都市を涼しく、豊かに:都市型ネイチャーポジティブの実現を目指して

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本稿のテーマは「暑い都市を涼しくする」である。

これまでの都市におけるヒートアイランド現象対策は、昨今の猛暑に対して効果が限定的であり、文字通り「焼け石に水」の状態が続いている。

現在、世界は「ネイチャーポジティブ」という新たなキーワードのもと自然回帰を強く掲げており、都市の抜本的な暑熱対策を実現するためにも、この国際的潮流に乗り、ドラスティックなマインドチェンジが必要な時期に来ている。

元々ヒートアイランド現象の研究者であった著者が、現在の中野区議員という立場から、都市型ネイチャーポジティブ実現に向けた提言を行うものである。

1. ネイチャーポジティブとは

私たちの社会経済活動は、地球規模で生物多様性の損失を引き起こしてきた。これまでの目標であった「Net Zero(ネット・ゼロ)」、すなわち「損失をゼロに食い止める」ことは不可欠であるが、持続可能な未来を築くためにはそれだけでは不十分である。そこで、世界的に合意され急速に広まりつつあるのが「ネイチャーポジティブ(Nature Positive)」という概念である(図1)。

図1 ネイチャーポジティブの概念図
環境省HPを一部抜粋

  • これは単に「生物多様性の負(損失)の流れを止める」だけではなく、「正(回復)に反転させること」、すなわち全体としてプラスの状態にすることをめざす考え方である。
  • 具体的には、2030年までに自然を回復軌道に乗せ、2050年までに豊かさ(生物多様性)を回復・増進させるという国際目標の実現に向け、すべてのセクター(産業、行政、市民)が取り組む共通の行動目標である。
  • この「プラスへの転換」こそがネイチャーポジティブの最も重要な意味であり、今後の企業や都市経営における新たな羅針盤となる。

ネイチャーポジティブの概念に触れると、広大な森林や海洋での取り組みを想像しがちである。しかし、世界の人口の半数以上が暮らし、経済活動の中心でもある都市こそが、自然をプラスへと転換させるための最も重要なフロンティアである。コンクリートとアスファルトに覆われた都市空間を「生態系の回復拠点」へと変貌させることが、ネイチャーポジティブの鍵となる。

2. ネイチャーポジティブに関する国内外の動向

ネイチャーポジティブという言葉は、2022年12月開催の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されたことから広がりを見せた。国内ではこの潮流を受け、以下のような動きが進展している。

  • 2023年3月:「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定され、2030年目標に「ネイチャーポジティブの実現」が明記
  • 2024年:関係4省(環境省、経産省、農水省、国交省)連携で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を策定し、企業支援策を提示。経済効果は2030年時点で47兆円と試算
  • 2024年4〜6月:「生物多様性増進活動促進法」「都市緑地法改正」「第六次環境基本計画」「土地基本方針」などが成立

特に2024年5月に策定された第六次環境基本計画では、政府だけでなく地方公共団体をはじめとする多様な主体に役割が期待されており、各自治体でネイチャーポジティブの推進が求められている。

3. 都市型ネイチャーポジティブの具体例

土木・建築分野のネイチャーポジティブを整理した『建設ネイチャーポジティブ』の著者・中村圭吾氏から伺った、都市型ネイチャーポジティブの参考事例には以下がある。

特に大丸有の事例(図2〜4)は、都心部でグリーンインフラを積極的に取り入れることで、「機能的役割」と「情緒的役割」の発揮が期待され、快適性・創造性にあふれる都市空間の創出につながる。

図2 大手町・丸の内・有楽町地区におけるグリーンインフラ導入意義

図3 大手町・丸の内・有楽町地区におけるグリーンインフラの捉え方

図4 大手町・丸の内・有楽町地区におけるグリーンインフラの取り入れ方

空間的な制約が大きい中で、グレーインフラ・グリーンインフラを「モノ/材料・構成要素」と「カタ/考え方・機能」という観点から要素分解して整理し、従前のグリーンインフラに対する考え方を拡張している点は大変参考となる。都市部では自然を増やす場所が限られているため、少しずつでも増やしていく努力が不可欠である。

4. 暑熱対策としての「グリーンインフラ」

今年は例年以上に暑熱対策が注目されたが、中野区で実施された施策は、区有施設のクーリングシェルター指定や備品購入にとどまり、外出したくなる都市環境の創出には結びついていない。まちなかに「暑さをしのげる場所」を作ることが不可欠である。

著者が工学博士を取得した学位論文のテーマは、簡単に言えば「熱い東京を涼しくすること」であった。基礎自治体では同分野への予算付けは困難と考え、これまで中野区に提案をしてこなかったが、上述のように社会情勢・環境が大きく変化したため、客観的評価(査読付き論文など)が入った研究成果の説明とともに、ヒートアイランド対策について提案する。

研究成果の概要

■ 河川による冷却効果荒川で気温の水平分布を観測すると、荒川で気温の水平分布を観測した結果、河川のど真ん中は駅周辺の市街地と比較して気温が2℃低いという結果が得られた(図5)。

図5 河川による冷却効果
著者学位論文,p110

森林による冷却効果と冷気閉じ込め:東京ドームに隣接する巨大庭園・小石川後楽園内とその周辺の気温差は最大6℃に達し、森林が気温上昇を抑え込むことが示された。また、他の庭園と比較すると、2.5m程度の壁に囲まれている小石川後楽園は、重たい冷気が外に滲み出しづらいことがわかり、冷気を閉じ込められることが立証された(図6〜7)。

図6 小石川後楽園とその周辺の気温分布
著者論文を修正

図7 小石川後楽園・新宿御苑とその周辺の気温分布
著者学位論文,p192-193

河川・森林の複合効果:目黒川の水辺と森林によって生成された冷気は目黒川沿い及び隣接する山手通りの気温上昇を抑制していた(図8)。

図8 目黒川の昇温抑制効果
著者論文を修正

感覚的に誰もが理解できることであるが、水辺と緑を増やすことで冷気を生み出すことは可能である。

ハード整備による暑熱対策を行うのであれば、漠然と中野区全体を冷やすのではなく、川沿いなど特定のラインを確実に涼しい軸、すなわちクールラインとして整備することが効果的である。

中野区都市計画マスタープランには、

「河川沿いにおいて、水辺とみどりが連続し、うるおい・環境・防災に寄与する水とみどりのネットワークを形成するとともに、『風の道』を形成します。」

と記載されており、この方向性と一致している。

図9 中野区都市計画マスタープラン「グリーンインフラ概念図」

また、中野区が進める「歩きたくなるまちづくり」には、夏場の直射日光を遮る「木陰」が必須である。神田川の管理通路においても、区が管理するのであれば植樹が許容されるとの回答を東京都建設局中小河川課長より得ており、実現の可能性がある(写真1)。

写真1 神田川管理用通路

ご当地ネタで恐縮であるが、中野区歌「未来カレンダー Forever Nakano」の歌詞に「春、長く続く桜並木」とあるものの、中野区南部には該当する場所が存在しない。区のネイチャーポジティブ戦略として、南北に流れる河川を「冷却の軸」として位置づけ、重点的に暑熱対策を講じるべきであると考える。

また、目黒蓮・今田美緒らが出演するキリンビール「晴れ風」キャンペーンは、自治体の桜の植樹・保全に資金を提供する取り組みであり、企業のCSR活動を積極的に活用しつつ、ご当地キリンビールの応援とも結びつけることで、財政負担を抑えながら中野区全域、とりわけ河川の緑化推進を図るべきであると考える。

一方で、中野区駅周辺においては都市再開発が進行しており、みどりを増やす好機である。都心三区が近年緑被率を増加させている理由も、再開発において積極的に緑化を推進しているためである(図10)。

図10 都心3区における緑被率の変化
東京都HP

5. グレーインフラの改良

整備手法としては、従来のグレーインフラの改良も有効である。

打ち水に関する研究成果では、打ち水の気温低減効果は人間が感じ取れない1℃以下であったが、地表面温度の低下によって輻射熱が減少し、その結果として人間の表面温度が最大6.5℃低下した(図11)。あらゆる物質はステファン・ボルツマンの法則により絶対温度の4乗に比例した輻射熱を発しており、この輻射抑制効果が重要である。

図11 打ち水による輻射抑制効果
著者論文

水の蒸発熱によって表面温度を低下させる保水性舗装は、熱環境の改善に有用である。これまでは、隙間が多い構造ゆえに荷重で凹みやすく、維持管理コストに課題があった。しかし、大きな荷重がかからない歩道であれば、保水性舗装を積極的に施工することが可能であると考える(図12)。

図12 保水性舗装の概要と効果
新宿区HP

6. 都市型ネイチャーポジティブの実現に向けて

昨今、気候変動やヒートアイランド現象によって発生する暑熱への対策は不可避となっている。都市部におけるネイチャーポジティブの実現には空間的な制約が伴うが、以下の二点を核とした抜本的な暑熱対策を講じることが可能であると考える。

冷却の軸(クールライン)の設定と重点化
都市全体を一律に涼しくすることは困難であるため、「冷却の軸(クールライン)」を設定し、対策を重点化することが重要である。すでに水辺である点を踏まえると、河川軸をこの「冷却の軸」として位置づけることが最も妥当である。河川沿いの水辺と緑の連続性を高める整備(植樹など)を推進し、地域全体の暑熱環境の改善を図るべきである。

歩道への保水性舗装の積極的な施工
従来のグレーインフラの改良策として、歩道においては輻射熱の低減に効果的な保水性舗装を積極的に施工すべきである。水の蒸発熱により地表面温度が低下することで、人の表面温度の上昇を抑制する効果が見込まれ、これからの都市部の暑熱対策として極めて有効であると考える。