投資収益は不確実であり、投資損失になる可能性もある、故に、使途のある資金で資産形成を行うべきではない、これが一般的な理解なのであろう。しかし、使途のない資金を殖やして何になるのか。資産形成のための資産形成、投資のための投資というのは、ローンのためのローン、即ち借金するために借金するのと同じように、無意味ではないか。もし、無意味でないとしたら、ゲーム、あるいは投機としての意味しかないのではないか。

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事実、多くの人の健全な良識のもとで、投資は危ない投機だと感じられてきたはずであり、そのことが金融庁のいう資産形成の普及を妨げてきたはずなのである。しかも、資産形成の普及を図ろうとする様々な試みにおいても、多くの場合、投資のための投資についての技術論が展開されるのみで、肝心の投資の目的について語られることはない。
投資とは、リスク、即ち損失の可能性を受け入れることで、リターン、即ち期待損失を上回る期待利益の可能性を享受することである、これが投資についての一般的な理解であろう。そして、投資教育と呼ばれる領域では、このリスクとリターンとの関係を上手に設計すること、即ち、より少ないリスクで、より大きなリターンをあげることについて、例えば、分散投資であるとか、長期投資であるとか、様々な技術論が展開されているわけである。
しかし、こうした投資教育においては、技術的なことが問題にされているだけで、なぜリスクをとってまでリターンを得なければならないのか、なぜ資産を増殖させなければならないのか、なぜ投資しなければならないのか、投資の目的は何かについて論じるところはない。これでは、投資をゲームにするだけではないか。
ゲームではない資産形成、真の資産形成には、目的が必要であり、その目的は豊かな消費以外にはあり得ないであろう。このことを金融界で初めて明らかにしたのは、ほかでもない金融庁である。金融庁は、資産形成の主たる目的を国民の豊かな老後生活に定め、その普及を熱心に図っているのだが、老後生活に焦点を絞っているのは、公的年金改革との関連で、国民の自助努力を促すことが政府の最重点課題だからである。
しかしながら、消費における豊かさを求める国民の意思との関連において、資産形成が位置づけられるべきことは、老後生活に限ったことではないであろう。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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