高市首相がベトナムとオーストラリアに外遊をした。これらのうち、ベトナムは「竹外交」で知られる全方位外交路線を掲げつつ、目を見張る経済成長でASEANの有力国に発展した沿岸国だ(ベトナムは、ASEAN域内でインドネシア、シンガポール、タイに次ぐ第4位のGDPを誇り、ASEAN原加盟国フィリピンとマレーシアを凌駕している)。

ベトナムを訪問する高市首相 首相官邸HPより
ベトナムは、高市首相の就任後の外遊先の中では、最も攻めの姿勢が必要になる訪問先だったと言える。
なお日本はこれまでベトナムに対して沿岸警備支援などを提供し、南シナ海での海洋安全保障を強く意識した関与をしてきている。ただし対岸の島嶼国フィリピンと比して、ベトナムは中国やロシアとも良好な関係を保っていることで知られる。ベトナムにとっては、中国との貿易関係が圧倒的なシェアを占める。日本は韓国と比しても後れを取っている。
高市首相は、ベトナムでは共同声明を出さなかった。オーストラリアでは共同声明を出している。この点を誇大に強調しすぎるつもりはないが、いずれにせよ日本とベトナムの関係は、必ずしも特別だとまでは言えないということだ。
高市首相は、共同声明の代わりにベトナム国家大学ハノイ校で講演を行った。ちなみに日本語で講演を行ったのは、発展著しいベトナムのエリート校での講演としては、いささか物足りない感じはする。
ベトナム訪問にあたって高市首相が強調したのは、「パワーアジア(POWERR ASIA)」と銘打った「総額約100億ドル(約1.5兆円)のエネルギー調達を巡る金融支援枠組み」だ。中東に起因するエネルギー危機に対応して、ベトナムを含めたアジア諸国を、日本政府が出資する日本貿易保険(NEXI)の輸出保険や国際協力銀行(JBIC)の融資を活用して支援するという。具体的には、アジア諸国が、原油を調達するのを支援するという。これによって日本側には、アジアで生産されている医療関連など物資の日本への安定供給が図るのだという。
悪い話ではないように聞こえる反面、日本でもエネルギー危機が迫っている中で、他国を支援している余裕があるのか、という疑問もわかないではない。政治的含意が気になるところだ。
たとえばベトナムは、中東の危機を、ロシアからの原油調達で乗り切ろうとしている。「パワーアジア」は、この流れを意識しているようだ。なぜなら日本からの融資で、ベトナムなどの東南アジア諸国に、アメリカから原油を購入するように働きかけるつもりのようだからだ。
https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260421004/20260421004-1.pdf
「パワーアジア」は、なぜか「POWERR ASIA」と意図的にスペルを「power」から変更している。「Partnership on Wide Energy and Resources Resilience Asia(アジア・エネルギー・資源供給力強靭化パートナーシップ)」を略したということのようだ。これには何となく落ち着かないものを感じる。アメリカがUSAIDで類似した名称のプログラムを実施したりしていたからだ。
https://common.usembassy.gov/wp-content/uploads/sites/62/2022/04/USAID-Clean-Power-Asia-1.pdf
今回の「パワーアジア」は、日本は保険や融資を提供する仕組みで、無償支援ではない。そもそも東南アジア諸国は、もはや無償支援を必要とするようなレベルにはないので、それは当然である。だが、それにしても有限の資源を活用して支援をするわけだから、日本にとっても有益な結果が期待されなければならない。今回については、それは医療関連物資の調達に役立つ、ということが正当化理由になるらしい。しかしそれにしては1.5兆円の額は大きいのではないか。
結局は、アジア諸国のエネルギー調達に影響を与えたい、ということだろう。端的に言えば、中東危機に対応した新たな原油調達先を、アメリカに振り向けたい、ということだろう。
日本(高市政権)は、中東危機に際して、イランに厳しい態度をとり、米国重視の外交姿勢を鮮明にしている。その一方で、イランと良好な関係を持つロシアと中国に対して、敵対的と言わざるを得ない外交姿勢を取っている。ロシアに対する経済制裁を続けており、中国とも高市首相の台湾有事発言に起因する一連の対立がレアアースの問題にまで波及しながら続いている。
「パワーアジア」を通じたアジア諸国に対するアメリカからの原油買い付けの斡旋は、どうしてもその文脈で解釈せざるをえない構図を内包している。
アメリカの利益になることを、日本が協力することそれ自体が、悪いということはない。もっとも日本にどこまでそのようなことをする余裕があるのか、という素朴な疑問がわかないわけではないが。
ただ、アジア諸国は、中東危機に対して、日本ほどには、アメリカに好意的な視線を送っているわけではない。東南アジアにおいても、マレーシアやインドネシアなどのイスラム教国は特に厳しい視線をアメリカに送っている。ベトナムについて言えば、ロシアと中国との間で良好な外交関係を持っている。露骨に親米誘導・反中包囲網形成の意図を感じさせる方策をとるのは、必ずしも得策とは言えない面がありうる。
「パワーアジア」の今後の展開には、そうした配慮から、注意を払っていかざるをえない印象を受ける。
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