今回の養子騒動は、日本の伝統について改めて考えさせる。1988年に丸山眞男は「自粛の全体主義のさなかに」と題した座談会で、昭和天皇の病状をめぐる自粛は「大正天皇のときにもなかった」と指摘した。
1988年9月に天皇が吐血したとき、NHKは「自粛」の態勢を組み、橋本大二郎氏が毎日、病状を報告し始めた。あれはNHKのマニュアルでは「危篤」の態勢で、現実に天皇は民間人だったら数日で亡くなる病状だったが、全量輸血などの処置で4ヶ月近く延命した。おかげで全国で自粛が始まり、崩御のときはテレビCMもなくなった。
皇居の前にテント村ができ、そのコストは全社で毎日2000万円ともいわれた。「ベタ張り」が冬の最中に続き、カメラマンには死人も出た。みんなおかしいと思ったが、「態勢を縮小しよう」という現場の声に対して、島会長は「NHKが抜かれたら私は腹を切らなければならん」と言って張り込みを強行した。
今回の「男系の皇統」をめぐる問題も、戦前の歴史が決して過去のものではないことを示している。日本には意思決定をおこなう主権者がいないので、竹田恒泰のような「無法者」が大きな声で「男系が断絶すると世襲できなくなる」と嘘をつくと、政治家も大衆も「空気」に乗せられてしまうのだ。
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