「担保がなくても借りられる」という誤読:企業価値担保権の本質

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5月25日の施行以降、企業価値担保権についての解説記事が溢れている。

士業、コンサルタント、元銀行員——書き手の肩書きは様々だが、伝えているメッセージは驚くほど似通っている。

「不動産や設備のような有形資産に頼らず、事業全体の価値を担保に資金調達できる新制度」
「不動産担保がなくても融資が受けやすくなる」
「先に動いた企業ほど有利な条件で資金調達できる可能性が高い」。

読み終えた社長が「うちにも使えるかもしれない」と思うように設計された文章だ。

しかし、それは制度の「入口」だけを読んだ誤りである。

「担保」という言葉が生む誤解

5月30日、事業再生研究機構がシンポジウム「新しい担保制度の実務展望」を都内で開催した。倒産・再生・与信実務の専門家、立法関係者、金融機関担当者が登壇し、オンライン視聴を含め約220名が参加した。

そこで登壇した再生実務家の粟田口太郎弁護士(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)は、制度の本質をこう表現した。

「企業価値担保権は、金融機関と企業の伴走に向けた、信頼を構築するためのツールだ。企業価値担保権の設定は『勲章』という認識を広めたい」。

「勲章」という言葉が必要になる理由は何か。制度の名称に「担保」という言葉が入っているために、一部で誤解が生まれているからだと、同弁護士は指摘している。「担保」と聞けば「何かを差し出して融資を受けるもの」と理解するのが普通だ。だからこそ「不動産がなくても借りられる」という読み方が生まれる。

しかし実態は逆だ。

担保の「形」が変わっただけで、担保の「水準」は下がっていない

企業価値担保権の本質を一言で表すなら、「不動産という形の担保を、将来キャッシュフローという形の担保に置き換える制度」だ。担保の要求が免除されるわけではない。

従来の不動産担保は「過去に取得した資産」の存在で足りた。登記簿を見れば評価額は出る。担保権の設定は比較的単純な手続きで完結する。

企業価値担保権はそうではない。担保権者になれるのは、この制度専用の信託業免許を持つ「企業価値担保権信託会社」に限定されている。融資をする銀行が直接担保をとることはできず、借り手・信託会社・銀行の三者間で信託契約を結ぶ必要がある。取締役会決議も必要で、商業登記簿への登記が対抗要件となる。既存の不動産担保がある場合、企業価値担保権は後順位になる問題もある。

日本総合研究所が制度創設時に指摘した通りだ。「信託契約を用いる複雑な取引形態となったことで、手続きの煩雑化や管理コストの増大が懸念され、活用が想定通り進まない恐れがある」。

「担保なしで簡単に借りられる」と書く専門家は、この制度設計を読んでいないか、意図的に省いているかのどちらかだ。

施行から約3週間。金融庁の水谷登美男・事業性融資推進室長は東京商工リサーチの取材に「すでに30件近い活用報告を受けている」と述べた。銀行員の研修や意識改革が先行しているとはいえ、3週間で30件という数字は制度の普及速度としては決して速くない。「件数目標はない」という言葉の裏に、実務の重さが透けて見える。

問題の本質は制度の複雑さではない

ここで重要なことを言わなければならない。

制度が複雑だから普及しないのではない。問題の本質は別のところにある。

2009年、中小企業白書はすでにこのすれ違いを数字で記録していた(中小企業庁「2010年版中小企業白書」第1部第2章第2節コラム1-2-7)。

金融機関が中小企業に強く求めていること——「事業の将来性を評価した貸出」「経営方針・事業計画の作成サポート」。対して中小企業が求めていること——「迅速な貸出」「金利・手数料水準の引下げ」。将来性評価に基づく融資を求める企業はわずか3.5%だった。

同じ調査で、金融機関が求める資金繰り・キャッシュフロー計画を実際に作成している企業は59.1%。金融機関の要求水準89.9%との差は30.8ポイントに達していた。

この調査から17年が経過した。2026年版中小企業白書でも、経営計画の策定率は約44.4%にとどまっている。

「担保なし」という読み方が生まれる理由も、この構造と同じだ。帝国データバンクが2026年2月に実施した調査(経営層・経理責任者4,692件)では、企業価値担保権の想定活用シーンの第1位は「既存借入の借り換え」で50.1%だった。将来性に着目した新規の事業性融資ではなく、「今の借入を有利な条件に変えたい」——それが経営者の本音だ。

金融機関が「将来性に着目した融資をしたい」と言い続けてきた年数と、中小企業が「迅速な貸出と金利引下げ」を求め続けてきた年数は、完全に一致する。

制度の成否は社長の認識にかかっている

水谷室長はこうも述べた。

「継続的な伴走支援、事業性に基づく適切なリスクテイク、融資担当者の専門性向上などを後押しするこれまでの金融行政の延長だ」。

「これまでの金融行政の延長」という言葉は正直だ。リレーションシップバンキングの推進、事業性評価融資の普及——金融庁はこれらを長年推進してきた。しかし17年前の白書が記録した認識ギャップは、今も解消されていない。

企業価値担保権が真に機能するかどうかは、制度の設計や銀行の運用次第ではない。

「勲章」として企業価値担保権の設定を誇れる会社とはどういう会社か。銀行と伴走できるだけの事業計画を持ち、将来のキャッシュフローを自分の言葉で語れる社長がいる会社だ。

その「語れるかどうか」は、制度が変わっても変わらない。社長自身の認識の問題だからだ。

(東京商工リサーチ「事業再生研究機構がシンポジウム、企業価値担保の設定は『勲章』」2026年6月13日)

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