
米国とイスラエルのイラン攻撃に対する、日本の世論がはっきりしてきた。幸いなことに反対派が圧倒的な多数だが、興味深いのは2003年にイラク戦争が始まった際との比較である。

米国のイラン攻撃について、「支持しない」は82%に達し、「支持する」は9%だった。
(中 略)
米国などが2003年3月にイラクを攻撃した直後の調査では、米国の行動を「支持する」は31%、「支持しない」は59%だった。今回のイラン攻撃への世論はかなり厳しいと言える。
2026.3.15(調査は14-15)
強調は引用者
みんな忘れているが、2009年に民主党への政権交代に至る伏流の一つも、イラク戦争にまで「自衛隊を派遣する国でいいのか?」という民意だった。当時と比べても、本来ならこうした声は政権を牽制する力に育つはずだ。
民主党は「反米が行き過ぎて」躓いたと言われるが、普天間の県外移設も、元はマニフェストから外してあったのだ。鳩山由紀夫氏が口走ったのは “うっかり” で、その意味で高市台湾発言みたいなものだった(なんでも書いてある本、346頁)。

そんなわけで「うおおお単独2/3でなんでもできる政権!」への熱狂は1か月で終わり(苦笑)、どうやってこれから機能する野党を作るかが、ホントの課題なことがはっきりした。
が、これがなかなか難しい。

とくに気をつけたいのが、アメリカが世界のモデルにならないから親米保守以外の政党が要るのに、そのモデルを米国(などの西側)から直輸入できると勘違いする人たちだ。ちょい前までの「マムダニガー!」とかね(笑)。
民主社会主義をうたうムスリムがNY市長になるのは、米国にとっては大きな事件かもだが、なら「社会民主連合」とか名乗っておけば、日本の中道改革連合も大勝できたのか? そんなわけない。問題の質は国ごとに違うのだ。

戦後の昭和で、最もまじめに「もうひとつの責任政党」をめざした野党政治家に、佐々木良作がいる。その名も民主社会党(民社党)のエースで、上の記事の写真でもいちばん左に映る人だ。
佐々木はもともと、日本に生活保障給の考え方を導入する「電産型賃金体系」に貢献した労働組合の書記長。もちろん占領期の序盤に、GHQが労働運動を支援したがゆえの成果ではあった。

だが平成の頭(1989年2月)に出た回顧録『「一票差」の人生』では、素朴にアメリカを模倣すれば「すべてが民主的になる」と思えたGHQ時代にも、日米の前提の食い違いが大きかったことを、佐々木はこう証言する。
当時は食うものもなく、町村は荒れはてているわけですから、ストライキなんていうことは考えられないんですよ。生産停止という労働者の抗議の仕方など、とんでもないことだと思われました。生産を増強して、何とか経済を上向かせることが日本社会の至上命題だったのですから……。
だから、奇妙な「生産管理」という、ストライキに代わる方法が生まれてきたわけです。会社の経営自身を、組合が握ってしまおうということです。生産を止めずに、組合側の要求を通すために……。
生産管理という動きが出始めたときに、GHQは「それはダメだ」「それは人のものをとるのと同じこと」「私有財産権への侵害だから違法だ」と、これを禁止するのです。しかも、一方では「労働組合を作れ」といい「その手段はストライキだ」というんです。
国正武重編、朝日新聞社、30頁
段落を改変(……は原文)
平成半ばの格差社会論の頃によく指摘されたが、日本と欧米では「労働組合」が指すものがまったく違う。理念的にいうと、こうだ。
欧米では「手に職」をつけた人が、まず同じ職能を持つ人どうしのギルドとしての組合に入る。そのギルドが「雇うならプロである俺たちから選べ」と交渉して、どこかの企業に押し込んでくれるので、そこで働く。
つまり欧米の労働組合と企業とは、そもそも別の団体である。なので、賃金を上げないと「仲間を働かせない」というストライキは合法でも、勝手に会社の設備を乗っ取って組合が生産したら強盗団と同じだから、違法になる。
ところが(戦後の)日本はそうではなく、入社して色々手続きをした最後に「組合もどうスか」と誘われて、企業の一部としての組合に入る。だったら現に会社を回すんだから、「生産管理」くらいイイでしょとなるわけだ。

このくらいは本来、社会に向けてものを言うなら前提なのだが、最近は無教養なまま「ホットイシュー」限定のセンモンカとして、口を挟み出す人が多い。で、彼らは役に立たない(失笑)。
「トランプも高市さんも困りますよねぇ~、だから野党に期待!」とすり寄りつつ、売り込むのはそのトランプにも負けた米国民主党の劣化コピーみたいな話だ。そんな詐欺師に引っかかれば、日本の野党はより終わる。

20日に出た『Wedge』4月号の連載「あの熱狂の果てに」では、佐々木良作の生涯に学びつつ、なぜ中道改革連合という「令和の社公民」は失敗したか――どうであれば本当は勝てたのかを、はっきりと論じている。
このnoteで採り上げたもの以外に、戦後の日本で最良の野党政治家だった人の生涯から、今日知られるべき挿話をいくつも織り込んだ。いまこそ広く、有権者の目に触れてほしい。
むろんそれができるのは、ぼくが「戦後批評の正嫡」になる前、卓越した日本史のプロだったからだ(苦笑)。1000年単位の自国史を3冊(2つは共著)も出してる現役の歴史家は、他に多くない。

次著『専門家から遠く離れて』には、歴史家だから気づけた2020年代のおかしさを描くとともに、この間センモンカを称し驕ってきた歴史学者も5名ほど、克明に検証する章を設ける予定だ。
もちろん事実や史料を引用し、批判は「実証的」に行う。つまり、助からない(笑)。歴史学の無用性は、いっそう喧伝されることになるが、彼らがこの間選んだ道だから自己責任だろう。

『Wedge』では、歴史そのものの意義自体についても触れた。それを語れない学者など要らないし、彼らに歴史を委ねる余裕はとうにない。
そこまで私たちの国は、世界は、もう来ている。
民主主義とはたしかに、多数派工作の別名だ。しかし頭数の多さだけを誇り、「なぜ」組むかを語れないなら、熱狂はすぐに冷めてしまう。
組もうとするそれぞれに、歩んできた人生がある。目新しく見える試みにも、必ず過去から続く系譜がある。
対立や恩讐を越えて、相手の物語を聴きとげたと思えるとき、はじめて当初は欲得ずくだった連合が、歴史を作ってゆく。
『Wedge』2026年4月号、10頁
参考記事:


(ヘッダーはニッポン放送の記事より)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。







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