ホルムズ海峡の封鎖とトリアージの簡易試算

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日本の石油備蓄はなお厚いという見方がある。実際、資源エネルギー庁の公表では、国家備蓄147日分、民間備蓄95日分、産油国共同備蓄9日分で、合計は251日分に達している。他方で、足元では日本政府がすでに民間備蓄と国家備蓄の放出を開始しており、備蓄は「存在するから安心」と単純に言える段階ではない。

そこで本稿では、ホルムズ海峡の機能不全が1年以上続く最悪シナリオを念頭に、利用可能な備蓄を便宜上251日分の固定値として扱い、どの程度の需要抑制が必要になるのかを単純化した前提で試算する。

前提として、日本の原油輸入は中東依存がきわめて高い。石油連盟・資源エネルギー庁資料によれば、2023年の原油輸入量のうち、ホルムズ海峡経由は73.7%であり、中東から日本までのオイルロードは片道約20日を要する。また、原油輸入先全体で見た中東依存度も2023年度で94.8%に達している。

つまり、日本は単に一つの海峡に依存しているだけでなく、調達先そのものが中東に大きく偏っている。海峡閉鎖は、輸送経路の問題であると同時に、調達構造の脆弱性を一気に表面化させる問題でもある。

さらに、足元の情勢をみると、海峡閉鎖後も従来想定のように代替調達が円滑に機能するとみなすのは難しい。

ロイターによれば、日本は3月16日から民間備蓄、3月26日から国家備蓄の放出を始めており、日本向けタンカーについても3月初旬以降、ホルムズ海峡方面から新たな出港が確認されていない。フジャイラについても、3月中旬に攻撃の影響で積み出しが一部停止した時期があった。したがって、「海峡外から平時の26.3%がそのまま維持される」という前提は、現時点ではかなり楽観的である。

そこで本稿では、海峡閉鎖後も辛うじて日本に流入し続ける原油フローをH%と置き、これは事実の断定ではなく、悲観ケースをみるための感応度分析上の仮定として扱う。

以上の前提の下で、Qを現在から平時需要を維持できる日数、Zをトリアージ開始後に許容される需要水準(平時=100)とすると、対象期間を通じて備蓄251日分で需給を合わせる条件は、次の式で表せる。

(1-H/100)×Q + (Z-H)/100×(対象期間の日数-Q) = 251

この式の意味は単純である。第1項は、トリアージを始めるまでのQ日間に、平時需要を維持するために備蓄から取り崩す量である。供給がH%だけ残るなら、毎日の不足分は(1-H/100)となる。

第2項は、トリアージ開始後に需要をZ%まで落とした状態で、なお不足する分だけ備蓄を取り崩す量である。両者の合計が251日分に一致するとき、そのZが「危機を乗り切るために必要な需要抑制ライン」を意味する。

1年間の閉鎖を想定した場合

まず、事態が1年間(365日)で収束するケースを考える。海峡外や代替ルートからの調達がなお一定程度は残り、辛うじてH=20%のフローが維持されると仮定する。他方、政策判断と実施に時間を要し、トリアージ開始が約2か月後(Q=60)になる場合、式は次の通りである。

(1-20/100)×60 +(Z-20)/100×(365-60) = 251

これを解くと、Z≒86.5となる。すなわち、1年間の封鎖であれば、2か月ほど判断が遅れても、その後に需要を平時の86.5%程度まで落とせば、251日分の備蓄で全期間をしのげる計算になる。

もちろん、1割強の需要削減でも家計や企業には相応の痛みが生じるが、国家全体としてみれば、なお広く薄い節約で対応可能な範囲にとどまる。ここでは、需要の絶対量を半減させるような極端な統制までは、まだ必要にならない。

次に、より厳しいケースとして、海峡外の港湾や周辺インフラへの攻撃、船舶の回避行動、保険や用船の制約などが重なり、実際に日本へ流入し続けるフローがH=15%まで低下すると仮定する。そのうえで、政府が今日ただちにトリアージを開始する(Q=0)とすれば、式は次のように簡略化される。

(Z-15)/100×365 = 251

この場合、Z≒83.8となる。つまり、フローが15%まで落ち込む悲観ケースでも、封鎖が1年で終わるなら、即応によって需要を平時の83.8%程度まで抑えることで持ちこたえられる。

逆にいえば、1年危機の核心は「備蓄総量が絶対的に足りない」ことではなく、判断の遅れをどこまで小さくできるかにある。早く抑え始めれば広く薄い削減で済むが、開始が遅れるほど後半に必要となる削減幅は急になる。

2年間の閉鎖を想定した場合

しかし、封鎖が2年間(730日)に及ぶと、様相は根本的に変わる。まず、先ほどと同様にH=20、Q=60を置くと、式は次のようになる。

(1-20/100)×60 +(Z-20)/100×(730-60) = 251

これを解くと、Z≒50.3である。これは、最初の2か月を平時並みで過ごした後、残りの長い期間にわたって需要を半分程度まで削らなければならないことを意味する。

ここまで来ると、節電や買い控えの延長線上にあるような対策では足りない。単なる「節約キャンペーン」ではなく、誰にどの油種を優先的に回すかという明示的な配分政策が必要になる。

さらに、生き残るフローがH=15%まで低下し、しかも政府が今日から直ちにトリアージを始める(Q=0)最善ケースであっても、

(Z-15)/100×730 = 251

となり、Z≒49.4である。すなわち、もっとも迅速に動いたとしても、2年間の封鎖を251日分の備蓄で乗り切るには、平時需要を半分以下に近い水準まで圧縮する必要がある。しかも現実には、行政判断、制度整備、現場での実施、国民理解の形成には時間がかかる。

したがって、Qが少しでも正に振れれば、必要なZは49.4%をさらに下回り、要求される統制は一段と厳しくなる。

この試算が示す含意

以上の簡易試算が示しているのは、危機が1年で終わるのか、2年に及ぶのかで、必要な政策の性格が全く変わるという点である。

1年危機であれば、早期判断を前提に、価格シグナルの活用、民間の自主的節減、政府による使用抑制要請といった比較的緩やかな手段の組み合わせで、なお対応余地が残る。しかし2年危機では、それでは足りない。必要になるのは、一律削減ではなく、国家機能の維持に直結する用途へ重点的に石油を振り向ける傾斜配分である。

優先順位の中心に置かれるべきなのは、第一に物流を支える軽油である。食料、医薬品、生活必需品、産業資材の輸送が滞れば、石油不足はただちに社会不安へ転化する。

第二に、石化製品や基礎素材の出発点となるナフサである。これは単なる燃料ではなく、化学産業の原料であり、医療、包装、衛生、電子部材など広い分野に波及する。

第三に、季節によっては生命維持に直結する灯油である。とくに寒冷地では、冬季の灯油供給は生活の基盤そのものであり、単純な市場任せにはできない。

他方で、自家用車のガソリン需要や、他のエネルギー源へ代替可能な用途については、優先度を大きく引き下げざるを得ない。

要するに、「備蓄が数か月分あるから当面は安心だ」という見方は、短期危機には当てはまっても、長期閉鎖には当てはまらない。備蓄は時間を買う装置であって、長期の供給途絶を無痛で吸収する魔法の在庫ではない。

しかも、足元では日本政府がすでに備蓄放出を始め、日本向けタンカーの動きも細っている。そうである以上、いま必要なのは楽観論でも悲観論でもなく、危機が長期化したとき、どこから、どの用途を、どの順番で守るのかという配分ルールを事前に具体化しておくことである。

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