
各紙の情勢調査が、自民党の優勢と、中道改革連合の苦境を報じている。維新と足して「過半数」だったはずの与党の目標は「絶対安定多数」に上がり、天井知らずの勢いだ。

中道の強みは「創価学会+連合」の組織票で、名前が定着する前の新党だから、ふわっと “世論の空気” を捉える電話調査等で支持を拾えるか、疑問視する声もあった。だがブームにほど遠いのは事実で、大敗の可能性もある。

そうなる理由は、わりと単純だと思う。
「サナ活」なるものの実態はともあれ、初の女性首相を “推し活” 的に支持する有権者は多い。そうした人の目にはたぶん、与党を飛び出した公明党と、野党第一党だった立憲民主党の合体が、
「私の “推し” を邪魔するためにここまでやるのか、ズルいっ! いまこそ全力で推し続けて “アンチ” の妨害突破だうおおおお!!」
みたく見えている。高市氏の首相への適性や、誰の配慮不足で連立が組み変わり、総選挙を急かされたのかは、考えない。思考を止めて対象と一体化する快楽こそ、推し活の本質だからだ。

で、高市政権の批判者にも、それを貶す資格のある人は、ほぼいない。
そもそも「アイドルの推し活のように投票に行こう!」とは、”推す人” が少なそうに見えた岸田・石破政権下の選挙で、リベラル寄りの識者が言い出した話だ。後から歴史否定主義でごまかせないよう、証拠を貼っておこう。


とりわけ近年顕著だったのは、既存のエスタブリッシュメントに対して「アンチを推す」タイプの投票だ。米国のトランプ現象の “ぬるいバージョン” みたいなものだが、すぐ思いつくだけでも、
2022年7月 参院選でガーシー当選
24年7月 都知事選で石丸伸二氏次点
24年11月 兵庫県知事選で斎藤元彦氏再選
25年7月 参院選で参政党躍進
がある。いずれも大手の紙誌など、”権威ある” 言論の世界では「ありえない!」とされた事態だ。
そのたびにぼくはずっと、権威を持つ “主流派” の側が率先して反省し、信頼を回復することが最大の対策だと言ってきた。しかし多くの者はそれを無視し、単なる居直りか、逆に勝った側へのニワカな寝返りを続けてきた。
だからいま、「本命の小泉進次郎に “勝てるわけない”」との下馬評を覆した高市首相が、世の大手メディアへの「アンチを推したい」エネルギーを満帆に受けて、支持されている。自業自得とは、まさにこのことだろう。

さて今回の選挙で、そんな流れを少しでも止めたいなら、どうするか。
推し活とは、”いま” 誰かを応援する快楽への没入なので、対義語は明白だ。「歴史」である(笑)。
中道改革連合の結成を受け、めずらしくTVでも「中道の政治史」(?)がふり返られた。しかし、誰もが思い出す新進党をはじめ、どうしても失敗した例ばかりが注目される。実際にこれまでは、いつもコケてきたしね。
だが歴史とは、実現したことばかりでは、ない。
たまたま先月から、そのテーマで歴史を書いてるので調べたのだが、創価学会員の投票先が、公明党の他に「あるはずないでしょ」といった通念は、意外にも限られた時代の思い込みである。

公明党に初めて “解消論” が出たのは、1970年代初頭だ。批判的な出版物をめぐって(いまで言う)キャンセルカルチャーの応酬になり、創価学会は1970年、反省と方針の転換を表明した。
その後しばらく、公明党は民社党への合流が模索され、実現の可能性も高かった。だが乗り気だった民社の西村栄一委員長が、71年に急死し頓挫する。もし合併していたら、それこそ「中道連合」を名乗っても不思議ではない。

70年代を通じて多党化が進み、自民党への支持が衰え分裂含みになると、79年には “穏健保守” の大平正芳首相が公明に連立入りを打診した。このときも「政治とカネ」がネックで破談になったが、一歩手前までは行っていた。
野党と与党、それぞれの “穏健派” が真ん中に歩み寄り合流する可能性は、昭和にも十分あったのだ。今回は仔細を略すが、1984年の「二階堂擁立劇」も成功すれば、ハト派を自民党総裁に担ぐ “中道連立” になったはずだ。
いま「どうせまた失敗するんじゃ?」として語られる、平成の合従連衡は、こうした流れで見るとむしろ “逸脱” になる。ぼくがよく使う喩えでは、ボタンのかけ違いってやつだ。
自民側でずっと “中道路線” を担ってきた(旧)田中派の窓口役に、当時はタカ派志向だった小沢一郎氏が就き、かつ党を割ってしまったのが想定外だった。公明党も引きずられ、新進党への加入と、分裂の顛末に至る。
かけ違いはまだ続く。1999年に自公が初の連立を決めた際、首相は沖縄にサミットを誘致した小渕恵三で、官房長官は被差別部落出身の野中広務。公明側といちばんしっくりくる、”弱者に寄り添う保守” との話しあいが実った。
だがその小渕首相が2000年に急逝し、「天皇を中心とする神の国」の人・「痛みを伴う構造改革」の人・「美しい国」の人と、なんかもう強烈なキャラが続いたわけだ(苦笑)。むしろ、25年間もよく保ったなぁと思う。
この物語の上に置くとき、2026年に中道改革連合ができたことも、だいぶ見え方が変わる。
解散後の “いまだけ” を見れば、ニワカ作りの選挙互助会だ。が、”たった半世紀” (歴史家の感覚では)をふり返るだけで、同じものが、やっとボタンのかけ違いを直して、あるべきところに落ち着いたゴールにも見える。

はい、わかりましたね? この選挙、実は「”推し” か・歴史か」の対決なんです。ホンモノのリベラルは、もちろん歴史の側につき、”推し合戦” に敗れたニセモノのリベラルは、早々と逃げ出してだんまりの構えでしょ?
――と、プレジデントオンラインに話した内容のうち、なぜ “推し活政治” はあなたの人生を豊かにしないかをまとめた記事が、先ほど公開された。

久しぶりに戦後史を歴史学したこのnoteとは、内容のカブリなしの「合わせて一対」にしてあるので、読んでくれたら嬉しい。もし主張に同意してくれるなら、ぜひ周りにも広めてほしい。
歴史あるホンモノのリベラルが善戦すれば、いつでも「政権交代」が可能で、与党もまた緊張感を持つ日本が戻ってくる。それは、保守や右翼と呼ばれる人にも、よいことのはずである。
逆に中道を盛り下げた主犯であるニセモノのリベラルは、結果にかかわらず、日本のどこにも居場所はない。彼らが “推し” にかまけてずーっと無視してきた、歴史のゴミ箱に行くことになる。それがこの選挙の意義である。

2025.9.1
はい。おっしゃる通りです
参考記事:


(ヘッダーは公式の! YouTubeより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。






