医師会の善意にタダ乗りする時代は終わった:5千億円で地域医療を買い戻す改革案

東 徹


日本の地域医療は、診療報酬によって成り立つ日常診療だけでなく、学校医、警察医(死体検案)、初期救急、各種認定審査会、母子保健、災害医療といった公的業務によっても支えられている。これらは法律上、自治体の責任で維持されるべきサービスである。しかし実際には、多くの地域で医師会による推薦や調整に依存する形で運営されてきた。

この仕組みは長年、地域医療を支えてきた一方で、担い手の固定化や透明性の不足を招き、「医師会を通さなければ地域医療が回らない」という構造を生み出している。問題は医師会そのものではない。本来、公的制度として運営されるべき業務が、慣行的な調整に依存している点にある。

医師会のこれまでの貢献に報いるために手切れ金5000億円を払おう|東 徹 精神科医
今や社会保障改革の議論について目にしない日はない、というぐらいには社会保障制度に関心が持たれているのは良いことだ。 その中でも今や年間46兆円にも及び、さらに増え続ける医療費の削減は喫緊の課題である。 そこでしばしば批判の的となるのが日本医...

ではその実態と費用構造を整理した。本稿では、その先にある問いに答える。医師会への依存を前提とせず、自治体自身が地域医療を安定的に確保する仕組みは構築できるのか。具体的な制度設計を提示する。

改革パッケージの3つの要点

まず主な要点を3つにまとめて提示する。

  1. 医師会が慣行で担ってきた地域医療の公的業務を、透明な公募制度に移す。
  2. その原資として国が5000億円の交付金を創設し、都道府県が責任主体となる。
  3. 原資の内訳は、市場価格との差額・運営移管コスト・過疎地と有事の独立予算を合わせて計5000億円とする。

日本の地域医療は、診療報酬の外側にある公的業務によって支えられている。しかし現状は、特定の団体に依存した”慣行の調整”で回っており、透明性も担い手の裾野も広がりにくい。

そこで私は、地域医療のこれらの業務を「公共調達」として再設計し、誰でも参加でき、欠員にも強い仕組みに変える改革パッケージを提案する。

1. 「地域医療改革一括交付金」5000億円を創設する

国が総額5000億円規模の交付金を確保し、都道府県に一括交付する。この交付金は、地域医療を”慣行”から”制度”へ移すための原資である。前回の試算との対応を示しておく。

  • 約1,500億円: 医師会が実質的に持ち出している差額(市場価格と行政支払の差)
  • 約2,000億円: 医師会の事務局機能を代替するためのコスト(エージェント手数料、過疎地プレミアム、シフト管理等)

ここまでの合計が約3,500億円。これが現在の仕組みを外部化した場合の「置き換えコスト」にあたる。 さらに、完全に独立した体制を構築するための追加予算(ハコモノ整備、過疎地専従医の確保、有事予備費、ITプラットフォーム構築費)として約1,500億円を加え、合計5,000億円とする。

2. なぜ都道府県なのか:市町村では回らない理由

ここで一つ、制度設計上の根本的な論点に触れておく必要がある。 学校医は学校保健安全法で学校設置者(市区町村)の責任、乳幼児健診は母子保健法で市町村事業、介護認定審査会も介護保険法で市町村設置と定められている。つまり、法律上はこれらの業務の責任主体は市町村である。

にもかかわらず、なぜ本提案では都道府県を責任主体とするのか。 理由は単純で、市町村単位では公募が成立しないからである。

日本には約1,700の市区町村がある。そのうち人口5万人未満の自治体が過半数を占める。こうした小規模自治体が個別に医師の公募を行ったところで、応募する医師の母数が足りない。結局、地元の医師会に頼むしかない、という現状の構造が再生産されるだけである。

また、過疎地の広域調整という問題がある。たとえば北海道の過疎地域では、一つの町に常勤医が1〜2名しかいないケースが珍しくない。こうした地域で公募をかけても、応募がゼロという事態は容易に想像がつく。隣接する複数の町村をまたいで医師を融通する広域調整が不可欠であり、それは市町村の権限では難しい。

さらに、ITプラットフォームの運用やエージェント制度の管理を1,700の市町村がそれぞれ行うのは、行政コストとして非現実的である。

したがって、本提案では、都道府県を「確保責任の主体」とし、実際の業務実施は引き続き市町村が行う形をとる。法改正としては、各根拠法に「都道府県は市町村の求めに応じ、医師の確保に関する広域調整を行う」旨の条文を追加する形が現実的だろう。実態としてすでに市町村単独では確保できていないのだから、広域調整機能を制度化するのはむしろ現状追認に近いと言える。

3. 対象業務(7領域)

都道府県が確保責任を負う公的業務は以下の7つである。

  1. 学校保健(学校医・園医)
  2. 初期救急
  3. 認定審査会(介護等)
  4. 警察医・死体検案
  5. 母子保健
  6. 産業保健
  7. 災害・有事待機
4. すべての業務で「一般公募」を必須化する

都道府県はまず、上記業務について一定期間の一般公募を必ず行う。医師個人、医療機関、法人など、参加主体は広く開く。報酬水準は地域事情に応じて都道府県が設定する。中抜きのない直接契約を基本とする。

5. 公募で埋まらない枠のみ「登録エージェント」を使える

一般公募で充足しない場合に限り、登録されたエージェントへの委託を認める。既存の医療団体も、制度上は特別扱いなく、他の民間事業者と同列の「登録エージェント」として参加できる。 エージェントの選定は、手数料と履行実績(信頼スコア)にもとづく競争的方式とする。制度上「医師会」という名称は用いない。

6. 欠員(急病・ドタキャン)に強い仕組みを標準装備する

欠員が出ることを前提に、都道府県は待機医(リザーバー)を公募・登録し、待機手当で確保する。エージェント経由の場合は、代替提供の責任を契約上明確化し、履行できない場合はスコア低下や違約金等の不利を負う仕組みとする。

7. 業務未達の場合は「改善報告書」を必須とする

必要な業務が確保できなかった場合、都道府県は原因分析と改善計画をまとめた報告書を提出し、公表する。罰則ではなく、説明責任と改善サイクルで体制を立て直す。

8. 配分は「人口」と「過疎補正」の二本立てにする

交付金5000億円の配分ロジックを示す。 まず全国共通ITプラットフォームの整備・運用費として300億円を控除する。内訳は初期構築費150億円、年間運用費150億円を想定している。デジタル庁のこれまでの実績やマイナンバー関連システムの規模を考えれば、300億円でも楽観的かもしれないが、既存の医療情報基盤との連携を前提とすればこの範囲で収められる設計は可能だろう。

残る4,700億円を都道府県へ交付する。配分は二つの枠で構成する。

  • 基盤枠 3,700億円:人口比例配分
  • 過疎地補正枠 1,000億円:地理条件補正

基盤枠は、国民一人当たりの公共医療インフラ投資として配分する。一方で医療提供コストは人口だけでは決まらない。広大で人口が分散した地域では、医師は患者数ではなく「移動距離」と「待機による拘束」によってコストを消費する。

そこで過疎補正では次の考え方を用いる。 配分額 ∝ 面積 × 人口密度の逆数

広大で人口が少ない地域ほど、医師の移動距離と待機拘束が増え、医療インフラの維持コストは急増する。この補正はその現実を反映したものである。

【都道府県別配分の試算例】 このロジックで試算すると、次のような規模感となる。

  • 東京都(計 約420億円) 基盤枠:約415億円 / 過疎枠:約5億円 → 高密度都市として救急高度化・IT運用に重点投資。
  • 京都府(計 約95億円) 基盤枠:約75億円 / 過疎枠:約20億円 → 都市部需要と北部過疎地域の双方を支えるモデル。
  • 北海道(計 約340億円) 基盤枠:約150億円 / 過疎枠:約190億円 → 広域移動・分散待機を支える最大規模配分。

北海道への配分が大きく見えるかもしれない。しかしこれは優遇ではなく、同じ医療アクセスを維持するために必要なコストを補正した結果である。

9. 報酬水準の設計

公募制度を成立させるためには、医師が合理的に参加できる報酬水準が不可欠である。前回の推計で示した「本来の市場価格」を踏まえ、交付金を活用した場合の現実的な報酬目安を示す。

  • 学校健診:1日 8〜15万円(日当方式に再設計)
  • 認定審査業務:1回 3〜5万円(審査会出席と事前審査を分離し参入障壁を下げる)
  • 休日初期救急:日額 10〜20万円(過疎地・深夜帯は上乗せ)
  • 死体検案:1件 8〜12万円 + 待機手当
  • 過疎地専従医:年 1,500〜2,000万円規模のインセンティブ

これは報酬を過度に引き上げるという話ではない。これまで制度外で吸収されてきたコストを、公共契約として正常化する作業である。報酬水準を上げた分、直接契約の比率が高まるため、仲介コストが圧縮される構造である。

10. 余剰が出た場合は、地域医療と公衆衛生に再投資できる

効率化で余剰が出た場合は、地域医療のDX、公衆衛生の充実などに再投資できる。”改革すれば余りが出る”こと自体が、都道府県の改革インセンティブになる。

なぜこの制度設計が必要なのか:地域医療を「善意」から「公共調達」へ

ここまで制度の骨子を示してきたが、本提案の本質は単なる行政手続きの変更ではない。長年、日本の地域医療を支えてきた「慣行」と「善意」に依存した仕組みを、持続可能な公共制度へ移行させる試みである。

■ 公募義務とエージェント制度の意味:本制度の核は一般公募の義務化である。 自治体が最初から特定団体へ依頼する構造では、新規参入は生まれない。まず医師個人や医療機関が直接参加できる透明な入口を設ける必要がある。そのうえで、公募で充足しない領域についてはエージェント活用を認める。既存団体も一主体として参加可能である。目的は排除ではなく、依存を前提としない制度へ移行することである。

■ 「ドタキャン問題」は仕組みで解決する:現場の最大の懸念は欠員対応である。 本制度では、待機医(リザーバー)制度、全国ITプラットフォームによる即時募集、エージェント履行責任、出務履行率などの信頼スコアを組み合わせ、属人的な互助機能を制度として再現する。善意ではなく契約で回す仕組みである。

■ 「5000億円は医療費増ではないか」への答え:最後に、この批判に触れておく。 5000億円という数字は一見大きく見える。しかし日本の医療費全体(約46兆円規模)から見れば約1.1%に過ぎない。

そしてここが肝心なところだが、この5,000億円は純増ではない。前回のコラムで示したように、医師会はすでに年間約1,500億円を実質的に持ち出しており、自治体も約480億円を支出している。つまり、現在の社会全体の負担は少なくとも約2,000億円にはなっている。それが不透明な形で医師会の会費や医師個人の機会損失として吸収されているだけのことである。本提案はそのコストを可視化し、公的な財源で正当に負担し直す作業だともいえる。

一方で、病床再編、OTC類似薬の保険適用見直し、後期高齢者の自己負担割合の調整など、兆円規模の医療費削減の議論はすでに数多く存在している。本提案は医療費を拡張する政策ではない。地域医療という基盤インフラを再設計し、不透明な形で維持されてきた構造を制度化する改革である。

新たな医療体制への投資

日本の地域医療を支えてきたのは現場の献身である。しかし制度が善意に依存し続けることはもはや持続可能ではない。

透明で、誰もが参加でき、適正な対価が支払われる公共調達の仕組みへ。5000億円は支出ではなく、地域医療を未来へ接続するための投資である。

そしてこの制度が動き出せば、医師会は地域医療の人質から解放される。その分のエネルギーを、本来の職能団体としての活動——医学教育、医療安全、専門性の向上——に注げるようになる。開業医の先生方には、自院の経営と目の前の患者に集中していただける環境が整う。

前回のコラムで述べた通り、これは医師会を排除する話ではない。長年の貢献に正当な対価を払い、慣行の束縛から解き放つ話である。医師会にとっても、決して悪い話ではないはずだ。


編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。

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