日経新聞「子育ては社会全体の責任だ」にあらゆる意味で批判殺到

日経新聞の社説「子育ては社会全体の責任だ」に対し批判が広がっている。社説は、子どもの数が45年連続で減少するなか、子育てを家庭だけでなく社会全体で支えるべきだと主張した。しかし、批判の多くは「子育て支援」という名目で、現役世代や若者の負担を増やしている点に向けられている。

【参照リンク】[社説]子育ては社会全体の責任だ 日本経済新聞

  • 上の世代と若い世代の感覚の違いを指摘する声が目立つ。上の世代は「少子化が大変だ、何とかしろ」と考えるが、若者の側には「この国で子どもが増えないのは当然だ」と冷めた見方が広がっている。
  • 子どもを持つことを喜びではなく、経済的なコストやリスクと見る人も増えている。結婚や出産に前向きになれない背景には、低賃金、重い社会保険料、将来不安がある。
  • 「子育ては社会全体の責任」という経済新聞らしからぬ社会主義的な主張にも反発が出ている。子育ては本来、親や保護者、家庭の責任であり、「社会の責任」と言い換えることで、負担の所在を曖昧にしているという批判だ。
  • 特に批判が強いのは、「子ども・子育て支援金」である。医療保険料に上乗せして徴収する制度は、子育て支援を掲げながら、若者や現役世代の手取りをさらに減らす仕組みだと受け止められている。
  • 「若者の手取りを減らしておいて、子どもが増えるわけがない」という声が多い。必要なのはこども家庭庁といった新しい負担ではなく、年少扶養控除の復活や社会保険料の軽減など、家計に残るお金を増やす政策だという主張である。
  • また、過去の少子化対策への不信感も根強い。待機児童対策や各種補助金に多額の予算が投じられてきたが、出生数は減り続けた。同じ発想でさらに税金や保険料を集めても、子どもが増えるとは思えないという見方だ。
  • 就職氷河期世代を見捨てた影響を指摘する声もある。本来なら結婚・出産の中心になったはずの大きな世代が、不安定な雇用と低所得に苦しめられた。その結果を総括せず、今さら若者に負担を求めるのは筋が違うという批判である。
  • さらに、「子どもを産んでくれないと維持できない社会保障制度の方を見直すべきだ」という意見もある。少子化そのものより、人口増を前提にした制度設計に問題があるという指摘だ。

今回の批判は、支援の名目で国民からさらにお金を取り、結果的に子育て世帯や若者の手取りを減らしていることだ。少子化対策に必要なのは、「社会全体の責任」というきれいな言葉ではなく、結婚や出産を選べるだけの所得と安心を取り戻すことである。

 

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