「綴じろって言われてません」という地獄

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ある新入社員の話。上司から「会議用に30部コピーして」と言われた。

コピーした。30部。持っていった。上司、怒る。「なぜ綴じていないんだ」

僕は、だれの真似もしない」(前刀禎明 著)

新入社員、反論する。「だって、綴じろとはおっしゃらなかったじゃないですか」

……もう、ダメだ。この会社。

いや、この新入社員だけの問題じゃない。こういう人間を量産してしまう組織の問題だ。

「価値」って何か。ある仕事の、本質的な意味や目的を考えることだ。

この新入社員はこう思ってる。「なんで自分がコピーなんか。私はそんな仕事をする人間じゃない。命令されなきゃやらない。早く終わらせたい」

まあ、気持ちはわかる。新入社員なのに毎日コピーとりじゃ、そりゃ腐る。

でも、考える人は違う。「上司は判断に時間を使うべきだから、自分がコピーをとる。じゃあ上司ならどう配るか。そもそも紙じゃなくていいんじゃないか。もっといいやり方あるんじゃないか」

後者のほうがいいに決まってる。でも、本当に最悪なのは、もう一つのパターンだ。

「なぜコピーをとるのか? 言われたからだ。言われたことだけやればいい。給料もらえるし。余計なことして怒られるのバカバカしい」

これ。思考停止。

意味とか目的とか、考えること自体をやめてしまった人たち。

こういう人が増えると、会社は終わる。「言われなくてもやる」という文化が消える。跳ねっ返りが死滅する。前例踏襲。指示待ち。勝手に動いて失敗するのが怖いから、何もしない。

萎縮した人間から、価値は生まれない。感動も生まれない。

そういえば、昔いた会社で見た光景を思い出す。会議で誰も発言しない。上司が「何かないか」と聞いても沈黙。終わった後、廊下で文句を言い合う。「あの案件、おかしいよな」「だよな」。じゃあ会議で言えよ。言わない。面倒だから。責任取りたくないから。

そんな会社、ゆっくり腐っていく。当然だ。

組織論の本はたくさんある。でも本質は単純だと思う。人間、歳を取ると楽したくなる。過去の成功体験を反芻して、後ろばかり振り返る。新しいことを始めるのが億劫になる。

セルフ・イノベーションをやめた人。思考を停止した人。そういう社員ばかりの会社が、静かに朽ちていく。

じゃあ「価値」って結局何なのか。

人を喜ばせること。感動させられるかどうか。それだけだ。

女性にモテる男は、相手を喜ばせようと努力する。ビジネスも同じ。アップルが愛されるのは、ディズニーが愛されるのは、期待を超えようとしてるからだ。

「ほら、すごいだろ? 感動しろよ!」

こう言われたら白ける。感動は押し付けられない。自発的なものだ。

あなたは仕掛ける側か、仕掛けられる側か。

「綴じろって言われてません」と言う側か、言われる前に綴じる側か。

答えは、たぶん自分でわかってる。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

<書籍評価レポート>

■ 採点結果
【基礎点】  43点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】  22点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】  20点/25点(独創性、説得性)

■ 最終スコア 【85点/100点】
■ 評価ランク ★★★★ 推奨できる良書
■ 評価の根拠

【高評価ポイント】

  • 事例選択の秀逸さ:リモコンのボタン、iPodの白いイヤホン、コピーを綴じない新入社員という三つの事例が、日本企業の病理を多角的に浮き彫りにしている
  • 当事者視点の説得力:ソニー勤務経験やiPod販売側としての内部視点が、外部批評にはない深みと信憑性を与えている
  • 問題構造の可視化:「多機能主義」「表面的模倣」「思考停止」という三つの病理を、具体的エピソードから抽象的構造へと昇華させる手腕が見事
  • 読者への問いかけ:「仕掛ける側か、仕掛けられる側か」という二項対立が、ビジネスパーソンの根源的姿勢を問う普遍性を持つ
  • 文体の熱量:著者の怒りや嘆きが抑制されずに表出しており、読者の感情を揺さぶる力がある

【課題・改善点】

  • 処方箋の不足:問題提起は鋭いが、日本企業や個人がどう変わるべきかの具体的方法論が弱い
  • 構造分析の浅さ:なぜ思考停止や表面的模倣が再生産されるのか、組織・制度面への掘り下げが不十分

■ 総評
日本企業に蔓延する「多機能主義」「表面的模倣」「思考停止」という三つの病理を、リモコンのボタン、iPodの白いイヤホン、コピーを綴じない新入社員という身近な事例から鮮やかに描き出した警鐘の書である。
特にiPodを売る側にいた著者が、日本メーカーの白いイヤホン追随を「大量の塩を送った」と表現する箇所は、当事者ならではの皮肉と洞察に満ちている。「綴じろって言われてません」という一言に象徴される思考停止の分析も秀逸で、読者に自己省察を促す力を持つ。日本企業の閉塞感に危機意識を持つビジネスパーソンにとって、現状認識を深める一冊として推奨できる。

22冊目の本を出版しました。

読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)