日本駐留米軍が中東の戦争に派遣:日本人が知っておくべきこと

「トランプ政権、日本拠点の米海軍の強襲揚陸艦と海兵隊部隊を中東派遣」というニュースが出ている。アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルなどのメディアが出所だ。アメリカの主要メディアは、米国政府の戦争プロパガンダの一部として使われていると言わざるを得ない信ぴょう性不明なリーク情報の記事を載せるときがある。特にウォール・ストリート・ジャーナルは、かなり戦争を扇動する方向性での記事が目立っている。信ぴょう性の程度はわからない。

だがホルムズ海峡の通行が阻害されて、世界経済に甚大な影響が出始めている。アメリカとして、無関係を装うわけにもいかない。ホルムズ海峡を無害化するためには、イラン側の領域を占領・確保する必要になる、といった主張もなされている。これに加えて、イランの原油輸出に打撃を与えるために、ペルシャ湾に浮かぶカーグ島(Kharg Island)――イランの原油輸出の中枢機能を持つ――の占領あるいは集中攻撃の可能性がささやかれている。

アメリカがこうした軍事作戦を遂行するために、長崎県佐世保市の米軍基地に配備する強襲揚陸艦や、沖縄県に駐留する海兵隊部隊を派遣する必要、あるいはその有意性が出てくる。

トランプ政権、日本拠点の米海軍の強襲揚陸艦と海兵隊部隊を中東派遣 米メディア(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース
アメリカなどによるイランへの軍事作戦が続く中、トランプ政権が日本を拠点とするアメリカ海軍の強襲揚陸艦と海兵隊の部隊を中東に派遣するとアメリカメディアが報じました。ウォール・ストリート・ジャーナル

この問題に関して理解しておく点がいくつかある。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより

第一に、法的問題である。

日本から行なわれる戦闘作戦行動のための基地としての日本国内の施設・区域の使用される場合、それは日米安全保障条約に基づく事前協議の対象になる。日本政府が同意する場合には、米軍の対イラン軍事作戦に同意したことになり、形式的には集団的自衛権発動と言われても仕方のない状態になる。すなわち、日本が戦争に加担することになる。

理論的には、派遣される海兵隊部隊が一度沖縄での所属を離れて、配置転換のような形で中東に派遣される場合、日本政府としては「中東での作戦行動の内容には関知しない」という態度をとることも可能だろう。トランプ大統領でなければ、アメリカ側がそうした配慮をする可能性があったかもしれない。しかしトランプ大統領がそのような配慮をする可能性は低いだろう。むしろ高市首相の訪米時に、この点を誇大に表明して見せる可能性すらあるだろう。

第二に、北東アジアにおける米軍の位置づけの問題がある。

沖縄駐留米軍は2万5千人規模とされるが、海兵隊部隊はその主力で、1万8千人を配置していると言われる。これは米海兵隊の一大拠点であり、海外基地では世界最大規模である。中東への派遣規模は2千人程度とされ、その全てが沖縄から派遣される見込みなのかは、わからない。仮に2千人が沖縄から派遣あるいは配置転換された場合には、海兵隊員数で計算すると9分の1の戦力減少となる。

そもそも沖縄に海外基地として最大数の海兵隊が配置されているのは、台湾、朝鮮半島、さらには南シナ海の島嶼部など、水陸両用作戦を担う海兵隊の必要性が高い地域が密集しているためである。

中東での戦争が非常に短期で終わる場合には、海兵隊のプレゼンスは、すぐに元に戻るだろう。だがそのような楽観的な見込みが成り立つ状況であれば、そもそも沖縄の海兵隊を出動させる必要自体が生じなかった、と言えるかもしれない。

沖縄の海兵隊員数は削減する方針で、主にグアムへ移転する予定だとされる。その他、ハワイやオーストラリアへの配置転換で、沖縄駐留は半分の9,000人になる見込みだ。

だが中東での戦争への派遣は、こうした配置転換とは意味が異なってくるだろう。沖縄に駐留する海兵隊が、北東アジアを留守にしつつ、他の地域での戦争に従事するために沖縄の基地を使うという前例になる可能性がある。

第三に、日本の立ち位置の問題がある。

第一の点として指摘した基地使用の事前協議が適用される場合、日本の中東における戦争に対する立場が明確化されることになる。

基地使用の問題は、繊細な政治的意味を持つ。スペインが国内の米軍基地を中東の作戦行動に使用することを許可しなかったため、トランプ大統領の逆鱗にふれて「貿易断絶」の威嚇を受けたというニュースが報じられている通りである。

日本政府は、これまで中東での戦争について、評価を避け続けている。何とか態度決定を回避したまま、秘密裏に米軍に基地使用をしてもらいたい、と考えているかもしれない。しかし、トランプ政権にそのような姑息な態度が通用するかは、かなり疑わしい。

アメリカとの二国間関係を重視する高市政権が、アメリカの要請を断る可能性は低いと思われるが、それは歴代政権がこれまで行ってこなかった大きな判断になる。

スペインの事例を見るまでもなく、基地使用の許可は、実態として戦争への加担を意味し、日本が事実上の戦争当事者になることを意味する。このことが、日本の今後の中東外交あるいはその他の外交政策に、全く影響を与えない、と考えることは容易ではない。

沖縄は、アメリカがベトナム戦争の泥沼に陥っている最中の1972年に返還された。沖縄返還の実現を「首相退陣の花道にする」と宣言した当時の佐藤栄作首相は、関係者を騒然とさせた。外務省関係者らは、平時でさえ難しい沖縄返還を、アメリカがベトナム戦争に認めるはずがない、と考えていた。そこで佐藤首相は、外務省を迂回して、京都産業大学教授の若泉敬氏を「密使」に指名し、アメリカのキッシンジャー大統領補佐官との協議にあたらせた。

こうして成立したのが有名な沖縄返還時の「密約」だ。外務省は現在も「密約は存在しない」という立場をとっているが、文書は当時の首相・佐藤栄作の私邸から見つかった。もう一通はホワイトハウスにあると想定される。

沖縄返還時の「密約」は二つ。一つが核持ち込み、もう一つが基地自由使用である。「密約」なのは、日本は米軍のフリーハンドを認めながら、公式には認めないという構図になっていた。わかりやすく言えば、自由にやってもらうが、ただそれを日本政府には知らせないでおいてもらう、という合意が「密約」部分である。

ベトナム戦争中、爆撃機は連日のように沖縄から飛び立っていた。当時、国際法学者の間では、「沖縄が返還された後に日本が米軍のベトナム戦争従事を認めれば、日本は集団的自衛権を発動した状態に入る」という見解が存在していた。

だからこそ、日本政府は、沖縄の米軍の行動を、「知らない」、という立場を押し通したのである。沖縄返還から5カ月後の1972年10月、田中角栄内閣のもとで、「集団的自衛権は違憲」とする内閣法制局見解が示された。「違憲である以上、実際に行っているはずがない」という論理で判断表明の機会を避けるという、極めて狡猾な立ち回りだった。(このあたりの経緯については拙著『集団的自衛権の思想史』に詳しく書いた。)

今回、トランプ大統領は、こうした日本側の立ち回りの経緯を尊重しないだろう人物であることが、大きな要素となる。

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【参照記事】

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    篠田先生の論考として重要な論点を整理してくださっている記事だと思います。全体的に賛同できる部分が大きいです。
    ただし、記事にはいくつかの論点が欠けています。

    まず、日本は中立を維持したままでは済まない利害を抱えています。
    ホルムズ海峡の通行阻害は日本経済に直結する死活問題です。
    その観点から言えば「じゃあどうすればいいの?座して死を待つの?」という話になる。

    次に、国際比較から日本の選択肢を考えたい。
    英国は「ミサイルの貯蔵庫や発射台を破壊するという特定かつ限定的な防衛目的」での基地使用を認めた。
    この「防衛目的限定」という枠組みは重要で、英国はこれにより国際法上の根拠も示しつつ、米国との関係も維持しようとした。

    ドイツは米国に近い立場を取った。
    メルツ首相は「イランの核・弾道ミサイル武装を終わらせることで米国・イスラエルと同じ利益を共有する」と述べた。

    対して高市政権の現在の対応は曖昧戦略だ。
    過去に一部の人が「曖昧こそが需要。高市さんはそこを理解していない」と声を大にして叫んでいたせいだろうか。

    スペインが貿易断絶の脅しに屈しなかったのは、EUという集団交渉力という後ろ盾があったからでもある。
    英国モデル、すなわち「防衛目的に限定した協力」という形での基地使用の限定的承認は、日本が取りうる現実的な落とし所の一つかもしれない。
    高市政権が3月19日のトランプ・高市会談でいかなる枠組みを提示するか気になる