OpenAIはグローバル・クロッシングの道を歩むか

池田 信夫

生成AIのリーダー、OpenAIは今年中に1兆ドル規模の評価額で新規上場(IPO)するという報道が世間を賑わせている。実現すれば間違いなく歴史上最大のIPOとなるが、その華々しいスポットライトの裏で、同社の財務構造に対する警戒感も急速に高まっている。

同社の年間売上高は250億ドルを超えているが、営業損失は140億ドルに達する見通しだ。この巨額のキャッシュバーン(資金燃焼)は、ドットコム・バブル期に彗星のごとく現れ、奈落の底へ転落した通信インフラの巨人、グローバル・クロッシングの軌跡と重なり合って見える。

グローバル・クロッシングのプロモーションビデオ


インターネットの「無限の需要」という神話

1990年代後半、グローバル・クロッシングが市場を熱狂させた根拠は「インターネットの通信量は数ヶ月ごとに倍増する」という神話だった。彼らはその需要を満たすため、世界27カ国、200以上の都市を結ぶ16万kmにおよぶ世界規模の光ファイバー網を計画し、1998年にIPOを果たすと時価総額は470億ドルに達した。

しかし2000年に入ると、主要顧客だったドットコム企業が次々と倒産し、期待されていた爆発的な通信需要は実現しなかった。同社と同じビジョンを掲げた新興通信会社(Level 3やQwestなど)や既存大手がこぞって世界中にケーブルを敷設した結果、光ファイバーは深刻な過剰供給に陥り、販売価格は暴落した。

会社が破滅に向かう中、創業者ゲーリー・ウィニックなどの経営陣は、株価が暴落する前に自社株を売却し、計12億ドル以上を手中に収めた。これにインサイダー取引の容疑でSEC(米証券取引委員会)やFBIの捜査が入ると、最盛期に60ドルを超えた株価は数セントになった。


懸念される「循環取引」の影

現在のAIブームも無限の需要神話の上に成り立っている。「AIモデルの性能は計算資源のべき乗で上がる」というスケーリングローを信じ、OpenAIは次世代GPUの確保、データセンターの建設、さらには電力を確保するための原発にまで天文学的な資金を投じている。

しかし、もしチャットGPTが生み出す実際の収益が、インフラ投資のスピードに追いつかなかったらどうなるか。それはグローバル・クロッシングがはまった「誰も来ないパーティーのために、豪華な会場を作りすぎた」という罠である。

さらに市場関係者が注視しているのは、現在のAIエコシステムにおける循環取引である。グローバル・クロッシングが破滅に向かう決定打となったのは、ノーテルなどの光ファイバーのベンダーから投資を受け、その資金で光ファイバーを買うベンダーファイナンスだった。

現在のAI市場においても、これと類似した構造が指摘されている。たとえばNVIDIAがOpenAIに巨額の出資を行い、OpenAIはその資金を使ってNVIDIAの半導体を買う。あるいはマイクロソフトがOpenAIに出資し、その資金でOpenAIがマイクロソフトのクラウドを使う。

こうしたプレイヤー間での「身内による資金の還流」が、AI市場の需要を実態以上に膨らませている。帳簿上の売上高は急拡大しても、それが身内の「回し飲み」であるならば、外部からのキャッシュインが止まった瞬間に、構造全体がドミノ倒しのように崩壊するリスクをはらんでいる。


グローバル・クロッシングとの違い

ただしOpenAIとグローバル・クロッシングには、大きな違いもある。第一に、投資家の体力が格段に違うことだ。グローバル・クロッシングは、高利回りのジャンク債を発行して資金を調達した独立系の新興企業であり、キャッシュが尽きれば即座にゲームオーバーだった。

一方で、現在のAI開発を支えているのは、マイクロソフト、アルファベット、アマゾンといった、既存のビジネスから大きな利益を叩き出している本物の巨人である。彼らにとって、AI投資は軍拡競争のようなものであり、多少の赤字で梯子を外すことは考えにくい。

第二に、AIには実需があるということだ。グローバル・クロッシングは「インターネットはグローバルなネットワークなので、国際回線を先に敷設した者が勝つ」という前提で世界中に光ファイバーを張りめぐらしたが、実際にはインターネットが成熟すると通信は国内で完結し、国際回線はあまり使わなくなった。

しかし現在の生成AIは、すでに企業のコーディング、カスタマーサポート、法的文書作成などの現場に組み込まれ、ホワイトカラーの労働力を代替すると予想されている。これは現在の人件費に相当する巨額の需要を生むだろう。かつてグローバル・クロッシングの敷設した光ファイバーが今でも使われているように、OpenAIの建設したデータセンターには価値がある。


バブルの歴史は繰り返さないが、韻を踏む

マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言った。OpenAIがグローバル・クロッシングのように完全に経営破綻する結末を迎える可能性は低いかもしれない。OpenAI単体の資金がショートしても、筆頭株主であるマイクロソフトなどが救済・吸収するだろう。

しかし、同社が目指すIPOにおいて、市場がその「1ドル稼ぐために1.5ドル以上のコストをかける」というゆがんだ財務構造を冷静に見きわめたとき、現在の1兆ドルとも囁かれる超巨額の評価額でIPOできるかどうかは疑問である。

最大の問題は、ビジネスモデルの不在である。OpenAIの累計投資額は1200億ドルだが、これを回収する収益源は、今のところサブスクしかない。グーグルには検索という収益源があり、アンスローピックにはB2Bのビジネスがあるが、OpenAIの有料ユーザーは5%しかいない。

AIは革命的なイノベーションであり、その価値は不滅である。かつてグローバル・クロッシングの敷設した海底ケーブルが今も使われているように、OpenAIのデータセンターも人類の共有財産になるだろう。しかしそれに投資した企業が収益を上げるとは限らない。

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