トランプ米大統領が12日、自身をイエス・キリストのように思わせる画像を投稿したことで話題を呼んだ。大統領の支持基盤のキリスト教会関係者からは批判の声も聞かれた。大統領自身がその直後、その画像を削除したことから、これで一件落着かと思っていた矢先、トランプ氏は15日、キリストが自身を抱き寄せる姿が描かれた画像をSNSに投稿したのだ。

トランプ氏、キリストが自身を抱き寄せる姿を描いた画像をSNSに投稿、2026年4月15日
世界情勢とは直接関係がないことだが、トランプ氏の画像から気が付いたことがあるのだ。トランプ氏がAI(人工知能)に描かせた12日の画像を初めて見た時、当方はトランプ氏はイエス・キリストとしてではなく、イエスの使徒の一人としての自身を描いたのではないかと思ったのだ。以下、当方の考えを紹介する。お付き合いをお願いする。
トランプ氏は第2期目に就任した直後、ホワイトハウスに信仰局を新設し、そのトップにポーラ・ホワイト牧師を選んだ。同牧師とトラン氏は20年以上にわたる長い付き合いだ。彼女はトランプ支持者として知られている。そしてトランプ氏の「個人的な牧師」であり「精神的アドバイザー」として極めて重要な役割を担っている。ホワイト牧師はテレビ伝道師であり、「新使徒運動(NAR: New Apostolic Reformation)」の中心的な人物の一人だ。 2017年のトランプ大統領の就任式では、女性聖職者として初めて祈祷(祝祷)を捧げた。
新使徒運動(NAR)は1990年代にピーター・ワグナーによって提唱された運動で、現代にも聖書時代のような「使徒」や「預言者」が神から任命されていると主張する。既存の教派(カトリックや伝統的なプロテスタント)の枠組みを超え、現代の「使徒」が神からの直接的な啓示を受け、教会や社会を導く権威を持つという考えだ。 「神に選ばれた指導者」を支持することで地上に神の国を現そうとする、キリスト教ナショナリズム的な側面が強い。
ホワイト女史は「繁栄の神学(Prosperity Theology)」の説教者としても有名だ。信仰があれば、神は信者に健康や経済的な富を与えると説き、信者に対して「種をまく(献金する)」ことで神からの報い(祝福)が得られると教えている。それに対して、 伝統的なキリスト教界からは、現代に「使徒」の権威を認める点や、物質的な富を強調する教えが聖書の教えから逸脱しているとして、批判を受けている。
話をトランプ氏が描いた画像問題の戻す。トランプ氏が描いた画像は自身をイエス・キリストに見せているということから、既成のキリスト教会から「イエスを冒涜する」といった批判を受けているが、ホワイト氏のNAR運動の視点からいえば、トランプ氏は自身を21世紀の新使徒という思い入れがあって、あのような画像となったのではないか。
トランプ米大統領、自身をイエス・キリストになぞらえて描いたとみられる画像をSNSに投稿、2026年4月12日
画像ではトランプ氏が病人を癒している所が描かれているから、トランプ氏は自身をイエスのように感じているはずだ、という指摘がある。しかし、新約聖書を読む限りでは、奇跡をするのはイエスだけではなく、12弟子のヨハネやペテロも同じように奇跡を行っている。
「マタイによる福音書」10章1節によると、「イエスは12人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威を、彼らにお授けになった」と記述されている。イエスの12弟子、使徒たちはイエスから奇跡を行える権能を得ているのだ。すなわち、使徒たちは一人一人、イエスの代身、第2のイエスとして、そのイエスの福音を述べ伝えていったのだ。だから、新使徒のトランプ氏が病に伏せている人に癒しの奇跡を行っているシーンを描いたとしても不思議ではない。
トランプ氏を弁護するために言っているのではない。イエス・キリストは唯一の存在だが、そのイエスを救世主と信じる弟子,使徒たちは第2、第3のイエスのような立場だ。「マタイによる福音書」 5章48節には「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」とイエスは諭しているのだ。
既成のキリスト教会はイエスを余りにも高い存在に祭り上げ、人間とイエスの間には超えることが出来ない深い溝を作っている面がある。イエスと人間の格位は違うが、それを余りにも強調しすぎると、両者の間に超えることが出来ない壁ができてしまう。
だから、というわけではないが、トランプ氏が自身が愛するイエスのような人間になりたいと願い、自身を”第2のイエス”のように描かれた画像を投稿したとしても非難される理由はない。イエスの教えに反するものではない。
トランプ氏が15日に投函した画像にはイエスとトランプ氏が描かれている。繰り返しになるが、トランプ氏が12日に投稿した画像は多くのメディアが報じたように自身をイエスのように描いた自画像ではなく、「使徒トランプ」を描いたのではないか。
いずれにしても、ロシアのプーチン大統領が自身を聖ウラジーミル(ロシア正教会の創建の父)の生まれ変わりというナラティブを信じているように、トランプ氏にも独自のナラティブ(物語)があるのだ。

トランプ大統領 ホワイトハウスHPより (4)
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年4月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







コメント
トランプ氏のナラティブは、2024年7月のトランプ暗殺未遂事件を生き延びたことで、ほとんど確信となった、「『米国を再び偉大に』するために神に救われた」とする思いでしょう。トランプ氏にとってこの確信は、MAGAこそがトランプ大統領の使命であり義務であると考える元となっております。
この思いの一端は、大統領就任の際に、聖書に手を置かなかったことにも表れております。これは、単に忘れただけかもしれないのですが、すでに神の命を受けている以上、改めて宣誓する必要などないというロジックだって成り立ちます。
今回問題になった絵も、この物語をイメージとして具現化したものであるようにも思えます。絵で彼が向き合っているのは病人なのですが、現実のトランプ氏が向き合っているのは米国という国家である。そして、彼がなさんとしているのは、絵では健康の回復なのでしょうが、現実のトランプ氏はMake Grate Againをなさんとしている。
そう考えれば、何らおかしな話でもありません。もちろん、彼が暗殺事件を生き延びた理由が、MAGAという神の御意志であるならば、なのですが。普通に考えれば、この部分が少々怪しげではあります。これは、世界の多くの人の共通する思いではないでしょうか。