万博 半年の開催期間折り返し 暑さ対策など課題に」)。むしろ混雑対策としての入場者数の平準化が課題になっているほどだ。

夏場の猛暑、残暑の中、観客が混雑する会場でどう快適に過ごせるかがポイントになっているということは、少なくともイベントが成功しているかを判断する指標である「盛り上がり」という条件は満たしているということであろう。当初、間に合うかどうかそれ自体が関心事になっていたことを考えれば、まさに「形勢逆転」である。

ただどんなイベントでも「文句なし」というものはあり得ない。大阪万博でも、シャトルバスをめぐる混乱が指摘されたり、シオユスリカが大量発生したりと観客目線での問題もいつくか報じられているが、ここではパビリオン建設の契約問題について考察したいと思う。

万博の準備段階で筆者は、産経新聞のインタビューを受け、「日本国際博覧会協会(万博協会)が発注した会場整備工事の一般競争入札を巡り、1事業体のみが参加する「1者応札」が全体の3分の2を占めたこと」について、「入札不調は(利益にならず)魅力のない工事に誰も手を挙げないという自由競争の結果だろうが、1者応札の多さは不信感を招く。予算や工期などに問題があった可能性があり、入札だけでなく万博招致からの一連のプロセスを検証する必要がある」と答えた(「万博工事入札3分の2が「1者応札」 支出増要因か 談合立件の東京五輪でも続発」)。

今、問題になっているのは、海外パビリオンの建設をめぐる工事費未払い問題だ。報道によると、ルーマニア、セルビア、ドイツ、マルタのパビリオンの建設を受注した元請企業から下請けを受けた建設業者に対して、契約違反や工事の欠陥を理由とした3億円近い未払金があるという(「悲鳴をあげる下請け企業 海外パビリオン建設費を総額3億円以上未払い 元請け企業に要求」)。

他の報道では、中国館、アメリカ館でも同様の問題が発生しているという(「万博の工事費は誰のフトコロに入っているのか アメリカ館でも未払いが発覚 下請け業者の怒りの矛先は」)。

海外パビリオンの建設は各国の責任で行われる。「2025年日本国際博覧会 パビリオン出展」募集要領」には、

出展参加者は、パビリオンの企画、デザイン、設計及び建設(そのための事業者の選定を含む)から、展示物の設置、演出、大阪・関西万博開催期間中の運営、及びパビリオンや出展物の維持管理までの一連の行為について、自らの責任で実施していただきます。

と明記されている。日本国政府、地方公共団体、そして公益社団法人2025年日本国際博覧会協会(万博協会)は、各国パビリオンの建設契約には関与しない。

なぜ、このような未払い問題が発生したのか。個別の事例ごとに個別の事情があるだろう。全てを網羅することは到底できないが、ここではその背景事情としていえそうなことをいくつか指摘しておこう。

あるパビリオンでは「建設許可ない大阪市の業者が工事関与」(「建設許可ない大阪市の業者が工事関与 休館のアンゴラ館 下請けに費用未払い、中止一因か」)との報道もあった。

大阪府の吉村洋文知事は、6月下旬に「アンゴラパビリオン工事で未払いの事実が確認できたとして、建設業者に適切な対応を行うよう建設業法に基づく勧告を行った」(「万博・パビリオン建設費の未払い問題 下請け業者らが会見 大阪府の回答に納得いかず再要望へ」)としている。

また、直近の報道によれば、大阪府は、「大阪市の建設会社が、法律に基づく営業の許可を受けていなかったとして・・・30日間の営業停止の処分にし」た、という(「万博 アンゴラパビリオン 無許可業者を営業停止処分 大阪府」)。

どうして大規模な国際イベントの工事に無許可業者が入ってくるのか。元請業者が海外政府や海外機関との建設取引に精通していない可能性はないか。海外パビリオンの発注者と国内の元請業者との間にコミュニケーション・ギャップはないか。あるいは元請業者が外国資本の企業だった場合、下請業者との情報共有は十分になされていたか。国内の法制度、法実務に熟知していたか、といった疑問が当然生じる。

また海外の発注者であれば、その国の取引実務に沿った発注をしてくる可能性がある。国内の業者は、日本では当然に支払われるべき費用も支払われない、あるいは争われるリスクを負うことになるかもしれない。

資材高騰や契約変更などの事後的な事情が発生した場合、その旨の詰めた契約上の合意があったか、何が契約違反になるのかについてのコンセンサスはあったのか、契約に適合した工事についての共通了解はあったか、そういったところのボタンのかけ違いが未払い問題の背景事情となっているのかもしれない。

そのような中で、元請が資金ショートに陥れば、必然、下請には金銭は行き渡らないし、一次下請が資金ショートに陥れば二次下請には金銭は行き渡らない。

日本のゼネコンの多くは協会発注の建設工事は手がけたが、海外パビリオンの工事はあまり手がけていない、と聞く。日本のゼネコンが海外パビリオン建設に見出したリスクがあるのであれば、それは何か。また、海外パビリオン建設を手掛けたゼネコンは、何を注意したか。そういったところに今回の問題を解く多くのヒントがあるだろう。

また、開催前に懸念されたこととして、海外パビリオンの建設の多くは計画通りいかず、果たして間に合うのか、ということがしばしば指摘された。間に合ったとしても窮屈な工程を余儀なくされたことは想像に難くない。

無理な契約、見切り発車のような契約はなかったか。そのような中、予想外の資材高騰も相俟って、必要な資金が循環してないという事情に至ったのではないだろうか。

主催者である万博協会はこういった契約問題をどこまで把握していたか、あるいは把握できたか。契約トラブルは工事の遅延を招く、受発注者、元下間の問題だから関知しないというのであれば、「イベントの確実な成功」を目指す主体としての姿勢が疑われてしまう。地方自治体も同様だ。

資金繰り窮した業者はどうすればよいか。契約上の問題として誰に何を請求できるか。万博協会、地方自治体、国に対して救済を求める(あるいはその責任を追及する)ことも予想されるが、その法的根拠は何か。救済が一度認められると、「それが認められるなら、これも」と、これまで表面化してこなかったケースが続々出てくるかもしれない。然るべき指導は関係各者に対してするが、直接金銭的な救済はしない、という行政らしい結果も十分予想される。

万博協会の石毛博行事務総長は「権限ある行政当局のもとに作られた紛争処理の仕組みの中で、1件1件対応していくのが必要だ」(「万博海外館の工費未払いは「民間同士の問題」なのか 業者が質問書」)と話したというが、政府や地方自治体に設置されている建設紛争審査会のことを指しているならば、それは公的な救済ではなく「当事者同士で」ということだ。

いずれにせよ、将来に活かせる経験として、こういった問題について徹底した原因分析を行い、再発防止のための有用な議論を積み重ねていくことが求められよう。こういった点は万博が終了した後では「過去の話」として曖昧にされてしまう。今、活況なときにこそ徹底した考察と検討が必要だ。