小林鷹之氏の「一度の例外もない男系による皇位継承」という話は誤り

6月に国会で皇位継承について「立法府の総意」を取りまとめるらしく、読売新聞が皇位継承について連載インタビューを載せている。ほとんどの識者が(読売と同じく)女系天皇を容認すべきだと言っているが、ひとり異彩を放っているのが自民党の小林鷹之政調会長だ。

小林氏は高市首相に迎合したのかもしれないが、「ただ一度の例外もない男系による皇位継承」というのは明白な事実誤認で、歴史学界でもとっくに葬られた説である。

女帝の古代王権史 (ちくま新書)
義江明子
筑摩書房
★★★★☆

女帝は「中継ぎ」ではなかった

このような全称命題は反例ひとつで棄却できるので、端的な例外をあげよう。大宝律令の一つ「継嗣令」の皇兄弟条には、次のように書かれている(現代語訳)。

およそ天皇の兄弟・皇子は、みな親王とせよ。女帝の子もまた同じ。それ以外は並びに諸王とせよ。

ここでは「女帝の子」も親王(皇位継承権をもつ子)になると明記されている。それ以外の傍系の子は王と呼ばれて区別された。反例はこれ以外にもたくさんあるが、「ただ一度の例外もない男系」が誤りであることは明らかだ。

持統天皇までは双系(男女にかかわらず直系の子に継承する)で、男女比もほぼ半分ずつだった。その次の文武天皇は「持統天皇が現御神として皇位を授けた」という記録がある。これは女帝としての権威で授けた女系の皇位だった。


天皇家の系図(赤は女帝)

文武は母親の元明に譲位し、元明は娘の元正に譲位した。こうした女帝が「中継ぎ」だという説は、歴史学では葬られたものだ。むしろ持統天皇は中継ぎどころか、大宝律令を制定し、その後3代の天皇を決める権力者だった。

「男系の皇統」は中国の男尊女卑の思想

天皇が世襲になったのは持統天皇以降であり、それまでは群臣(有力な豪族)の合議で適任者を選び、先帝や群臣が天皇を「共立」する選挙王制に近いしくみだった。天皇には実務能力のある男女が選ばれ、世襲ではなかった。

逆に「皇位継承は男系に限る」という明文の規定は、明治時代の皇室典範まで存在しない。男系の皇統という概念は、皇室典範をつくった井上毅の創作である。

そもそも「神武天皇以来126代」の皇統譜は1926年に宮内省がつくった神話であり、そこからさかのぼってすべてのミカドに「**天皇」という謚(おくりな)をつけた。それは「万世一系」ではなく(これは小林氏も暗に認めている)、男系に限られたわけでもない。

男系の皇統は中国の伝統であり、持統天皇が伝統的な双系の継承に中国の皇帝の原則を折衷したものだが、実態は厳格に適用されたわけではない。宦官が皇帝の血統を守った中国とは違い、日本の御所には男性が自由に入れたので、側室の産んだ子が天皇の子かどうかは確認できなかった。

男系の皇統は女性を皇位継承から排除する男尊女卑の思想である(井上毅はそう明言した)。こんな時代錯誤の思想を自民党の政調会長が堂々と主張するのは恥ずかしい。小林氏が史実を知らないとすれば無知だが、知っていて「ただ一度の例外もない」と嘘をついたなら、政調会長として失格である。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    Cloude 4.8使ってみました。

    ### はじめに(言葉の説明)

    本文に入る前に、用語を整理しておきます。

    – **男系**…父親をたどっていくと、最終的に天皇(皇室の祖先)に行き着く血すじ。本人が男でも女でも関係ありません。
    – **男系女子**…父をたどると皇室に行き着く「女性」の天皇。過去の女性天皇は全員これにあたります。
    – **女系**…父ではなく「母」だけが皇室につながっている血すじ。皇室の女性が一般(非皇族)の男性と結婚して産んだ子が天皇になる場合がこれです。歴史上、この女系の天皇が即位した確認例は一つもありません。
    – **双系**…父・母どちらの血でも継承を認める考え方。

    この区別がとても大事なので、頭の片すみに置いて読んでください。

    ### 本文

    池田先生の記事の結論には納得できません。小林氏の主張と池田先生の反論が、そもそも**かみ合っていない**からです。

    **① 「女帝の子も親王」は、女系の実例にはならない**

    池田先生は継嗣令の「女帝の子も親王とせよ」を反例に挙げます。確かにこの条文には、「女帝が臣下(非皇族)と結婚して産んだ子も皇族と認める=制度上、女系の可能性を含んでいた」という有力な解釈があり、ここは重要な論点だと私も認めます。

    しかし大事なのは、**制度上の「可能性」と、実際に「起きたこと」は別**だということです。歴史上、父方が皇室につながらない女系の天皇が実際に即位した例は、一つも確認されていません。条文は女系即位の可能性を示す材料にはなっても、女系天皇が実在した証拠にはならないのです。

    **② 女性天皇がいた=女系ではない**

    「女性天皇が何人もいた」ことと「女系で継承した」ことは、まったく別の話です。女性天皇は10代8人いましたが、全員が男系女子です。

    ここで一つ補足します。女性天皇が子や孫に皇位を譲った例自体はあります。たとえば元明天皇は娘の元正天皇に、持統天皇は孫の文武天皇に譲位しました。ですが、その子・孫の父親(草壁皇子など)はいずれも男系の皇族男子です。**子に継いではいても、血すじは男系のまま**なのです。つまり「非皇族の男性との間に生まれた子に皇位を継がせた(=女系継承した)」例は、一度もありません。

    要するに、小林氏が言っているのは「**父系(男系)が一度も途切れていない**」ことであり、池田先生が論じているのは「**女性天皇がいたか/中継ぎだったか**」という別の話です。論点がずれています。

    **③ 「明治の創作」という説明の弱点**

    池田先生は「男系を明文化したのは明治だから、男系という概念は明治の創作だ」と言います。確かに、皇位継承順位が明文で整えられたのは明治の皇室典範が最初です。現在の皇室典範でも「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と明記されています。

    しかし「明文化されたのが明治」だからといって、「それ以前に男系を重んじる意識がなかった」とまでは言えません。法律に書かれなくても、慣習として強く守られてきた決まりは世の中にたくさんあります。
    そして**結果**を見れば一目瞭然です。継体天皇のあたり(6世紀前半)から現代まで約1500年、ただの一度も女系に流れていません。これは偶然というより、**男系を重視する制度的・慣習的な力が長く働いていた**と見るのが自然でしょう。

    ただし、私はすべてを否定するつもりはありません。池田先生の指摘は、**少なくとも古代の律令制の段階については重要な論点**だと思います。問題は、その古代の事情を、そのまま「日本史全体で女系継承があった(男系は虚構だ)」と一般化してしまうと、飛躍になりはしないか、という点です。

    **④ 「無知」か「嘘つき」かは言い過ぎでは**

    最後に一つ気になりました。記事の結びで、小林氏を「無知」あるいは「嘘をついたなら失格」と断じています。

    しかし、ここまで見たように、これは「どちらが正しいか」よりも「**男系という言葉をどの意味で使っているか**」のすれ違いに近い問題です。少なくとも「父系が途切れていない」という意味なら、小林氏の発言は事実に反していません。それを人格まで断定するのは、いささか言い過ぎではないでしょうか。立派な論客である池田先生だからこそ、相手の言葉の定義を確認したうえでフェアに論じていただきたいと感じました。

    ### まとめ

    – 「女性天皇がいた」ことは「女系がいた」ことにはならない。論点がずれている。
    – 継嗣令は女系の「制度的可能性」は示すが、女系天皇が実在した証拠ではない。
    – 1500年間女系に流れていない事実は、偶然より男系重視の慣習・政治意思の表れと見るのが自然。
    – 「無知か嘘か」という断定は行き過ぎだと思う。

    **結局のところ、父方が皇統に属さない女系天皇が実際に即位した確認例はありません。その意味で「実例としての男系継承に例外はない」という小林氏の主張は、成立しうると考えます。**