
原始、日本史は実に祝祭であった。ぼくたちの真正の生であった。今、日本史はごみである。屑拾いの手で生き、換金されて輝く、祭りの後に散らかされたごみである。
強調は原文(紙媒体)
…で始まる、ぼくらしい書評が刊行になり、全文がWebにも上がっている(リンクは最後に)。採り上げた新刊は、いまもお世話になる河野有理さんの『日本史はいかに物語られてきたか』。

政治思想史が専門で、今年は新書で『明六社』も出している河野さんが、自国史の描き方にも興味を持っていることは、昔聞いて知っていた。
編者も務めていただいた2014年の論文集に収めた、ぼくと大澤聡さんとでの鼎談で、本人が語っている。なので、そこから10年余が経ち、いよいよ待望の成果が読めるわけだが、

…その間の10年くらいに色んなことがあり、まぁなんというか、非常に論争を呼びそうな形でぼくの名前を今回の本でも冒頭に出してもらうに至って、あの頃から「ずいぶん遠くまで来たなぁ」としみじみ感じたりもした。

かつて丸山眞男は、議論が座標軸上に沿って「伝統」として蓄積されず絶えず一から話が蒸し返され続ける日本社会のあり方を嘆き、その克服を目指していた(『日本の思想』)。
だが、SNSの定着ととともに、むしろそうした恒常的「再炎上」の方が、日本どころか世界の常態になりつつあるのかもしれない。
そこで、伝統的に文化人類学が扱ってきた無文字社会でしばしば見られるような、「歴史の無い社会」をやり過ごす知恵を洗練させるべきではないかと提案する識者も現れた(與那覇潤『歴史なき時代に――私たちが失ったもの 取り戻すもの』)。
17頁(強調と改行を付与)
おいおい丸山眞男と逆の極端に座ってるよ。もはや「お尋ね者」だよね(苦笑)。
河野さんの本書の魅力は、①歴史学者も、②違う分野の学者も、③小説家などの学者でない人も、「自分の国の物語の書き手」として対等に扱う筆致だ。なので(?)①から③へとFIREしたぼくが、今回書評している。
著名な歴史家尽くしの全17章を、均等に紹介するのはむずかしい。そこでずばり、同書が描く「いま、日本史の全体像が見えない」理由のコアにあたる部分を、こんな風にまとめてみた。

自国史が空回りする国になったのにも、ゆえんはある。二大スターの天皇と風土が、歴史のなかで噛みあっているのかいないのか、答えがはっきりしないのだ。
網野善彦は、後醍醐天皇について「非人を動員し、セックスそのものの力を王権強化に用いることを通して、日本の社会の深部に天皇を突き刺した」と記す(本書102頁)。つまり噛みあわせたという意味だ。だが著者の見るところ、このテーゼは網野が通史を描く際には、活きてこない。
むしろ網野との鼎談に挑んだ上野千鶴子は、天皇制は一貫して、日本では社会の基層から浮いた存在にすぎないと喝破する。彼女を論壇に誘った山口昌男も、古事記から日本人の国家像を探る吉本隆明のナイーブさを痛罵した。
算用数字に改変・修正
網野の引用は『異形の王権』から
天皇こそがもちろん「日本の象徴」でしょうと、ぼくらはなんとなく考えていて、憲法の1条めにも似たことが書いてあるが、歴史上はむしろ海外から、新しい習俗を採り入れる際の「依り代」として機能した例が多い。
その結果、天皇の周囲にだけよその文明に起因する慣行が残ってしまい、一般庶民が慣れ親しむ日本の文明とは発想を異にすることが起きえる。これについては、歴史学者をFIREする前から、

天皇というのは「日本の伝統」の担い手なのか、「中国化」の担い手なのか、どちらかに決めにくいのが難しいところなんです。
(中 略)
三島の「文化防衛論」を橋川文三が批判しますよね。要するに、「三島のいっている天皇というのは、江戸的な天皇か、中国的な天皇か、どっちなんだ」と。「私が天皇というのは、文化概念としての天皇だ」といいながら、「国軍の前に天皇が現れて下さらないとしまらない」ということに対する批判です。それを橋川につかれて、三島は負けを認めていますよね。「トリックがばれた」と。
120-1頁
2012年、大塚英志氏との対談で
と、ぼくも言ってたのだった。で、これがいま、国を二分しかねない大問題になっている。
…お気づきでない? なんで、日本のあらゆる家のなかで天皇家だけは「別に女性が継いでもええやん」とならずに、男系でつながる超・遠縁の親戚を探し出して養子にしようみたいな、ややこしい話になるんだと思います?
家族史のプロによる解説は、まさにこうだ。

奈良時代になっても天皇の半分は女帝だった。この頃は個人名に加え氏族の名である「氏」が用いられていた。「氏」は生まれたときに決まり、生涯変わらない。つまりかつての日本は〝夫婦別姓〟だったのだ。
しかし、中国から律令制度を導入したのをきっかけに、氏族は父系的傾きを強めていく。「父系制」の確立した中国のルールでは男性しか律令制の官僚になれなかったからである。つまり、誤解している人が多いが、「父系制」は日本古来の伝統ではなく、日本が「中国化」した結果だったのだ。
落合恵美子氏、『Wedge』2025年12月号
詳しくは上のリンクを読んでほしいが、日本はもともと「双系制」の社会で、父方か母方かを問わず親戚を平等に扱い、血縁の上で区別しない。というか、父系だけを優先する中国式の方が、ユーラシア中央部に特殊である。
著者の落合氏が他で使う例では、夫婦に女の子しか生まれなかった場合、「父方の親戚から男の子を養子に貰って」相続させるのが父系制、ふつうに自分の娘に渡すのが双系制だ。日本の庶民はみんな、後者でやってきた。
ところが、そうは知ってもこと皇室典範となると、つい「うおおお養子を引っ張ってきてでも男系男子!」と叫びたくなる人が多く、めずらしく旧立憲民主党からマトモなツッコミが入ったりする。つまり、噛みあってない。
万が一にも、天皇制を破壊しかねない旧皇族養子案を認めるなら、お付き合いは仕切れません。
— 枝野幸男 弁護士 (@edanoyukio0531) May 7, 2026
歴史的な経緯によって、そのくらい天皇という制度が、日本の文化のなかで異質な存在になっていることの自覚を、どれほど持てるか。それがこの問題を、令和のいま穏当に解けるかを決める。
コロナくらいのタブーでもだんまりだった今日の歴史学者に、有益な発言を望むのは期待薄だ。というか、また「うおおお学術会議!」みたく出ると負け軍師を担ぎ出すくらいなら、黙っててもらう方がいいのかもしれない。

もし学者に限らず、いまも日本史が物語られ、国民の誰もが歴史を生きていたとしたら。
なにせ、天皇家の存続がかかる問題である。もっと談論風発で、専門にかかわらず多様な人が声を上げる、熱気ある空間が実現していただろう。それを守るのが、本来は「学問の自由」だった。
そんな時代を思い起こさせる、河野さんの新著に寄せた書評の末尾は、以下のとおり。歴史の喪失がいよいよ極まった今日、同書を手にとり考える一助になるなら、評者として冥利に尽きる。

名前に覚えのある歴史家たちの、めくるめく共演に幕が下りるとき、ウッドストックのフィルムを見終えたような感慨が走る。もう日本史に、青春を焦がす人などいない。
だけどその歓声は、ふしぎと心にいつまでも響く。夜の蒼白い月の姿から、光源の太陽を思い出すときのように。
初出『波』2026年6月号
(選書フェアの冊子でも入手可)
参考記事:


(ヘッダーは2023年、小林よしのり氏のイベントを報じたnippon.comより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。







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