ポストリベラリズムを代表する論客、パトリック・デニーン米ノートルダム大学教授が2026年6月4日、日本記者クラブで講演した。シリーズ「トランプ2.0」の第17回として開催された今回、デニーン教授はポストリベラル社会の構想とトランプ後のアメリカを考える論点について約1時間にわたって語った。
日本に「失われたアメリカ」を見た
初来日から1週間、デニーン教授が真っ先に口にしたのは、意外にも日本社会への親近感だった。
「形式的にはリベラルな国かもしれない。だが最も重要な点、すなわち文化と生活様式において、日本はそれほどリベラルではない」
東京の街を歩き、クラクションの音一つ聞かず、ゴミの臭いもマリファナの臭いもなく、人々が静かに礼儀正しく振る舞う光景に、教授は若い頃のアメリカを重ねた。訪問先の真鶴町の小学校では、1年生が白いエプロンと帽子を着けてカレーライスを配膳し、全員に行き渡るまで静かに待ち、「いただきます」と唱和する場面を目の当たりにした。
「これこそトックヴィルがニューイングランドの自治体に見た光景だ。日本の小学校は民主主義市民教育の「初等学校」そのものだ。個人主義の教育ではなく、むしろその正反対のものが教えられている」
アメリカはいかにして自らの哲学に呪縛されたか
講演の核心は、アメリカ社会がなぜ機能不全に陥ったかの診断だった。
トックヴィルはかつて、アメリカ人の哲学(リベラリズム)と実際の生活習慣の間に大きな乖離があると指摘した。人々は個人の自由と自己利益の名のもとに行動を正当化しようとしながら、実際には共同体的に生きていた。ところが、とデニーン教授は言う。「数十年をかけて、アメリカ人の生活様式はその公式の哲学に追いついていった」。
転機は20世紀半ば、ファシズムと共産主義との戦いだった。イデオロギー的な体制への嫌悪から、アメリカは逆説的に「いかなる個人の自由への制約も許さない」という別のイデオロギーに染まっていった。
「今日でも、個人の自由に何らかの制約を主張すれば、右派の論者ならニューヨーク・タイムズにファシストと呼ばれ、左派の論者なら自由市場の規制を唱えるだけでウォール・ストリート・ジャーナルにマルクス主義者と叩かれる」
左右双方のリベラリズムが一般市民を蝕んだ
1960年代後半、左派は性の解放・旧来の道徳規範の解体を推進した。他方、レーガン革命が代表する右派は、伝統的な家族の価値観を掲げながら、その中核にはミルトン・フリードマン流の経済的自由主義——「企業は株主利益だけを考えればよい」——を据えていた。
「左の過激な社会的個人主義と、右の過激な経済的個人主義。両者は形こそ違えど、同じコインの裏表だった」
豊かな高学歴層はどちらの風向きにも乗れた。だが一般市民は製造業の空洞化、組合の衰退、医療費の高騰、コミュニティの崩壊という形で損失を積み重ねた。絶望による死(deaths of despair)が増加し、アメリカ史上初めて平均寿命が短縮した時期もあった。
有権者は4年ごとに左右を行き来したが、「投票のたびに状況はさらに悪化していた。そして2012年、多くの人々は投票そのものをやめた」。
トランプ現象の本質――市場の空白を見抜いた「部外者」
「メディアはトランプという個人の人格的特異性に注目しすぎた。見逃されているのは、国民の間に広がっていた深い絶望だ」
教授はここで一枚の散布図を提示した(2016年選挙データ)。横軸に経済政策の左右、縦軸に社会政策の自由度を取ると、有権者が四象限に分布する。伝統的共和党支持層(経済自由・社会保守)、伝統的民主党支持層(社会民主・社会リベラル)、リバタリアン——しかし「経済も社会も自由化を望まない」左上の象限には、2016年以前、主要候補者が誰も打ち込んでいなかった。
「ビジネスマンであるトランプは、市場にその空白があることを嗅ぎつけた。政界の内部にいた人間は、そのニーズが見えていなかった」
有権者がトランプに求めたのは深い政策ビジョンではなく、「腐ったシステムを壊す」という一点だった、と教授は分析する。

トランプ大統領 ホワイトハウスHPより
ポスト・リベラルの処方箋――「上から」と「下から」の組み合わせ
では再建の道はどこにあるか。旧来の保守派は「政治が撤退すれば市民社会は自然に育つ」と考えた。しかしデニーン教授率いるポスト・リベラル派の立場は異なる。
「規範や慣習が一度崩壊すると、連邦・州・地方のあらゆるレベルで公共政策のサポートが必要になる」
学校教育の改革、歩いて暮らせる町づくり、家族形成を支える経済政策(住宅・医療費の高騰対策)——かつて保守派が「政府が介入すべきではない」と退けてきた領域に、今や積極的に公共政策を入れるべきだという議論が保守の側から出始めている。「これは保守の歴史において初めてのことだ」と教授は言う。
建国250年のアメリカへ――問いは続く
7月4日に建国250周年を迎えるアメリカに向け、教授は問いを投げかけて講演を締めくくった。
「トランプは本能的に人々の不満を感じ取った。だが彼がそのシステムの解体に成功したかどうか、そしてこの流れが共和党さらにはアメリカ政治の組織原理であり続けるかどうか——それは、まさに今問われるべき良い質問だ」
答えはまだ出ていない。だが少なくともデニーン教授にとって、真鶴町の小学校の給食風景は、その答えを探すための一つの羅針盤に見えたようだった。







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