「日本人は痩せている」という幻想

黒坂岳央です。

XがAI翻訳機能を実装したことで、日本人と外国人の交流が劇的に増えた。そこで繰り返し話題になるのが「なぜ日本人は炭水化物だらけの食生活なのに太らないのか」という疑問だ。ラーメン、白米、うどんなど、こうした高糖質食を日常的に食べながら、日本人がスリムに見えることが「謎」として消費されている。

また、こうした反応に対して日本人自身も「和食はヘルシー」「油が少なめだから」と返していたりする。

だが結論から言ってこれは間違った認識に近い。日本人は決して「太っている人が少ない」とはいえない。むしろここ10年間の中年男性について言えば、統計的、有意に太くなった。

Milatas/iStock

「世界最低水準の肥満率」の正体

日本が肥満率の低い国とされる根拠は、WHO基準のBMI30以上で計測した場合の話だ。この基準で見ると、世界平均は約16%、米国は40%超に達するのに対し、日本は約4%にとどまる。確かにこの数字を使えば日本は「世界で最も痩せた国の一つ」になる。

だがBMI30という閾値は、もともと白人の疫学データをベースに設定されたものだ。体型の異なるアジア人に白人基準をそのまま当てはめると、正確な健康リスクの評価ができない。「180cmを前提に作られた服が日本人に合わない」と同じ問題だ。

試しに計算してみる。筆者は身長173cm、体重65kgだ。BMIは21.7で「普通体型」に該当する。ではBMI30という肥満基準に達するには何kgになればいいか。答えはなんと約90kgである。90kgという健康が不安になるような巨漢で初めて「肥満」とカウントされる基準を日本人に適用することの不自然さは、数字を見れば明らかだ。

WHOはアジア太平洋地域向けに別基準を設けており、BMI23以上を「過体重のリスクあり」、BMI25以上を「肥満」と定義している。日本肥満学会もBMI25以上を肥満と定義する。これはアジア人が欧米人より低いBMIで糖尿病や高血圧などの代謝異常を発症しやすいという疫学的根拠に基づく。

この基準で見ると数字は一変する。厚生労働省の2023年国民健康・栄養調査によると、BMI25以上の肥満率は男性31.5%、女性21.1%だ。現実には日本人男性の3人に1人が肥満である。「日本人はみんな痩せている人ばかり」という印象は、欧米基準という都合のいいフィルターを通した勘違いといっていい。

同じアジアで比べても「優等生」とは言えない

「欧米と比べれば低いではないか」という反論は想定できる。では同じ東アジア内で比較するとどうか。

WHO基準(BMI30以上)での比較では、日本3.6%、韓国5.7%、中国7.8%となる。これだけ見ると確かに日本が最も低い。しかしそもそも東アジア全体が欧米基準では非常に低く出るため、これは小さな数字の背比べにしかならない。

ここにアジア基準(BMI25以上)で揃えると話が変わる。韓国はBMI25以上を肥満として独自に集計しており、2009年から2019年の10年間で肥満率は29.7%から36.3%へと上昇した。同じ土俵に乗せると、日本の31.5%との差はわずかだ。欧米人が称賛するほど「日本だけが突出して痩せている」という実態はない。

中国はさらに深刻な変化を示す。2004年から2018年の調査では成人の平均BMIが22.7から24.4へ上昇し、肥満率(BMI30以上)は3.1%から8.1%へと約2.6倍になった。2010年以降の上昇ペースは世界平均の2倍以上で、かつて日本より低かった中国が既に日本を追い越している。これは経済成長に伴う食生活の変化が、肥満率を急激に押し上げたことが原因だ。

東アジア内での比較でも、日本は突出して優等生ではないのだ。

日本の肥満は「増加中」である

それでは過去との比較ではどうか。

厚労省の国民健康・栄養調査で男性の肥満率(BMI25以上)の推移を見ると、2010年の30.4%から2019年には33.0%まで上昇した。2023年時点は31.5%とやや落ち着いているが、厚労省自身が「この10年間で男性は有意に増加した」と認めている。女性は横ばいだが、男性については増加トレンドが定着している。

2024年の最新データでは年代別の内訳が鮮明だ。50代男性の肥満率は38.3%、40代男性は35.8%に達する。街でよく見かける「腹だけ出た中年男性」という印象は、統計的に正確な観察だ。働き盛りの世代の4割近くが肥満という現実は、「日本人は痩せている」という通説を数字で否定する。

糖尿病の増加もこの文脈で理解できる。2022年の国民健康・栄養調査では、糖尿病が強く疑われる者の割合は男性18.1%、女性9.1%で、男性だけで推計約1,100万人に上る。50代男性では12.6%、60代男性では21.8%が糖尿病と推計される。

6人に1人が糖尿病または予備群という状況なのだ。

体重より体脂肪率こそが本質

日本人の肥満問題をさらに複雑にするのが「隠れ肥満」だ。

アジア人は欧米人と比べて、同じBMIでも内臓脂肪を蓄積しやすい体質を持つ。白人のBMI30とアジア人のBMI25は、代謝異常リスクとして同程度とされている。

見た目は「普通体型」でも内臓脂肪は危険水準に達しているケースが多い。これが「やせ型2型糖尿病」という概念が生まれた背景だ。BMIでは肥満に分類されないのに、内臓脂肪の蓄積によって代謝が破綻している。

問題の根底にあるのは、日本人が体重計に乗る習慣を持ちながら体脂肪率を意識しないことだ。体重は筋肉も脂肪も水分も込みの数字であり、脂肪の量と分布を反映しない。腹だけ出て手足は細い「リンゴ型体型」の中年男性は、体重が標準値でも内臓脂肪が蓄積している典型例だ。

本当に管理すべき指標は体重ではなく体脂肪率と腹囲だ。腹囲が男性85cm以上に達した時点でメタボリックシンドロームのリスク域に入る。これは体重が正常範囲内でも起きうる。体重計の数字に安心している人間が最もリスクを見落とす。

アメリカ人が日本を誤解する理由

「日本人は太っていない」が繰り返し生産される背景には、コンテンツバイアスがある。「日本食は健康的」という結論を先に持った欧米人が、その結論を支持する指標を選んで消費するコンテンツが大量に流通している。

BMI30基準を使えば日本は「肥満ゼロの奇跡の国」になる。これはコンテンツとして売れる。XのAI翻訳が情報の流通コストを下げた結果、こうしたミスリードが国境を越えて加速している。

比較対象にも問題がある。「欧米と比べて低い日本」という構図は、米国という先進国の中でも極端な外れ値を基準に使っている。フランスやイタリアなど西欧主要国の肥満率は15〜25%程度であり、「欧米」は一枚岩ではない。日本が際立って低く見えるのは、米国40%という異常値との比較に限った話だ。

「日本人は痩せている」というイメージは、都合のいい指標を選んだ結果として生まれた幻想に過ぎない。

そして筆者は稚拙な日本たたきをしたいのではない。中高年層は慢心せず、自身の健康コントロールのために体脂肪や体型を意識して運動や健康食をするべきだ。このような啓蒙の意図を持って書いたのだ。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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