令和の大学教授は "ルー大柴" になり、そしてみんな信じるのをやめた。

お休みしていた『表現者クライテリオン』での連載「在野の「知」を歩く」が、ようやく復活! 先週末に出た9月号で、在野研究者と言えばこの人! の荒木優太さんと対談しています。

荒木さんのYouTubeではすでに、2分強でのPR動画も公開! ぜひ、再生して下さいましたら。

在野で研究する人は昔からいましたが(ていうか元は、在官の研究機関なんてなかったし)、「在野研究者」という名乗り方は、荒木さんが平成の晩期に広めたものでした。2016年の『これからのエリック・ホッファーのために』に続き、19年には在野どうしでの論集も刊行。

「在野研究ビギナーズ」荒木優太さんインタビュー 学問はどこでもできる! |好書好日
大学に所属しない「在野研究者」15人が自身の生活や研究のノウハウを綴った本『在野研究ビギナーズ』(明石書店)が刊行されました。仕事をしながら研究を続けるにはどうしたらいいのか、時間の割き方やリサーチ方法など様々な実例が語られています...

とはいえ正体を掴みにくいのが荒木さんの特徴で、Twitterアカウントは白樺派の「有島武郎」なんですが、13年の最初の著書は共産主義者の「小林多喜二と埴谷雄高」、15年に『群像』の新人賞に入選したのはリベラリズムのジョン・ロールズ論。この人、なにもの?

そのロールズの読み方のポイントは、対談を準備していた際の記事にて、先日紹介しました。

「国家の人格分裂」を治癒するために、政治にこそ文学が必要である。|與那覇潤の論説Bistro
発売から約1か月で、『江藤淳と加藤典洋』の増刷が決まった。江藤や加藤の名前を知らない人も増えたいま、まさにみなさんに支えていただいての快挙で、改めてありがとうございます。 このnoteで初めて告知を出したときから、ぼくは一貫して、社会の分断を乗り越えるための本だと書いてきた。江藤と加藤のどちらも、80年前の敗戦の受...

今回の対談では、荒木さんの研究歴のなかでロールズと有島がつながる場所(!)を見定めるとともに、いまリベラルの言葉が社会に届かない理由も、そこから掘り下げています。

與那覇 しかしアカデミズムの言葉は、そのままでは大学の外に届かない。広く庶民に届く言葉は、彼らの生活の中から見出さねばというのは、鶴見俊輔らの「戦後知識人」にはイロハのイだったでしょう。

反対にいまSNSで発信する「リベラル論客」には、お前らは俺らの言葉に合わせるのが当然、なぜなら意識が高いのはこっちだからだ、この学歴を見よ! と奢る態度が目立ちます。在野ならぬ「在官」というか、大学に属する人ほどそれが強い。

131-2頁(強調を附し、段落を改変)

そうなんですよ。戦前に帝国大学のご立派なガクモンは、なにひとつ戦争を止める役に立たなかった。その反省から、仮に欧米から輸入する知識が「最先端」だとしても、ふつうの日本の庶民が腹落ちするまで噛み砕く学問の土着化が不可欠だとする感覚は、戦後という時代の前提でした。

動画とか対談とかいろいろ(または、私はなぜ批評家を名乗らないのか)|與那覇潤の論説Bistro
幸いなことに今月は掲載や出演の機会に恵まれたので、3つほどまとめてご紹介です。 ① ヘッダー写真のとおり『表現者クライテリオン』7月号に、前号に掲載された綿野恵太さんとの対談の続きが掲載されています。連載「在野の「知」を歩く」の第2回目です。 前回、こちらのnote で「在官」の学者がChatGPTに置き換えられる...

前に、自分って(読んでないけど)『思想の科学』派なのかなぁ、みたく書いたのはそのことで。ところが80年も経つとそうした反省は擦り切れ、むしろマウント目的でイミフな珍概念を振り回す「学者」が増えてきます。

荒木 現在はカタカナ語があまりに多すぎる。特にジェンダー・セクシュアリティ系の用語はカタカナ語にあふれていて、日に日に増えています。バイスタンダーとかフィクトセクシュアルとか、ご存知ですよねとか言われても、いや知らんから。お前はルー大柴なのか

與那覇 (笑)。海外の映画について「邦題」を工夫せず、原題をカタカナ書きするだけになって久しいですが、学界もその轍を踏みつつある。それでは洋画と同じく、限られたマニア以外は興味を失い、見に行かなくなるだけです。

134頁

実はよくわかってないんだけど、特定の用語さえふり回していれば「意識が高く見える」「味方だと思ってもらえる」「使わないやつは敵だと叫べる」……なカタカナ語インテリ界隈の日常には、先例があります。

はい、戦時下の日本ですね(苦笑)。有識者が「ルー大柴」になるまでの80年とは、要はその体験をすっかり忘れる期間でもあったわけで。

歴史を忘れ去り、言葉を「凶器」として使う時代をどう生きるか
與那覇さんは2015年の春から病気(双極性障害にともなううつ状態)の治療に専念され、約3年間の療養を経て、今年4月に新著『知性は死なない 平成の鬱をこえて』を出版しました。しかし大学のお仕事に復帰されるのかと思いきや、「学者廃業」を宣言されたので、とても驚きました。「歴史学者廃業記」では、歴史学者・與那覇潤の「最後の言...

戦時中、意味はわからなくていいから、とりあえず「万邦無比の国体」とか「八紘一宇」とかの用語を唱えていれば、少なくとも非国民呼ばわりは免れるし、実際には破局(敗戦)に向かってひた走っていても、なんとなく有意義なことをしている気持ちになれる。そういう言葉の使い方を、鶴見さんは「お守り」に喩えたわけです。

拙インタビュー、2018.6.16
(鶴見俊輔「言葉のお守り的使用法について」は
1946年5月、『思想の科学』創刊号が初出)

だいぶ前の取材でも、荒木さんとの対談で出てくる鶴見俊輔を引いてこうお話ししましたが、より痛烈な表現で指摘したのは、山本七平でした。左右関係なく、リアルな戦争体験者にはそんなの常識だったわけです。

日本軍は、言葉を奪った。……そこは暴力だけ。言葉らしく聞えるものも、実体は動物の「唸り声」「吠え声」に等しい威嚇だけである。

他人の言葉を奪えば自らの言葉を失う。従って出てくるのは、八紘一宇とか大東亜共栄圏とかいった、「吠え声」に等しい意味不明のスローガンだけである。

人は、新左翼の言葉がわからないというが、軍部のスローガンも、実はだれにもその意味内容がわからなかった。一体その言葉でどういう秩序を立てて、その中に自らが住みかつ人びとを住まわすつもりなのか、言ってる本人ですらわからない。

『山本七平ライブラリー』7巻、505-6頁
(初出『一下級将校の見た帝国陸軍』1976年)

「戦後80年目の8月」もご存じの15日を過ぎて、早くもピークアウトぎみ。バーチャルな戦争にのみ熱心なお子様学者ばかりが「在官」で目立ついま、戦後という時代の遺産を、どう未来の世代に手渡してゆくのか?

ウクライナ戦争に踊った「大きな少国民」(『Wedge』連載開始です)|與那覇潤の論説Bistro
20日発売の『Wedge』8月号から、巻頭コラムの連載を担当させていただいています。ずばり、タイトルは「あの熱狂の果てに」。 今日に至る、さまざまな歴史上の熱狂をふり返り、「……でも、いま思うとあれは何だったの?」を省察するのがコンセプト。毎回、写真家の佐々木康さんによる撮りおろしの扉もつきます。 ひと:佐々...

今回は特別に、学術YouTuberでもある荒木さんと、『表現者クライテリオン』それぞれのチャンネルで、対談時の動画も一部を公開予定。サブスク会員の方はいずれ、全編視聴可能にとの噂もあるので、ご検討ください。

雑誌でも、掲載されるたびの『表現者クライテリオン』誌のご厚意で、たっぷり頁数を取りながら議論しています! ぜひ多くの方が、8月が終わった後にも、手に取ってくださいますように。

参考記事:

資料室: 山本七平と「漁師めし」の日本論|與那覇潤の論説Bistro
今月の8日に、ぶじ愛媛県の伊予西条市で登壇させていただいた。歓迎してくださった地元の学習塾「伸進館」のみなさま、および共演の先生方、改めてありがとうございます。 実は前月に体調を崩したこともあり、なるべくゆったりした旅程を組むことにして、前日は道後温泉(松山市)に宿泊していた。で、そこで狙っていた郷土料理があったの...
お子様学者たちのファミリーレストラン:オープンレター「再炎上」余禄
2021年4月4日に公開され、数々の批判を受けた後に22年の同日にネット上から当初の文面が削除された「オープンレター 女性差別的な文化を脱するために」が、再度の炎上を起こしている。 私としては21年のうちに論じ尽くしたこのオー...
もし、ベートーベンが類人猿から音楽を教わっていたら|與那覇潤の論説Bistro
先週末の呉座勇一さんとの配信では、話の枕のつもりだった「コロンブス」炎上が、目下の歴史学の問題点を考える上でも大事なトピックになった。 ぼくは普段、ネタが旬でなくなった後もたどれるようにリンクを貼るのだけど、この話題はどのサイトを選べばいいのかわかんないくらい炎上しすぎて、疲れてしまう。いちばん「批評性」を感じたNo...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。