ドイツのメルツ首相がアメリカのイラン政策を公然と批判してまもなく、米国防省はドイツ駐留米軍5000人の撤退を発表した。
トランプ米大統領による「報復」だろうか?
しかし、欧州から米軍が減っていくという流れは、トランプ政権の登場をはるかにさかのぼる、数十年前からの地殻変動の一環だ。そしてその変動は今、新たな加速装置を得たかもしれない。

ホワイトハウスでトランプ大統領と会談するメルツ首相、2025年6月5日、ホワイトハウスから
トランプの怒りと「報復の撤退」
発端は、メルツ首相の率直な発言だった。
先月末、メルツ首相は米国のイラン政策を公然と批判した。「米国はイランに屈辱を受けている」「何ら戦略もなく紛争に突入した」「交渉においても真に説得力ある戦略を持っていない」。これほど直截な同盟国批判は異例だ。筆者が目にする英国メディアはトップ記事でこの発言を紹介した。
トランプ大統領はすぐに反応した。ソーシャルメディアを使って、メルツ首相は「ロシア・ウクライナ戦争の終結と、自分の『壊れた国』の立て直しにもっと時間を使うべきだ」と投稿した。報道陣に対しては、「メルツ首相はひどい仕事ぶりだ。移民問題、エネルギー問題、あらゆる種類の問題を抱えている」とも。数日後、国防省が5000人撤退を正式発表した。
米軍の撤退は「今後6〜12か月以内に完了する」という。国防省の公式説明は「欧州における部隊配置態勢の徹底的な見直しによる」だったが、メルツ批判への報復として受け止めた人は多い。
トランプ氏の怒りはドイツにとどまらなかった。イタリアとスペインも矢面に立たされた。「イタリアは何の役にも立たなかった。スペインはひどかった、本当にひどかった」。大統領はイタリア・スペインからの撤退も「おそらく検討する」と述べた。
背景にあるのは、米・イスラエルによるイラン攻撃作戦「オペレーション・エピック・フューリー」への協力姿勢の違いだ。スペインは自国の基地や領空をイラン関連作戦に使わせることを拒否し、トランプ氏の強い反感を買った。イタリアも、トランプ氏の目には「役に立たなかった」と映った。
米国内、NATOの反応は?
米国内での反応は一丸ではない。
米上院軍事委員会のジャック・リード民主党議員は「ロシア軍がウクライナへの容赦ない攻撃を続けているこの時期に欧州の軍事的プレゼンスを弱めることは、ロシアのプーチン大統領へのかけがえのない贈り物だ」と批判した。
一方、北大西洋条約機構(NATO)は米国との協議を続けるとしながら、欧州側の防衛責任強化を促す声明を出すにとどまった。
ドイツのピストリウス国防相は、「米兵の存在はドイツの利益であり、米国の利益でもある」としながらも、こう付け加えた。「米国がドイツを含む欧州から部隊を撤退させることは予想できた」。
実はトランプ氏にとって、これは2度目の試みだ。第1期政権の2020年にも、ドイツから1万2000人を移転する提案を行ったが、米議会に阻止され、バイデン政権が撤回した経緯がある。
今回も議会内に反対意見はある。だが前回と異なり、上下両院でトランプ氏に近い勢力が強まっている。「議会が止める」という保証は、もはやない。
数字で見る「今の欧州」
そもそも、現在の欧州には米軍がどれだけいるのか。
2025年末時点で、欧州の米軍基地に常駐する現役軍人は約6万8000人。これに輪番展開部隊を加えると8万人規模になる。31の恒久基地と19の軍事施設に分散し、ドイツ・イタリア・英国の3カ国が特に大きな存在感を持つ。
なかでもドイツは圧倒的で、約3万6400人。欧州全体の常駐部隊の半数以上がドイツに集中している。2位のイタリア(約1万2700人)と比べても3倍近い。スペインには約3800人、ポーランドには常駐369人に加え輪番で約1万人が展開する。
ちなみに世界全体を見渡すと、ドイツより多くの米軍を受け入れている国は日本だけだ(約5万4千人)。沖縄・横須賀・嘉手納に代表される日本の米軍基地網は、欧州と並ぶ米軍の二大拠点である。「欧州で起きていること」が日本と無縁でない理由の一つはここにある。
ドイツの重要性は兵力の数だけではない。欧州・アフリカにおける米軍作戦全体を統括する米欧州軍司令部(EUCOM)と米アフリカ軍司令部(AFRICOM)の本部がともに南西部シュトゥットガルトに置かれている。欧州における米空軍の中心拠点であるラムシュタイン空軍基地、そして負傷兵治療の要であるランドシュトゥール地域医療センターもドイツにある。
つまりドイツは単なる「最大の駐留地」ではなく、欧州における米軍作戦全体の司令塔だ。そこから5000人が引き揚げるという決定の意味は大きい。
イタリアのナポリには米海軍欧州司令部が置かれ、地中海に展開する米艦隊の指揮拠点として機能する。スペインのロタ海軍基地はNATOのミサイル防衛網の重要な要素であり、5隻の駆逐艦が配備されている。ここからの撤退は、地中海の防衛体制に直接的な穴を開けることになる。
ドイツのピストリウス国防相が「予想できた」と述べたのは、こうした構造をよく知っているからこそだろう。
ドイツが欧州における米軍の司令塔である以上、米国が欧州でのプレゼンスを縮小する際、ドイツが最初の標的になることは避けられない。存在感が大きいほど、削減の余地も大きいからだ。
では、その縮小はなぜ「予想できた」のか。
「報復」ではなく「トレンド」
欧州における米軍の存在は、圧倒的な膨張と長期的な収縮の歴史になる。
第二次世界大戦終結直後の1945年、欧州には100万人を超える米兵がいた。しかし復員が進み、1948年には約12万8000人に激減。だが冷戦の緊張が高まるにつれて再び増員が進み、1957年には約45万人という史上最大の規模に達した。西ドイツだけで約25万人、つまり現在のドイツ駐留数(約3万6400人)の7倍近い兵力が、一国に集中していた時代があった。
転機は1991年のソ連崩壊だった。「平和の配当」を求める声の中、欧州の米軍は急速に縮小した。1989年に約31万5000人いた兵力は、1995年には約10万7000人へと、わずか6年で3分の1以下になった。
その後も縮小は続いた。
2001年の9.11テロ以降、米軍の重心はアフガニスタンと中東へと移り、欧州はさらに「後回し」にされた。冷戦期に西ドイツに24万9000人いた米軍は、2021年には3万5000人余りにまで減少した。欧州全体でも2013年には約6万3000人という戦後最低水準に落ち込んだ。
現在の約6万8000人という数字は、歴史的に見れば冷戦ピーク時の約6分の1にすぎない。
2014年のクリミア併合が潮目を変えた
反転のきっかけを作ったのは、ロシアだった。2014年のロシアによるウクライナのクリミア併合を受けて、米国は欧州への展開を再び増やし始めた。2022年2月のウクライナ全面侵攻後は、常駐・輪番を合わせて一時8万5000〜10万人規模に急増した。
しかしその揺り戻しも、冷戦期の水準には程遠かった。そしてトランプ政権の再登場とイラン紛争が重なり、今度は再び縮小の圧力がかかっている。
今回のドイツからの撤退は、突然の話ではない。トランプ政権はすでに昨年、ルーマニアからの米軍削減を決定している。ルーマニア国防相によれば、ヘグセス米国防長官から「自国防衛にもっと力を入れるべきだ」と伝えられた後の決定だという。
東欧の同盟国、とりわけロシアの脅威を最も肌で感じるバルト諸国やポーランドにとって、この流れは深刻な懸念材料だ。
この長期トレンドを踏まえれば、ピストリウス氏が「予想できた」と言った意味が分かる。欧州から米軍が減っていくという大きな流れを読んでいたのだろう。
米議会が「欧州の米軍を7万5000人以下に恒久削減することを禁じる」条項を毎年の国防権限法に盛り込んでいるのも、この流れへの危機感からだ。大統領の権限に議会が歯止めをかけようとしていること。その事実自体が、削減圧力の強さを物語る。
米ロの非対称 「世界展開」対「近隣押さえ」
欧州の安全保障を考えるとき、米国とロシアとの比較は避けられない。だが、米国とロシアの海外軍事展開は、規模においても性格においても、根本的に異なる。
まず規模の差は圧倒的だ。米国は世界約80カ国に700を超える海外軍事施設を持ち、欧州だけで6万8000人以上を常駐させる。対してロシアの海外基地は20か所に満たない。
だが数字よりも重要なのは、展開の「性格」の違いだ。
米国の駐留は基本的に「招待型」だ。同盟国が望んで受け入れ、受け入れ国が土地や費用の一部を負担する。NATOという多国間の集団防衛体制、あるいは日米安保のような二国間協定が法的根拠となっている。ドイツもイタリアもスペインも、自らの意思で米軍を迎え入れてきた。
ロシアの展開はその正反対に近い。旧ソ連諸国への影響力を維持することが主眼であり、タジキスタン(第201軍事基地、約7000人)やアルメニア(第102軍事基地、約4000〜5000人)への駐留は、モスクワの地政学的支配力の延長線上にある。
ジョージアやウクライナに対しては、軍事力による領土の占拠という「強制型」の手法が取られた。ロシアは、2008年のジョージア戦争後はその一部地域を、2014年以降はウクライナのクリミア半島を実効支配下に置いている。
戦略の方向性も対照的だ。米国がグローバルな力の投射を目指す「外向き」の展開であるのに対し、ロシアは旧ソ連圏という「近い外国」を押さえることが最優先の「内向き」の展開だ。シリアへの介入も、地中海への出口(タルトゥース海軍基地)を確保するという、本質的に防衛的・地政学的な動機から来ている。
この非対称性の根底には経済力の差がある。
ロシアのGDPは韓国や日本と同程度で、米国の約10分の1以下だ。グローバルな海外駐留を維持するには莫大なコストがかかり、ロシアにはそもそもその経済基盤がない。
だからこそロシアは「弱い手を上手く使う」戦略を取る。
核抑止力、情報戦、民間軍事会社(ワグネルなど)の活用、欧州内の政治的分断の利用など、これらはすべて、正面からの軍事的な対称競争を避けるための「非対称の手段」だ。
この米ロの非対称な構造が長年にわたって欧州の安全保障を下支えしてきた。
米軍の「招待型・グローバル展開」があったからこそ、欧州は自前の防衛力を大幅に削減しても安全を保てた。逆に言えば、その米軍が減れば、欧州は急に「自分で自分を守る」という問題に直面せざるを得ない。
欧州は自分で自分を守れるか
メルツ首相は「ドイツを再び欧州最大の通常戦力にする」と宣言し、2026〜2030年に7790億ユーロ(約130兆円)という巨額の防衛予算を組んだ。NATOのGDP比3.5%目標を2035年より5年以上前倒しで達成する計画だ。
しかし問題は予算だけではない。フランスとの産業競争、独仏共同の次世代戦闘機(FCAS)開発の迷走、軍官僚機構の惰性など、作業分担や知的財産をめぐる両国の対立はプロジェクトを事実上停滞させている。
欧州が「自前の安全保障」を本当に機能させるには、何年もかかるというのが大方の見立てだ。
トランプ大統領の怒りは一過性かもしれない。だが、欧州から米軍が減っていくという大きな流れはそうではない。それは冷戦終結から始まった数十年の流れであり、今回の「報復の撤退」はこれを加速させる一つの契機にすぎないともいえる。
では、この流れを止める力はあるのか。米議会には反対意見がある。第1期トランプ政権でのドイツからの撤退提案は議会に阻止された。しかし今回は、上下両院でトランプ氏に近い勢力が強まっている。「議会が止める」という保証は、もはやない。
「アメリカなしの欧州安保」がますます現実化しつつあるのかもしれない。
ふと疑問がわいてくる。ロシア・プーチン大統領はこうした事態をどう見ているのか。決して「悪いニュース」ではないはずだが。
参考:BBC、ロイター、フィナンシャル・タイムズ(有料)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年5月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







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