生死が明らかでないモジタバ・ハメネイ師の「隠れイマーム」説

米・イスラエル軍のイラン攻撃の初日(2月28日)、イランの最高指導者ハメネイ師が他の軍指導者らと共に殺害された後、ハメネイ師の後継者に次男のモジタバ・ハメネイ師が選出されたというニュースが報じられたが、その後継者はこれまでその姿、肉声すら公にしていない。そのため、モジタバ師の生死は明らかでない状況が今日まで続いてきた。16日には、モジタバ師がモスクワで治療を受けているというニュースが流れてきた。その真偽は依然、不明だ。

隠れイマーム説が飛び交うイラン モジタバ・ハメネイ師

興味深い点は、ハメネイ師の死去とモジタバ・ハメネイ師の就任後、イラン・イスラム共和国放送(IRIB)は、「安定の真の源泉は個人ではなく国家である」と強調し出したことだ。IRIBのニュース専門チャンネルIRINNは、「イラン・イスラム共和国は一人の個人に依存していない。法治と神聖な価値観に基づく体制である」と繰り返し宣言していることだ。あたかも、後継者の選出が重要ではないといわんばかりだ。

その一方、聖職者の間で後継者選出プロセスに対する不安が報じられていたにもかかわらず、イラン国営放送(IRIB)は、この結果は85%の合意に基づくものであり、法的にも宗教的にも正当であると報じた。放送では、革命防衛隊、軍、外交団が忠誠を誓う様子が流され、統一された支持の証拠とされた。

モジタバ師の任命直後、IRIBは「あなたの命令に従います」というテロップとともに、イスラエルに向けて発射されたミサイルの映像を放映し、モジタバ師の血統と戦時最高司令官としての役割を強調した。

国内では統制が強化され出した。イラン警察長官は、米国とイスラエルの扇動を受けて街頭に出た者は、一般市民の抗議者ではなく「敵」として扱われると警告した。一方、国営報道では、世襲制継承への懐疑論は外国による心理戦と位置づけられ、親政府集会は国民の幅広い支持の表れとして提示された。姿を見せない最高指導者に対して、彼らは忠誠を誓っているのだ。

この一連の言動はモジタバ師自身が公の場に姿を現さない中で拡散されていった。モジタバ師の不在、沈黙は、その容体に関する憶測を生み出す一方、聖職者の中には‘第12代イマームの隠遁‘になぞらえる声が出てきたのだ。

第12代イマームの隠遁(隠れイマーム)とは、イスラム教シーア派の最大分派である12イマーム派における中心的な教義だ。第11代イマーム・ハサン・アル=アスカリーの息子であるムハンマド・アル=マフディー(12代イマーム)が、アッバース朝による迫害を逃れ、神の摂理によって姿を消した(隠れた)とされる現象を指す。

「隠れイマーム」は姿は見えないが、イマーム(指導者)としてこの世に実在し続け、いつか「マフディー(救世主)」として再臨し、世界に正義をもたらすと信じられている。この信仰は10世紀半ばに確立し、迫害の中で12イマーム派のアイデンティティと組織を維持する枠組みとなった。イラン・イスラム共和国のシーア派信仰の根幹(ガイバ論)だ。この教義により、物理的に指導者が不在でも、神によって選ばれたイマームが世界を見守っているという信仰が維持されるわけだ。

ここまで説明していくと、選出後姿を見せないモジタバ師があたかも「隠れイマーム」のように演出されているように感じてくる。そして同師が「隠れイマーム」とするならば、彼の地上での存在の不在は問題ではない。専門家会議で選出されたモジタバ師の顕現がないとしてもイランの行く末を見守っているという信仰が生まれてくるからだ。

ただし、宗教的な教義に照らすと、12イマーム派における第12代イマームは、9世紀に隠遁した「ムハンマド・アル=ムンタザル」だ。モジタバ師は現代に生きる実在の人物であり、ハメネイ家の家系に属している。「隠れイマーム」は超自然的な存在として再臨すると信じられているため、既存の政治家や宗教家がその本人であると主張することは、「偽の救世主」とみなされるリスクが出てくる。

シーア派の「隠れイマーム」信仰は別として、ハメネイ師のような実存の最高指導者が不在の中、イスラム革命部隊(IGRC)が実質的な最高権力機関としてイラン政権を牛耳っていくことになる。イスラム革命防衛隊が、世襲批判のリスクを冒してまでモジタバ師を担ぎ上げた背景には、「利権の保護」という切実な理由が考えられる。

西側のイラン問題専門家は「現在のイランは、宗教的な『イスラム共和国』から、実質的には『革命防衛隊による軍事独裁』へと変質しつつある。モジタバ師はその体制を維持するための『象徴』として選ばれた側面が強い」と受け取っている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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