ホルムズ海峡をめぐる日本の立場の謎:アメリカに翻弄される「専門家」

ホルムズ海峡をめぐる情勢が緊迫している。これについて日本政府は、戦争当事国の一方のアメリカにしたがって、ホルムズ海峡が「事実上の封鎖」の状態にあるとみなしている。そこで、その解除をイランに要請する、という立場をとっている。そのため逆にイラン政府と交渉をしていないので、基本的に日本国籍の船舶は通行ができていない。

高市首相 首相官邸HPより

これに対してもう一方の戦争当事国であるイランは、ホルムズ海峡を封鎖などしていない、という立場を主張している。単に敵国であるアメリカとイスラエルの船舶の通行を認めていないだけだ、という主張である。このイランの立場を反映して、中国、インド、パキスタン、バングラデシュ、マレーシア、タイなどの南アジアから東南アジアにかけての諸国の船舶が、ホルムズ海峡を通過している。さらにはフランス籍の船舶も通過したという情報もあり、イランはその他の諸国との交渉を通じて南アフリカなどにも通行許可を出していると報道されている。

日本政府が「海峡は封鎖されている」と主張しているのを尻目に、続々と船舶がホルムズ海峡を通行し始めている状況だ。一部船舶は、ホルムズ海峡南側のオマーン領海を通行しており、イランが主張しているように、イランとオマーンの間に連絡調整関係が生まれていることが示されている。
高市政権支持者層は、イランを邪悪化することに熱心で、イランの無法行為を認めてはいけない!といったことを声高に主張している。しかしイランのホルムズ海峡管理が国際法違反であるかは、簡単には言えない。起こっていることだけを見ると、特にそう考えざるを得なくなる。(イランのホルムズ海峡管理の国際法から見たときの評価は、どうしても説明が長くなるので、『The Letter』を通じて配信した拙文を読んでいただきたい。

イランのホルムズ海峡管理の国際法から見たときの複雑性 
米イスラエルとイランの戦争でホルムズ海峡は一時停止後、イラン許可国の船舶が通行再開。日本は封鎖とみなし対イラン交渉を行わず自国船は通行困難。一方アジア諸国などは通行。海峡は領海かつ国際海峡で法的評価は分かれ、慣習法やイランの留保、自衛権・臨...

仮にイランの行動に国際法の観点から疑義を覚えるという立場をとるとして、これは現時点ではアメリカとイスラエルの明白な国連憲章2条4項違反の武力行使、及び文民に対する標的殺害や民生施設の無警告の破壊などによる国際人道法違反と比すと、深刻度が低い。

しかもイランの主張にそって、敵性国家ではないことを証明すればホルムズ海峡の通行ができるようになるわけだから、敵性国家ではないことをイランに示して通行を認めてもらえば済む話である。日本のように中東の原油への依存度が高い国であれば、なおさらそうした実際的な事情に基づく行動があって然るべきだ。

しかし高市政権は、アメリカとイスラエルの劇画的な世界観にあわせて、イランを悪魔化する描写を強調することに躍起になり、しかもイランと交渉しないように東南アジア諸国に働きかけた様子さえ見せている。

ホルムズ海峡の開放要求へ連携 高市首相、東南アジアに協力要請(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
政府は、イランによる事実上のホルムズ海峡封鎖に対抗し、海峡の開放を求めるグループを拡大する取り組みを加速する。高市早苗首相は東南アジア首脳らに相次いで協力を呼びかけた。米国から事態打開で役割を果た

ただし結果としては、日本が欧州諸国などと作り上げた「イランに封鎖を解除せよと要請する」グループに、アジア諸国は、ようやく後から韓国が来ただけにとどまっているようだ。むしろアジア諸国の間では、反対に、イランと交渉して、ホルムズ海峡を通行することを認めてもらう大きな流れができている。日本が加わっているグループは、当初はほぼアメリカの軍事同盟諸国だけだった。その後に国連総会投票などで一貫してイスラエル寄りの投票行動をすることで知られる親イスラエルの太平洋島嶼国の小国群が加わってきているような構成である。

こういう描写を認めたくない国際政治学者の方などもいるようだ。

しかし、普遍主義の観点からイランが完全な悪だと断定するよりは、世界が米国の同盟諸国ブロックと、そこから距離を置く諸国に分化している、という現実が、ホルムズ海峡をめぐる情勢にも影響している、と考える方が自然であるように思われる。

イランはBRICSメンバー国であることを強く意識しており、BRICSメンバー国・パートナー国にまず通行を許可している様子もうかがえる。逆にNATO構成欧州諸国や日本などアメリカの同盟諸国は(しかし全部の同盟国ではない)、アメリカが戦争をしている最中にイランと交渉することはアメリカのメンツを潰してアメリカの敵を有利にしてしまうことになるので望ましくない、という発想が強いようだ。

イラン政府は、「欧州にも、日本にも、ホルムズ海峡は開かれている、封鎖はしていない」、と述べているわけだが、言われた諸国の側が「封鎖を解除せよ、封鎖されているから通れない、封鎖されていないというイランの主張は認めない、イランは邪悪な国家だ」、といった立場を頑なに取り続け、アジア諸国の船舶がホルムズ海峡を通行していることについては、あえて視界に入らないふりをしている。

実際の戦況は、長期消耗戦に持ち込むイランの計算にしたがって進み、短期で圧勝したかったアメリカの思惑が外れる形で、進んでいる。準備がないアメリカは、様々な失策を見せており、イラン側が有利に戦争を進めている。その現実を見ながら、なお日本のような頑な態度を取り続けることに、国益から見たときの合理性があるか。大きな疑問を感じざるを得ない。

芳しくない戦況を見ながら、4月1日の演説で、トランプ大統領はあえて、「アメリカはすでに勝っている、イランはすでに政権転換を起こした、軍事的能力も壊滅状態に陥った」、といった主張を展開した。現実から乖離した主張をしてでも、戦争から脱け出すきっかけをつかみたい、という姿勢だったと言えるだろう。イラン側は、それを見透かして、アメリカの条件での停戦は拒絶する、という姿勢を貫いている。

日本では「専門家」層が、アメリカ政府の見解をそのまま日本のメディアを通じて広めて、あたかも現実から乖離した描写のほうこそが現実であるかのような印象を振りまいてしまう現象も起こってきている。

これについては以前に私も書いたことがある。

戦争に興奮する学者・評論家たち
アメリカ・イスラエルの攻撃に端を発するイラン危機が深刻化する中、日本では奇妙な現象が起きている。戦争の現実を冷静に分析するはずの学者や評論家が、むしろ戦争に興奮しているのである。威勢のいい言葉遣いにかかわらず、日本の閉塞的な状況を示している...

単純に過度にアメリカ寄りの楽観的な見方を取っていただけ、ということもあったのかもしれないが、いずれにせよ日本の「専門家」は、そのような傾向に陥りやすい。気を付けておきたい。

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【参照記事】

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    アジア諸国の船舶が実際にホルムズ海峡を通過しているという事実を、日本の議論が正面から見ていないのではないか、という問題提起はもっともです。

    しかし反論すべき点もあります。

    第一に、「敵性国家でないとイランに示せば済む」という処方箋は単純化が過ぎます。
    現在通過している船舶の中には追跡システムをオフにするなど特別な対応をとった例があり、
    イランによる「選別的運用」の実態は相当複雑です。
    「通れる船がある」ことと「正常な国際海峡の状態に戻っている」ことは別であり、
    日本政府がこれを当然視して交渉に入れば、イランの選別的管理を事実上追認する形になりかねません。

    第二に、この問題の先例リスクを篠田氏はほとんど論じていません。
    「沿岸国が安全保障上の理由で国際海峡の通航を事実上の許可制にできる」という発想を日本が実務上受け入れることになれば、
    将来、中国が台湾海峡や南シナ海で同様の論理を持ち出したとき、日本が「航行の自由」を主張する説得力が大きく損なわれます。
    ホルムズ海峡だけを切り離して論じることには無理があります。

    第三に、「イラン側が有利に戦争を進めている」という断定は慎重さを欠きます。
    アメリカ側の誇張された戦況認識を疑うことと、イラン優勢を断言することは全く別の問題です。
    どちらかの決定的優勢を今の段階で言い切るのは、★批判している「専門家」たちと鏡像的だと思います。★

    総じて言えば篠田氏の記事の価値は「アメリカの認識を無批判に受け入れるな、現実を見よ」という批判的警鐘にあり、その部分は十分に意義があります。
    しかし「だからイランと交渉すればよい」という政策提言になると、国際法上の先例リスク、航行の自由原則との整合性、そしてイランによる選別的管理の問題を軽視しており、代替案としては論証が不十分です。

    • 早川蒼真 より:

      世に倦む日々さんの書き込みが貼ってありますが、それに対してです。

      【ハメネイ師の核問題における立場】
       ハメネイ師は2000年代初頭以降、「核兵器はイスラムの教義に反する」として公式には一貫して反対を表明してきた。
      2025年にもイラン側はこの立場を根拠に「核兵器を求めていない」と説明している。

       しかし、ウラン濃縮を含む核開発能力の維持・拡大については全く別の姿勢を示してきた。
      2025年6月、ハメネイ師は「ウラン濃縮はイランの核計画の鍵であり、放棄は国益に反する」と明言し、
      米側の要求を正面から退けた。「核兵器には公式に反対しつつ、核開発能力の拡大には積極的」という二面性が実態に近い評価である。

       IAEAは2025年2月時点で、イランが保有する60%濃縮ウランが274.8キログラムに達し、
      理論上は核爆弾約6発分に相当し得ると報告。イランを高濃縮ウランを生産する唯一の非核兵器国と位置づけ、重大な懸念として扱っている。

      【2025年米イラン核協議の経緯と決裂】
       協議はオマーンの仲介でマスカットとローマを主な舞台に進められた。
      米側の核心的要求は国内でのウラン濃縮の停止または大幅制限と、高濃縮ウラン在庫の国外全面搬出だった。

       イランはこの核心部分で最後まで折れなかった。
      ただし交渉そのものを拒否したわけではなく、一定条件下での一時的濃縮停止や在庫の部分的国外搬出・希釈を検討し得るとの姿勢も示していた。

      【ゼロ備蓄構想とウィーン協議の頓挫】
       仲介役のオマーン・アルブサイディ外相はCBSで、交渉の到達点として「蓄積ゼロ・備蓄ゼロ」と「完全な検証」があり得ると説明した。
      一方イラン側は、高濃縮ウランの半分を国外搬出し残りを希釈することを条件付きで検討し得るとしつつも、
      平和目的の濃縮権利は認められるべきだという立場を崩さなかった。

       2026年2月26日の協議後、3月2日の週にウィーンで技術協議を行う方向での一致が報じられた。
      しかし2月28日に米・イスラエルによる攻撃が実施され、予定されていた協議は実現しなかった。

      ★結論
      「核兵器はイスラムの教義に反する」と言ってたが実際には「核爆弾約6発分60%濃縮ウランが274.8キログラム」を持ってた。
      話し合いでイラン側は「平和目的の濃縮権利は認められるべきだ。」
      →【60%濃縮ウランが274.8キログラム】持ってた事例があったので、嘘つき羊飼いは信じてもらえなかった