戦後75年近く地域紛争を除き、規模が大きかったり期間が一定程度長い戦争はありませんでした。それは第一次、第二次世界大戦のインパクトが強すぎ、その時代に生きた人、あるいは遺族らが必死に戦争を拒み、世論をそれを許さなかったことはあるでしょう。ところが75年過ぎれば当時の方はお亡くなりになり、歴史の記憶は古い過去に追いやられてしまいます。

習近平国家主席(中国共産党新聞)高市首相(首相官邸)とトランプ大統領(ホワイトハウス)
一方、日本の武器の歴史を見ても刀から火縄や後装式の銃そして、大砲を経たものの第二次大戦終了時は相手国の原爆を別として、先進的でハイテクな武器ではありませんでした。一方、今世紀に入ってから武器や戦争装備品の技術の進歩と共に我々の生活や考え方も大きく変わりました。現代の人があの当時の武器で戦争せよ、といえば尻込みするでしょう。理由は自分の身の安全が確保できないからです。正に死と隣り合わせで銃弾が雨のように降ってくる中で戦う精神力はほぼないと断言して良いと思います。
ベトナム戦争の際、アメリカ帰還兵の1/3がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩みました。今ではPTSDは当たり前に聞きますが、実はこのベトナム戦争帰還兵がこの心身症の転換点で1980年に命名されたのです。それまでの数多くの戦争ではPTSDは無かったのでしょうか?これは研究者の報告を見なければわかりませんが、なくはないけれどどちらかといえば現代病的な位置づけだと考えています。つまり50年代から60年代を楽しく過ごしたアメリカの若者たちが突如熾烈な戦場に送り込まれ、反戦運動が異様に盛り上がった本国に帰国後、「人殺し!」とののしられれば「俺はお国のために行ったのに…」という意識と葛藤が非常に長い時間をかけてPTSDを発症させたのでしょう。通常の人間には受け入れがたいほどの精神的圧力だったと思います。
ではそれから60年近くたち、更に現代生活が戦争と無縁になった今、私は皆さんに聞いてみたいと思います。「あなた、赤紙が来たら戦争に行けますか?」と。昔は家族や近所の人に見送られ錦の旗と持ち上げれるのです。今、赤紙が来たら逃げる、拒否する、病気になるが続出するでしょう。そもそも戦える体力がありません。
この現象は日本だけではありません。お隣中国でも同じです。軍事パレードなどを見ると一見強そうに見えますが、中国が戦争で勝ったことは漢、唐、清の時代に領土戦争をしてある程度の勝利を収めた以外、近年は目立った勝利はありません。(日中戦争は中国が勝利宣言してますが、事実上は違う意味での勝利です。また地域紛争は除きます。)最近、中国は武力による威嚇をしますが、それはとりもなおさず、かつてのような人力戦ができないという意味とも言えないでしょうか?
日本が防衛費を国家予算の2%、今後更に上げるかもしれないとされるのは人力戦に代わる代替戦争を武器の威嚇にて行おうとしているからだと考えています。高額の戦闘機やハイテク武器、更には核の保有も結局は我々が知っている昔のスタイルの戦争がもはやできない前提に立っているのです。
ではもう一つ。日本が将来戦争をする可能性はあるのでしょうか?まず日本が領土拡大を求める戦争をすることは想像しがたい点はご同意いただけるでしょう。宗教戦争に巻き込まれる可能性もほぼゼロです。とすれば唯一、第三国が日本の領土を侵攻する場合ではないかと思われます。(もちろん、将来日本がトランプ氏のような首相を排出しないとは限らないので断言はしませんが。)
通常、戦争は最後手段であり、外交的交渉が先に来ます。また戦争中も武力と共に外交交渉は継続します。また国際世論や同盟国、連携国の支援も以前よりはるかに複雑ながらも繋がっています。とすれば突如北海道に某国が侵入し、占拠占領するというシナリオを今の想像力で考えることは難しい上に自衛隊が敵に向かって弾を発射するというシーンも想像しがたいのであります。
3つの戦争は3つのシナリオを提示しました。ウクライナ戦争の場合は何時まで経っても決着がつかず、疲弊する国家を見たこと、ガザの戦争はあまりにも一方的であり、実質勝利国が世界から冷たい目で見られたこと、イランの戦争はまだ行方はわかりませんが、必ずしも武力が勝るほうが一方的に勝つわけではないことを見せつけました。
とすれば3つの戦争に共通するのは勝利する国が決して有利ではないということです。かつての戦争は賠償や領土で戦勝国に莫大な利益をもたらすこともありました。今ではそれはないということです。やる方もやられる方も得はないのです。
今、憲法改正議論で特に9条改正が注目されます。私はそこははっきりと自衛隊を認め、自衛できる武力の使用を認めるべきだと思います。それが逆に戦争に発展する抑止力になるとみています。なぜなら憲法改正により自衛官になる者が少なくなるとみているからです。言い方は悪いのですが、今は戦争をしない自衛隊なので業務危険度からすれば訓練事故を除けば、警官や消防隊員の方が圧倒的にリスクが高いぐらいなのです。その時、政府ははたと気がつくでしょう。戦争の在り方は変わったのだと。私から見れば憲法9条の改正議論は昔の現実を投射しすぎていて、議論そのものが現代社会を見据えておらず、机上の話に過ぎないとみています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年4月17日の記事より転載させていただきました。






コメント