石舞台古墳、春の光景:桜と菜の花が彩る明日香の里

桜の季節、奈良県をドライブしています。又兵衛桜を鑑賞したあと次にやってきたのは明日香村の石舞台古墳。本当は違うところに行く予定だったんですが、たまたま見ていたNHKで桜の名所と紹介されていて、来てみたいと思ったのです。

駐車場に車を停めて古墳までの道を歩きます。長閑な風景の広がる村。古墳の周りは多くの桜で囲われています。

桜で囲われたエリアに料金を支払って中に入ります。目の前に現れたのが大きな石を積まれた古墳。石の舞台のように見られることから石舞台古墳と呼ばれています。通常、古墳はこのような石室は墳丘で覆われるのが通例ですが、こちらの古墳は表に出てしまっています。これはもともとは墳丘があったものの、時代の流れとともに墳丘の盛土が失われてしまったためと考えられています。埋葬されているのは飛鳥時代の政治家、蘇我馬子であると考えられていますが、定かではありません。

横から回ると石室の中に入ることができます。

石室の中は空洞でした。ここに蘇我馬子が眠っていたのかは定かではありませんが、その周囲は隙間がないように計算されて石が組まれており、1400年を経た現代においてもなお崩れることなく安定してこの地に姿をとどめています。古の人たちの技術の高さを窺い知ることができます。

石室内の見学も終えたので、あとは古墳の周りに咲く桜を堪能することとしましょう。平日ではありますが、駐車場はほぼ満車状態。大勢の人が石舞台古墳の桜を鑑賞しに訪れていました。これ、土日は大変なことになってるんじゃないですかね。

桜越しに古墳を見る。

ピンクに染まる桜をバックに。

少し離れた小高い丘からも古墳を眺めることができますが、こちらは菜の花が植えられていました。桜と菜の花のコラボレーションは春の暴力ともいえる絶景なんですが、これに古墳が加わった景色はここ以外で見ることはほぼ不可能だと思います。

古墳を見学したあとは周辺をぶらっと散歩しました。この辺りは国営飛鳥歴史公園となっており、6世紀から7世紀にかけて多くの天皇が宮を設けた場所です。今は喧騒から離れた喉かな寒村ですが、かつてはここで日本の重要な政(まつりごと)が行われていました。

石舞台古墳から10分ほど歩いた農道の脇に、もうひとつ別の古墳がありました。こちらは都塚古墳。6世紀後半の古墳で飛鳥時代の中でも初期の古墳とされています。この古墳に来る途中にも小高い丘があるので景色に紛れてしまっていました。特に柵などで囲われることなく誰でも立ち入れる状態で古墳が点在しています。

そこからまた少し歩いて、一本桜の下で桜吹雪にまみれた石像を見つけました。その名も「マラ石」。男性器を模したとされる石像です。子孫繁栄を願って作られたと言われています。こういうのって全国各地にあって、今でこそなんでこんなもん作ったん?と思われがちですが、子孫繁栄はどこの場所でも村の持続のために必要な命題であったためこのようなものが多く作られたのでしょうね。

散歩を終えてマイカーに戻って来ました。桜の木の下に停めたので、

フロントガラスに桜の花びらが散っていました。春ですね。しばらく花弁を乗せたまま、次の目的地に向かいました。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年4月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

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