焼失した首里城再建の今と、首里金城町の石畳を歩く。

2月下旬、30年ぶりの沖縄旅行に出かけました。やってきたのは首里駅。かつてゆいレールの終点だった駅で、首里城の最寄り駅です。

上の毛公園。

城壁の脇を歩く。

首里城の最寄り駅ではありますが、首里駅は首里城の入り口とは真反対の位置にあります。上の毛(うぃーのもー)公園の入り口から、首里城の城壁の脇を歩いて入口に向かいます。坂や階段を経て15分ほどの道のりですが、沖縄独特の城壁を見ながらの散歩は見ごたえがあり、時間は気になりません。ただ、足に自信のない方はバスも出ているのでこちらの利用も検討するといいでしょう。

首里城公園の裏手からぐるっと回って守礼門にやってきました。2000円札にも描かれている首里城の第二の門ですが、第一の門だった中山門がなくなった今、首里城の玄関として重要な役割を担っています。

首里城は2019年10月31日、原因不明の火災によって正殿が焼失しました。現在、2026年秋の完工を目指して、再建工事が着々と進められています。工事の様子は仮囲いの隙間にあるアクリル板越しに眺めることができます。ベンガラ色の美しい正殿の姿を正面で見られる日が待ち遠しく思います。

なお、琉球王国のグスク及び関連遺産群は2000年に世界遺産登録されており、「首里城跡」は世界遺産に登録されていますが、首里城正殿や石垣は平成になって復元されたものなので世界遺産とはされていません。

こちらは新しい首里城に乗る予定の鬼瓦のレプリカ。

そしてこちらは火災に遭った平成の首里城に乗っていた鬼瓦の破片。火災で焼け落ちこのような姿になってしまいました。鱗など他の破片とともに展示されています。

こちらが焼け落ちた平成の首里城の残骸。

首里城の裏手、東(あがり)のアザナ(アザナは見物台の意の琉球語)と呼ばれる展望台に渡ります。

展望台からは今まさに再建中の首里城正殿の姿を望むことができます。早く仮設が外れて中まで拝観できるといいですね。

首里の街並みを望むこともできます。赤瓦の屋根なんかもあって、沖縄らしい風景だなと思います。沖縄は台風対策のため木造家屋は少なく鉄骨造の建物が多いのも特徴的ですね。

写真のなかにゆいレール写っていますがわかりますか?実際に景色を眺めていると動いているので捕らえやすいんですが、写真だとわかりにくいですよね。見つかりましたか??

さて、首里城を訪ねたあとは少し足を延ばして首里城の南にある首里金城(しゅりきんじょう)町を訪ねます。16世紀に首里から那覇港や沖縄本島南部へ通じる主要道路として造られた「真珠道(まだまみち)」、海外からの外敵に備えるためにつくられた軍用路の一部です。

首里城に近い方は歩きやすいように整備しなおされていますが、

首里城から離れて坂道を降りていくと琉球石灰岩を組み合わせた乱れ敷きの石畳が姿を現します。一見干からびた田んぼのような様相。ごつごつした石畳の上を歩きつつ下っていきます。

ここでも目にする石敢當。坂の傾斜度も高くなり転がり落ちて行きそうな下り坂になっていきます。

石畳道から少しそれたところに「大アカギ」と呼ばれる銘木があります。親切にもアカギへの道案内が民家に掲げられています。ありがたや。

大アカギは樹齢200年以上。民家の集まる首里金城町の中に残された公園の中で自生しています。かつては首里城にも古い大アカギがあったそうですが、戦争によってすべて焼失してしまいました。おここに残る大アカギは悲惨な戦争を乗り越えてきた貴重な木々なのです。

再び石畳道に残ります。石畳は全国各地に残りますが、石垣も路面もかなりごつごつした独特の光景。本州のそれとは一線を画します。

石畳道はまだまだ下に続いていくのですが、そこまでいくと首里駅まで戻るのが相当大変になるので、途中にある金城(かなぐしく)村屋で折り返します。琉球瓦の乗った木造建築の建物は30年ほど前に建てられた地域の公共施設。比較的新しい施設ですが沖縄らしいデザインが目を引きます。この日も地域の方が集まって寄り合いをしていました。

沖縄発展の原点ともいうべき首里城とその前に延びる石畳道。沖縄を旅した際は是非一度琉球王朝の在りし日の姿を顧みつつ散歩してみてもらいたいと思います。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

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