なぜ「天皇家の相続」だけがこんなに揉めるのか

原始、日本史は実に祝祭であった。ぼくたちの真正の生であった。今、日本史はごみである。屑拾いの手で生き、換金されて輝く、祭りの後に散らかされたごみである。

強調は原文(紙媒体)

…で始まる、ぼくらしい書評が刊行になり、全文がWebにも上がっている(リンクは最後に)。採り上げた新刊は、いまもお世話になる河野有理さんの『日本史はいかに物語られてきたか』。

ふたたびの「真空総理」が、分断の時代を救うのかもしれない。|與那覇潤の論説Bistro
歴史の流れを正しく見通すのは、難しい。 いま「二大政党制」がなぜ振るわないか、という記事を先月書いたが、若い人はそんなのそもそもあったんすか? と感じただろう。長い安倍晋三時代(2012-20)のあいだ、自民党に対抗できる規模の野党など、想...

政治思想史が専門で、今年は新書で『明六社』も出している河野さんが、自国史の描き方にも興味を持っていることは、昔聞いて知っていた。

編者も務めていただいた2014年の論文集に収めた、ぼくと大澤聡さんとでの鼎談で、本人が語っている。なので、そこから10年余が経ち、いよいよ待望の成果が読めるわけだが、

近代日本政治思想史 - 株式会社ナカニシヤ出版
近代日本政治思想史詳細をご覧いただけます。

…その間の10年くらいに色んなことがあり、まぁなんというか、非常に論争を呼びそうな形でぼくの名前を今回の本でも冒頭に出してもらうに至って、あの頃から「ずいぶん遠くまで来たなぁ」としみじみ感じたりもした。

『日本史はいかに物語られてきたか』 河野有理 | 新潮社
網野善彦・山本七平・司馬遼太郎・松本清張・梅原猛・吉本隆明・坂本多加雄……戦後の知識人は自らの理想とする「国のかたち」を歴史に託し、従来の皇国史観やマルクス史観とは異なるユニークな「史論」を展開した。多様な史観が競合する

かつて丸山眞男は、議論が座標軸上に沿って「伝統」として蓄積されず絶えず一から話が蒸し返され続ける日本社会のあり方を嘆き、その克服を目指していた(『日本の思想』)。

だが、SNSの定着ととともに、むしろそうした恒常的再炎上」の方が、日本どころか世界の常態になりつつあるのかもしれない。

そこで、伝統的に文化人類学が扱ってきた無文字社会でしばしば見られるような、「歴史の無い社会」をやり過ごす知恵を洗練させるべきではないかと提案する識者も現れた(與那覇潤歴史なき時代に――私たちが失ったもの 取り戻すもの』)。

17頁(強調と改行を付与)

おいおい丸山眞男と逆の極端に座ってるよ。もはや「お尋ね者」だよね(苦笑)。

河野さんの本書の魅力は、①歴史学者も、②違う分野の学者も、③小説家などの学者でない人も、「自分の国の物語の書き手」として対等に扱う筆致だ。なので(?)①から③へとFIREしたぼくが、今回書評している。

著名な歴史家尽くしの全17章を、均等に紹介するのはむずかしい。そこでずばり、同書が描く「いま、日本史の全体像が見えない」理由のコアにあたる部分を、こんな風にまとめてみた。

同じ本を「違って読める」ときにだけ、その人は自由である|與那覇潤の論説Bistro
発売中の『文學界』7月号で、上野千鶴子さんと対談した。タイトルは、ずばり「江藤淳、加藤典洋、そしてフェミニズム」。ネットでも2つ、PR用の抜粋が出ている(もう1つのリンクは後で)。 「歴史なき時代における『成熟』とは何か?」 與那覇潤と上野...

自国史が空回りする国になったのにも、ゆえんはある。二大スターの天皇風土が、歴史のなかで噛みあっているのかいないのか、答えがはっきりしないのだ。

網野善彦は、後醍醐天皇について「非人を動員し、セックスそのものの力を王権強化に用いることを通して、日本の社会の深部に天皇を突き刺した」と記す(本書102頁)。つまり噛みあわせたという意味だ。だが著者の見るところ、このテーゼは網野が通史を描く際には、活きてこない。

むしろ網野との鼎談に挑んだ上野千鶴子は、天皇制は一貫して、日本では社会の基層から浮いた存在にすぎないと喝破する。彼女を論壇に誘った山口昌男も、古事記から日本人の国家像を探る吉本隆明のナイーブさを痛罵した。

算用数字に改変・修正
網野の引用は『異形の王権』から

天皇こそがもちろん「日本の象徴」でしょうと、ぼくらはなんとなく考えていて、憲法の1条めにも似たことが書いてあるが、歴史上はむしろ海外から、新しい習俗を採り入れる際の「依り代」として機能した例が多い。

その結果、天皇の周囲にだけよその文明に起因する慣行が残ってしまい、一般庶民が慣れ親しむ日本の文明とは発想を異にすることが起きえる。これについては、歴史学者をFIREする前から、

『史論の復権』 與那覇潤 | 新潮社
学問的な歴史研究の成果を踏まえつつ、現在の位置を捉えなおす──。そんな「史論」の試みを復権させるべく、「中国化」というオリジナルな概念で日本史を捉えなおした気鋭の若手研究者が、七人の異分野の知に挑む。日本企業の生き残り戦

天皇というのは「日本の伝統」の担い手なのか、「中国化」の担い手なのか、どちらかに決めにくいのが難しいところなんです。
(中 略)
三島の「文化防衛論」を橋川文三が批判しますよね。要するに、「三島のいっている天皇というのは、江戸的な天皇か、中国的な天皇か、どっちなんだ」と。

「私が天皇というのは、文化概念としての天皇だ」といいながら、「国軍の前に天皇が現れて下さらないとしまらない」ということに対する批判です。それを橋川につかれて、三島は負けを認めていますよね。「トリックがばれた」と。

120-1頁
2012年、大塚英志氏との対談で

と、ぼくも言ってたのだった。で、これがいま、国を二分しかねない大問題になっている。

…お気づきでない? なんで、日本のあらゆる家のなかで天皇家だけは「別に女性が継いでもええやん」とならずに、男系でつながる超・遠縁の親戚を探し出して養子にしようみたいな、ややこしい話になるんだと思います?

家族史のプロによる解説は、まさにこうだ。

選択的夫婦別姓制度の議論をしている人に伝えたいこと 感情論やめ本質的な考えを
「個性を尊重する」「伝統的な価値観を守る」──。意見が飛び交う選択的夫婦別姓制度の議論。名前についての議論をきっかけに、日本のアイデンティティーとは何かを考えるべきではないか?

奈良時代になっても天皇の半分は女帝だった。この頃は個人名に加え氏族の名である「氏」が用いられていた。「氏」は生まれたときに決まり、生涯変わらない。つまりかつての日本は〝夫婦別姓〟だったのだ。

しかし、中国から律令制度を導入したのをきっかけに、氏族は父系的傾きを強めていく。「父系制」の確立した中国のルールでは男性しか律令制の官僚になれなかったからである。つまり、誤解している人が多いが、「父系制」は日本古来の伝統ではなく、日本が「中国化」した結果だったのだ。

落合恵美子氏、『Wedge』2025年12月号

詳しくは上のリンクを読んでほしいが、日本はもともと「双系制」の社会で、父方か母方かを問わず親戚を平等に扱い、血縁の上で区別しない。というか、父系だけを優先する中国式の方が、ユーラシア中央部に特殊である。

著者の落合氏が他で使う例では、夫婦に女の子しか生まれなかった場合、「父方の親戚から男の子を養子に貰って」相続させるのが父系制、ふつうに自分の娘に渡すのが双系制だ。日本の庶民はみんな、後者でやってきた。

ところが、そうは知ってもこと皇室典範となると、つい「うおおお養子を引っ張ってきてでも男系男子!」と叫びたくなる人が多く、めずらしく旧立憲民主党からマトモなツッコミが入ったりする。つまり、噛みあってない。

歴史的な経緯によって、そのくらい天皇という制度が、日本の文化のなかで異質な存在になっていることの自覚を、どれほど持てるか。それがこの問題を、令和のいま穏当に解けるかを決める。

コロナくらいのタブーでもだんまりだった今日の歴史学者に、有益な発言を望むのは期待薄だ。というか、また「うおおお学術会議!」みたく出ると負け軍師を担ぎ出すくらいなら、黙っててもらう方がいいのかもしれない。

メディアも見捨てた「学問の自由」を、この際、削除する改憲ってどうだろう?|與那覇潤の論説Bistro
「参政党の当否」をめぐる論争が、収まらない。おかげで支持される理由の取材が、関係者でないぼくにまで来て、まずJBpressで記事になっている。全2回で、どちらから読んでもOKだ。 【與那覇潤が斬る参政党現象】「専門家は間違えない」という神話...

もし学者に限らず、いまも日本史が物語られ、国民の誰もが歴史を生きていたとしたら。

なにせ、天皇家の存続がかかる問題である。もっと談論風発で、専門にかかわらず多様な人が声を上げる、熱気ある空間が実現していただろう。それを守るのが、本来は「学問の自由」だった。

そんな時代を思い起こさせる、河野さんの新著に寄せた書評の末尾は、以下のとおり。歴史の喪失がいよいよ極まった今日、同書を手にとり考える一助になるなら、評者として冥利に尽きる。

歴史には、かつて豊かな物語があった――網野善彦、司馬遼太郎、松本清張、坂本多加雄ら「日本史の青春時代」を振り返る | レビュー | Book Bang -ブックバン-
網野善彦氏(撮影:新潮社写真部)  近年、歴史ファンの間では、「史実」の真偽に関する議論が盛り上がることが多くなっています。…

名前に覚えのある歴史家たちの、めくるめく共演に幕が下りるとき、ウッドストックのフィルムを見終えたような感慨が走る。もう日本史に、青春を焦がす人などいない。

だけどその歓声は、ふしぎと心にいつまでも響く。夜の蒼白い月の姿から、光源の太陽を思い出すときのように。

初出『波』2026年6月号
選書フェアの冊子でも入手可)

参考記事:

「歴史」を捨てた方が幸せになれるとしたら?
歴史というものは、人間の社会にとって、本当に必要なのだろうか。歴史研究をなりわいとし、「歴史」を冠する学科に勤める筆者がこう口にするのは自己矛盾だが、現実にそう感じさせられることが増えた。  個人的…
なぜ靖国問題はここまでこじれたのか|與那覇潤の論説Bistro
もうすぐ80年目の「8.15」だが、悼む日を静かに迎えるには、あまりに政治の情勢が不穏だ。歴史を語るコメントを石破茂氏が出すのかも、彼がいつまで首相なのかもわからない。 「やり遂げるべきだ」立民・野田代表が石破首相の戦後80年見解表明を後押...

(ヘッダーは2023年、小林よしのり氏のイベントを報じたnippon.comより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント