外国人マネーが動かす不動産市場:政府注視の「短期売買」「名義の壁」の正体

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(前回:2025〜2030年、不動産市場の行方を左右する三大メガトレンド

外国人による不動産取得問題が話題になるたびに、「規制すべきだ」「経済成長の妨げになる」などと賛否が分かれる。しかし、不動産実務の現場に長く携わる筆者にとって違和感を覚えるのは、この議論が“感情論”と“事実”が同じ土俵に乗っていないという点である。

今回、政府が新設した「外国人との秩序ある共生社会の実現のための有識者会議」で示された資料(第1回会合:令和7年11月27日)を読み込むと、政治的スローガンとは異なる、極めて実務的な論点が浮かび上がる。

本稿では、政府がどこに関心を持ち、今後の政策形成の焦点がどこにあるのかを、不動産市場への実務的な影響という視点から整理していきたい。

1. 政府が最も問題視しているのは「所有者が見えない」という構造

 同有識者会議の資料2-2(三の項)には、4つの柱が明確に示されている。

  1. 不動産登記・森林取得届出の段階で国籍を把握する仕組みの検討
  2. 外為法に基づき、国外居住者による取得を幅広く把握する仕組みの検討
  3. マンションの取引実態(国外からの取得を含む)の早期把握・公表
  4. 国籍情報も含む一元的データベース(不動産ベース・レジストリ)の構築

この4項目に共通するキーワードは、「見える化」=透明性の向上である。

現在の登記簿には国籍情報がない。外から見れば「日本人名義」の土地でも、裏では外国投資家が実質的オーナーであるケースもあり得る。政府が気にしているのは、

  • 誰が買っているのか
  • どこを買っているのか
  • どの目的で買っているのか

が分からない点だ。

これは安全保障の話だけではなく、不動産市場の透明性の問題である。透明性が確保されなければ、適切な市場評価が難しくなり、価格形成にもノイズが入る。

2. 「都心マンションの短期売買」が注目される理由

資料3には、東京23区の新築マンション価格の高騰と、外国人による短期売買の可能性についての分析が示されている。

  • 新築の平均価格は2年連続で1億円超(2023年、2024年)
  • 中古でも70㎡換算で1億円超
  • 背景として「投資需要」「建築費高騰」に加え、「海外投資家の短期売買が影響しているのではないか」という報道や指摘が紹介されている

ここで重要なのは、政府が「外国人が悪い」と言っているわけではない、という点である。重点はあくまでも、

  • 誰が買っているのか
  • どのエリアで短期売買が多いのか
  • どれだけ市場に影響を与えているのか

を把握する必要があるという認識である。

短期売買は、価格変動を増幅し、市場の不確実性やリスクを高める可能性がある。また、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降の円安環境で「日本の不動産は割安」という評価が続いたことも背景にある。

日本のマンション市場は、従来「実需中心」で構造的に安定していた。しかし、外国人による新築マンションの取得状況や投機的取引のデータが蓄積されれば、税制(短期譲渡課税の強化等)や届出制度の検討につながる可能性もある。

3. 「外国人オーナー化と家賃急騰事件」への政府のスタンス

資料3には、外国人オーナーに変わった後の賃貸マンションに関する事案も紹介されている。

  • 家賃の大幅引上げによる立退き要請
  • 点検を口実としたエレベーター停止による入居者の退去

しかし、この件に関しては政府の方針は冷静で、借地借家法の適正運用で対応できる(=家賃の急激な上昇は「正当事由」がない限り認められない)という立場だ。つまり政府としては、この問題を「外国人だから」と特別扱いする意思はなく、既存法の周知と運用強化の問題と整理している。

この点は非常に重要で、「外国人規制=家賃抑制」のような図式を描くことは、政策として想定されていないようだ。

4. 実務家から見る“政府が目指す方向性”は何か

以上の資料を踏まえると、政府が描いている政策方向は、次の3点に集約される。

◆ 方向性①:まずは「所有者の見える化」を徹底する

国籍を登記に直接載せるかどうかは慎重な議論が必要だが、外為法・届出制度・法人の実質支配者(Beneficial Owner)情報などを組み合わせて、

  • 名義
  • 国籍
  • 資金の出所
  • 利用目的

を把握する方向に進むのは間違いない。

これは不動産市場の透明性向上につながり、長期的には健全化に寄与する。一方で、資産取引の透明性向上は、税務・金融規制とも密接に関連するため、今後は不動産分野に限らず、広く資金の流れを把握する枠組みと連動する可能性もある。

◆ 方向性②:都心高額マンションの「短期売買」を注視

これは市場の安定性に対する配慮であり、将来的に以下の可能性がある。

  • 短期売買に対する税制強化
  • 取引情報の届出義務化
  • データ公表による市場監視

とはいえ現時点では実態把握とモニタリング強化が中心で、実態を把握した後タイミングを見計らって規制する余地を残していると見ることができよう。

◆ 方向性③:賃貸市場は既存法の運用強化にとどめる

家主業に対する新たな規制を設ける意図はなく、政府はむしろ

  • 不当な値上げは法的に無効
  • 借地借家法を正しく理解すべき
  • 行政として相談体制を強化する

という立場を取っている。健全に法令を遵守している不動産オーナーにとっては、大きな制度変更のリスクは小さい。

◆ 方向性④:重要施設周辺等の注視区域での監視強化

自衛隊基地や米軍関連施設の周辺など、安全保障上の重要区域における取引状況の把握強化が進む見通しだ。重要土地等調査法に基づくデータ蓄積が進んだことで、都心部でも民間取引が活発なエリアと注視区域が重なるケースが明確になってきた。

しかしながら、都心部は民間取引が極めて活発なため、取得禁止のような強い規制には進みにくく、まずはモニタリング強化と早期把握が中心となる可能性が高い。

5. 本当に警戒すべきは「規制」ではなく「透明性の潮流」

不動産市場を見ていると、規制の有無よりも、「誰が、どこを、どんな目的で買っているのか」という“情報の質”が、市場を左右する時代に入っていると感じる。政府のこのような政策が進めば、

  • 名義の背後まで見える
  • 投機的取引、短期売買の流れが見える
  • エリア別の取引特性が見える

という環境が整い、市場評価がより精緻になる=投資判断が高度化する方向に進む。

これは、プロの投資家・実需買主・不動産オーナーにとっては「武器の増強」となり、投機的取引を抑制し市場をより安定的にする可能性がある。

まとめ

外国人による不動産取得規制の本質は「排除」ではなく「透明性」の向上にあるといえよう。日本の不動産市場は次の段階に入る可能性が高い。

外国人の不動産取得をめぐる議論は、表面的には感情的なテーマとして扱われがちだ。しかし、政府資料を見る限り、政策の方向は極めて実務的であり、狙いはあくまで「透明性の確保」「市場の安定」「データの整備」にありそうだ。

次回は、資料2-2で示された「政策の4本柱」をさらに深掘りし、不動産市場・投資家・オーナー・金融機関にどのような変化が生じうるのかを考察していきたい。

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