
衆院予算委員会で答弁する高市首相
自民党HPより
国会での高市首相の答弁は、日本国内で大きな議論を巻き起こしている。確かに米国の「戦略的曖昧性」に触れる部分はあった。しかし「アメリカとの調整なく」と断じる一部識者の見解は浅薄であり、日本防衛に不可欠な日米関係の本質を理解していないことの証左である。
忘れてはならないのは、「集団的自衛権」が台湾情勢とは直接関係なく、トランプ登場以前から半世紀以上にわたり日本が抱えてきた根本的課題であるという事実だ。かつてはデモ隊まで動員され、野党の“平和ボケ”による猛反対を避けるため、国会審議を経ず閣議決定で立法化された経緯すらある。
本来、軍事同盟の常識は「フルスペックでの行使」である。軍事同盟とは互いに互いを守り合うものであり、条件などなく共通の敵に対して血を流すのが基本だ。冷戦期の特殊事情により、日本は基地提供と引き換えに免除されてきただけである。
しかし、世界の安全保障を知らぬ一部日本人の圧力により、日本は「存立危機事態」という条件付きに妥協せざるを得なかった。米国は「過去半世紀以上と同じ、日本は米国有事に動かない」と不満を抱きつつも、安倍元総理の立場を理解し受け入れた。この歴史的経緯を日本人の多くは知らない。かつてトランプ自身が、米国有事の際に憲法9条を盾に「テレビを眺めるだけ」の日本人を痛烈に批判した事実も忘れてはならない。
今回の習近平との電話会談後にトランプが高市へ伝えたメッセージは、支持率低下を意識し、経済問題を最優先したうえで習近平の不満を察し「事を荒立てるな」とやんわり伝えただけに過ぎない。中間選挙を睨んだ米中経済関係優先の自己都合の発言であり、台湾問題の歴史的経緯を理解しないまま表面的な言葉を並べる軽薄さは、ウクライナ戦争に関する彼の発言の変遷を見ても明らかである。
重要なのは、高市が安倍の遺志を継ぎ、日本の国防を唯一依存できる可能性のある米国に寄り添った姿勢が米国で評価されている点だ。高市総理が米空母上で米兵の前に立ち、トランプの横で演じたパフォーマンス、そして今回の国会答弁で米国有事における集団的自衛権行使の可能性を公言したことは、米国人に好意的な印象を与える。私の友人の米識者、米軍、米諜報関係者は揃って高評価を与えた。
最大の問題は、多くの日本人が日常的に考えていない事実――日本が「自国で自国を守れない」という厳しい現実である。世界の多極化、反米勢力の拡張、米国の国力低下、自国優先主義により、日本の安全保障における対米依存度はトランプ誕生で加速したが、それ以前から低下し続けている。
「中国と仲良くすればよい」「習近平に迎合すれば安全」といった一部の無知で平和ボケした主張は危険極まりない。中国が日本を守ることはなく、台湾のみならず尖閣、沖縄までも支配下に置かれる危険性すらある。最近の中国による領空侵犯・領海侵犯を見よ。軍事演習の名を借りた侵攻準備であることは明らかだ。
習近平は任期中に台湾統一を実現する決意を固めている。シナリオは数十通りあるが、その一部は武力行使を伴う。彼自身が武力行使も辞さないと明言している。もし血を流さず統一がなされるなら内政問題とされるだろう。
しかし武力行使となれば、海上封鎖・隔離、さらには尖閣や沖縄の占領可能性すら含まれる。海上封鎖は日本経済に壊滅的打撃を与える。米軍が「航行の自由」を守るために出動する可能性も高い。尖閣防衛を含め、米軍との協力体制を明言した高市発言のどこに問題があるのか。
この状況下で、日本は米国への依存を維持しつつ、10年をかけて「本物の独立国」を目指す努力を始めなければならない。戦争と核兵器は「絶対悪」であり、最終的には廃絶されるべき存在といえる。しかしそれを理由に「思考停止」してはならない。
過去70余年の平和の裏には、米軍基地と核の傘を含む日米安保があった。米兵による事件は報道されるが、平和維持の抑止力としての存在意義は忘れられてきた。水や空気のように当然視されてきたため、多くの国民がその事実を忘れている。
今回のトランプによる高市への電話を「日本がゼレンスキーのウクライナと同じ状況」と見る意見もあるが、それは誤りだ。米国とウクライナには軍事同盟がなく、米国にウクライナを守る義務はない。他方、日本は米国による「防衛義務」を享受できる。これは生死を分ける重大論点である。
過去数百年の歴史も重要だが、現在の「いまそこにある危機」を考える上では過去80年に絞った史実がより重要だ。この史実を振り返れば、日本の対米関係と対中関係の出発点が根本的に異なることは明白である。現時点で日本は米国と軍事同盟を結んでいる。それにもかかわらず、日本人の多くは米中を「公平に付き合うべき」と考えている。だが中国は言論・報道の自由を欠き、人権を軽視し、香港・ウイグルでの弾圧を続け、習近平体制の一党独裁を堅持している。
今回の高市答弁は台湾問題ではなく日米関係への言及であるにもかかわらず、中国は「歴史」を持ち出し、台湾防衛を口実に日本が中国を攻略すると信じる者までいる。報道の自由がない中国人だけでなく、史実と安全保障の現実を知らない日本人までもが「戦争準備だ」と批判するのは滑稽である。
台湾を巡って開戦するのは習近平であり、高市ではない。中国が開戦しない限り、日本は動かない。高市はあくまで日米が攻撃された場合に米国と共に戦う決意を明言したに過ぎない。
外交に戦略的曖昧さはつきものだ。だがそれはケースバイケースだ。今回の場合、過去半世紀以上の日米間の懸案への答えを特に米国に対して高市が発信した。習近平が最も嫌がる日米の強い連帯は、武力行使阻止に向けての効果的な抑止になる。
昔、中国海軍トップが、世界の覇権争いに関して以下の内容を言った。「ハワイを軸に太平洋を東を米国に任せる。西部分は中国が頂く」ほぼ同じことを習近平も、後日やんわり確認している。中国が”頂く”西半分には我日本が含まれる。
米国はトランプ登場で問題を抱えつつも、一応の民主主義国である。現在の日本国防に関して、米中は決して平等ではない。国民は過去80年の史実を直視し、議論を開始すべきだ。
答えは一つではない。しかし議論を避けることこそ、最大の危険である。






