日本人サラリーマンは仕事のやる気がない理由

黒坂岳央です。

「仕事」という言葉ほど、立場によって解釈がまったく異なるものはない。

「労働は悪」と考える人、「労働は自己実現であり、娯楽」と考える人にわかれる。一般的には前者はサラリーマン、後者は独立した人に多い。

もちろん、サラリーマンの中にも仕事が好きで自己実現をする人はいるが、独立した人で「労働は悪」と考えている人を自分は見たことがない。

仕事への熱量の違いは、単なる個人の性格の問題ではない。本質的には報酬体系の設計と市場原理が生み出した必然的な結果である。

なぜこうも真逆と言えるほど違うのか?持論を展開したい。

※ 本稿は起業を称賛し、サラリーマンにダメ出しをするという浅い白黒な議論ではない。あくまで統計的傾向を科学し、ワークインセンティブを考察する目的を持って書かれた。

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独立した人がハードワーカーになる2つの理由

独立した個人や経営者は「ハードワーカーであれ」と説く事が多い。理由は2つある。

1つ目は彼らにとって仕事が「リターン総取り」だからである。基本的に頑張ったら頑張っただけ売上や利益は、すべて自分のものになる(税金はあるが)。こうなると空き時間、すべてが「仕事」という感覚になる。

筆者は育児をするようになって、「仕事とプライベート」をようやくわけることが出来るようになった。だが、以前は何もしていない時間が「仕事しないともったいない。機会損失」と感じてしまい、遊びや人と会う時間さえ惜しんで持ち時間のすべてを仕事していた。

もう1つはリスクテイクである。自分の事業は「我が子」そのものである。わかりやすいたとえとして、YouTuberにとってはYouTubeアカウント、noteを書く人にとってはnoteアカウントがそれにあたる。育てれば育てるほど、その価値は100%自分に帰属する。この所有権の感覚が仕事へのコミットメントを最大化する。

良くも悪くも、「仕事の成果」は自分、周囲に見える形で返ってくる。必死にやらないともう仕事が来なくなる一方、結果を出せば新しい仕事が次々と舞い込む。ありがたいことに自分は色んな新規の仕事を頂けるようになったので、「この状況を絶対になくしたくない!」という強い思いが生まれ、仕事で手を抜こうとはまったく思わない。

おそらく、起業した人は筆者と似たような感覚を持っている人が多いと推測できる。「全部、自分事」になると人は燃え上がるようなエネルギーを仕事に向けることが出来るのだ。

もちろん、これは生存競争を勝ち抜いた者の「サバイバー・バイアス」であることも忘れてはいけない。「起業最高!」などと薄っぺらい理想論のつもりはなく、あくまで心理学的なインセンティブ構造を科学したものに過ぎない。

このような事情により、独立した人の中で「労働は悪」などと考える人がいない。労働したくない人はそもそも独立しないし、途中からそう感じたならとっくにやめているからだ。

日本のサラリーマンは仕事のやる気がない

一方で、多くの雇われ者が「働いても報われない」と絶望し、労働を人生を奪う悪と見なす傾向にある。特に国際比較をしても、日本のサラリーマンは仕事へのエンゲージメントが低いというデータが出ている。米ギャラップ社の調査によれば、日本企業の「熱意ある社員」の割合はわずか6%前後と、世界最低水準にある。なぜだろうか?

この低エンゲージメントは、単なる怠慢や性格ではなく、以下の市場構造に対する「合理的な諦め」の結果とも言える。

1つ目は適材適所にならないからだ。現代日本は深刻な人手不足にあるが、その実態は「突出した人余り」と「絶望的な人不足」の極端な二極化が起きている。多くの産業では人手不足だが、逆に極端な人余りは事務職で起きる。

たとえば、「エアコンの効いた部屋で、定時上がり、特別なスキルも不要な事務職」という条件には給与は安くても応募が殺到する。経営者の視点に立てば、こうしたポジションはいくらでも応募者が来る。供給過多の市場では、経営者が給料を上げるインセンティブは働かない。そうなると頑張っても報われないという感覚になり、「できるだけ省エネで働き、帰宅後にエネルギーを温存する」という働き方が本人にとっての合理性になる。

仮に猛烈なレッドオーシャンかつ低価格競争の産業で独立してしまうと、まったく稼げないので自然に淘汰され適材適所が進む。だが、サラリーマンの場合はすぐさま失業することはなく、付加価値の低い仕事がそのまま残り、本人も安く買い叩かれている感覚があるので仕事のやる気も出ないわけだ。

「頑張っても給料が上がらない」のは、社会の不条理というより、「人余りのレッドオーシャンで消耗している」という戦略的ミスの結果である可能性が高い。

実際、サラリーマンでもハイスキルを持つレア人材になればドンドン給与は上がる。代替不可能な専門性を磨き、雇用されながらも「選ぶ側」に回るサラリーマンは「より良い仕事」を求めて前のめりになる。

どんな仕事も適材適所を意識することが必要なのだ。

今後はさらに格差が拡大する

SNS等では「いかに働かないか」が美徳のように語られる。筆者は過去に何人かの人から「自分は高い給与をもらっている割に、自由度が高く実質的な労働時間は短い」という「謎の自慢」をされたことがある。1人、2人ではない。何人もそういう趣旨のことを誇る人がいたのだ。

「本来、サラリーマンは裁量がなく拘束時間、みっちり働くものだが自分は楽が出来る勝ち組」というPRだったと解釈するが、独立した人は楽をすることにまったく興味がないのでこうした話はあまり響かない。

一部の人は「安月給でもいいから週休3日にしてほしい」「平日8時間労働が長すぎるので5時間くらいにしてほしい」といった形で仕事への熱量を失っていく中、自発的にハードワーカーになり、高い上昇志向を持つ人間にとってはゴボウ抜きをする絶好のチャンスと言える。

仕事の差別化は、他者が熱意を失えば失うほど容易になる。だからハードワーカーほど、世の中に「楽をしたい。労働は悪」と考える人が増えることを喜ぶ。そうなれば労働力はますます希少性を高め、ライバルは減り、自分は利益を総取り出来るからだ。

結局のところ、仕事への向き合い方を決めるのは、環境でも才能でもなく、「仕事を他人事ではなく、自分事」に出来ているかの一点に尽きる。

筆者はバイト、派遣、会社員と色んな立場でたくさんの仕事をして真面目にやってはいたが、日曜日の夜は憂鬱だった。それが今ではワクワクする側になったので「やる気」の問題ではなく「場所」の問題なのだ。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。