「豊かな子どもたちは自衛隊にならない」。
立憲民主党の古賀千景参院議員が国会で口にしたこの言葉は、失言というより暴言に近い。自衛隊を、経済的に追い込まれた若者がやむなく行く場所であるかのように扱ったからである。直後に撤回したとはいえ、言葉は残る。

これに対し、小泉進次郎防衛相が「事実誤認」と反論し、さらに「一方的な偏見に満ちた見方」と批判したのは当然だ。自衛官本人だけではない。自衛官の家族や子どもも傷つく。ここは率直に評価したい。

ただし、政治家が怒って終わりでは足りない。自衛官への敬意は、言葉ではなく制度に変えなければならない。
その意味で、小泉防衛相が「退職自衛隊員・家族支援庁」のような組織を含めて検討するよう指示したことは、重要な一歩である。自衛官を現役時代だけの存在としてではなく、退職後の人生と家族まで含めて支える対象として語ったからだ。
そもそも自衛官は、普通の公務員とは違う。精強性を維持するため若年定年制がある。任期制自衛官はさらに若く退職する。国の都合で早く辞める仕組みを置くなら、国はその後の人生にも責任を持つべきである。
問題は、再就職先があるかないかだけではない。防衛省系資料では、退職予定自衛官への求人倍率は高い。しかし、求人は警備、運転、製造など一部業種に偏りやすい。警備業が悪いのではない。だが、何十年も部隊を率い、補給、通信、施設、衛生、災害派遣、教育訓練に携わった人材を、単なる「規律正しい労働力」として使うなら、国家的損失である。
部隊長経験者は、ただの元自衛官ではない。限られた人員、時間、物資で任務を達成する管理職である。自治体の防災、国民保護、避難所運営、物資輸送、上下水道、港湾、空港、サイバー、インフラ復旧で使わない理由がない。
現に、防衛省は地方公共団体の防災関係部局で退職自衛官を活用する意義を認めている。だが、2025年4月時点の在職者は全国で698人にすぎない。日本には1,700を超える市区町村がある。都道府県や政令市を含めても、危機管理の現場に退職自衛官が十分入っているとは言いがたい。
この議論は、採用難とも直結する。防衛省によれば、2026年3月末の自衛官現員は217,701人、充足率は88.1%である。2025年度の採用者数は総計11,177人で、採用計画達成率は72%にとどまる。若い入口が細り、出口の処遇も不安なら、次の世代が自衛官を選びにくくなるのは当然である。
だからこそ、退職後支援は「退職者への温情」ではない。現役確保の政策でもある。自衛官になれば、退職後も国が責任を持つ。家族も支える。公務部門で経験を生かせる。そういう道筋を示して初めて、若者と家族は安心して自衛隊を進路に入れられる。
しかも日本は、予備役が薄い。

各国の現役兵力と予備兵力
注)各国の制度差が大きいため、厳密な軍事力比較ではなく、予備兵力の厚みを見るための概数である。フィンランドは平時常備兵力ではなく戦時兵力を参考表示した。
日本の数字は、予備自衛官32,267人と即応予備自衛官3,805人を足したものだ。予備自衛官補3,499人を加えても、厚みがあるとは言えない。防衛省・自衛隊の現員が約22万人であるのに、予備の中核は3万人台に過ぎない。
充足率も厳しい。予備自衛官は67.4%、即応予備自衛官は47.7%である。即応予備自衛官は、常備自衛官と同様の任務に就く即応性の高い制度だ。それが5割に届かない。自衛官不足は、現役だけの問題ではない。
韓国や台湾、イスラエルと単純比較はできない。徴兵制や安全保障環境が違うからだ。しかし、島国であり、周辺に中国、北朝鮮、ロシアを抱える日本が、平時の常備自衛官だけで危機に備えられると考える方が不自然である。
退職自衛官は、本来なら予備自衛官の最大の供給源である。にもかかわらず、退職時に経験者を予備戦力として十分に保持できていない。ここに、自衛隊と社会の断絶がある。
米国から学ぶべき点もある。米国では、毎年約20万人の軍人が民間生活に移行する。そのため、Transition Assistance Program、TAP があり、退役の1年前、退職の場合は2年前から移行支援を始める。雇用だけでなく、教育、医療、住宅、障害補償、家族支援まで含めて扱う。
さらに米国には退役軍人省がある。巨大すぎる制度には問題もあるが、退役軍人を単なる求職者として扱わない発想は参考になる。連邦政府の採用では Veterans’ Preference という退役軍人優遇もある。採用保証ではないが、公務部門が軍歴を評価する仕組みである。
数字にも表れている。米労働省統計では、2025年の退役軍人失業率は3.5%で、非退役者の4.2%を下回った。また、2001年以降の退役軍人男性は、非退役者男性より公的部門で働く割合が高い。米国は、退役軍人を社会の周辺に置くのではなく、公共部門にも戻している。
日本の再就職支援は、「職を探す」色合いが強い。もちろんそれ自体は必要だ。しかし、自衛官の退職は一般の転職と違う。国が制度として早期退職を求める以上、支援は職業紹介で終わってはならない。退職後の生活設計、家族、再々就職、予備役、自治体や公務部門での活用まで一体で見るべきだ。
日本でも同じ方向に進むべきである。退職自衛官・家族支援庁を作るなら、相談窓口で終わらせてはならない。少なくとも次の5点を制度化すべきだ。
公務員採用での優遇というと、すぐに「不公平だ」と言う人がいる。だが、自衛官は国の制度によって早く退職する。災害派遣や国民保護の現場で経験を積む。ならば、その経験を公務に戻すことは優遇ではなく合理的配置である。
第一に、退職自衛官と家族への一体支援である。再就職、再々就職、医療、メンタルヘルス、家族相談をまとめる。若年定年制の出口責任を、防衛省だけに閉じ込めてはならない。
第二に、公務員採用での明確な優遇である。国家公務員、地方公務員の経験者採用で、退職自衛官枠を設ける。防災監、危機管理監、国民保護、インフラ防護、サイバー、物流、空港、港湾などは、むしろ優遇して採るべき分野だ。
第三に、予備自衛官登録との連動である。退職時に予備自衛官へ進むことを標準ルートにし、本人だけでなく雇用企業への支援も厚くする。公務員が予備自衛官を兼ねやすくする法整備も、もっと広げればよい。
第四に、軍歴の資格換算である。通信、車両、航空、船舶、施設、衛生、補給、サイバーなど、自衛隊内で得た技能を民間資格や公務員の職務経験に変換する。民間でゼロから証明し直させるのは無駄である。
第五に、自治体防災への常勤配置である。退職自衛官を災害時だけ頼るのではなく、平時から自治体の危機管理部門に置く。避難所運営、物資輸送、訓練計画、災害対策本部運営は、経験者が入るだけで質が変わる。
自衛官への敬意は、拍手や感謝の言葉だけでは足りない。
「豊かな子どもたちは自衛隊にならない」という発言が暴言なのは、自衛官という仕事を見下しているからである。しかし、その見下しは、実は社会全体にもないか。現役時代は災害派遣で感謝し、退職後は経験を十分に使わない。これでは、敬意とは言えない。
小泉防衛相の問題提起は正しい。だが、本物にするには、退職自衛官を国家と自治体の危機管理人材として再配置するところまで踏み込む必要がある。
自衛官を若く退職させる国なら、その後の人生を支えよ。退職した経験者を予備役として残せ。公務員として活用せよ。
そこまでやって初めて、自衛官への敬意は制度になる。
【参考リンク】
- TBS NEWS DIG「小泉大臣 “退職自衛隊員・家族支援庁”の設立含め検討を指示」
- TBS NEWS DIG「立憲・古賀千景参院議員発言と小泉防衛相の反論」
- 時事通信報道
- 防衛省「自衛官等の充足・採用状況」
- 防衛省「地方公共団体の防災・危機管理部門における退職自衛官の在職状況」
- VA「Transition Assistance Program」
- BLS「Employment Situation of Veterans Summary」
- 米国労働省「Veterans’ Preference」
- 米国兵力参考:WarPower US
- 韓国兵力参考:GlobalMilitary
- 台湾兵力参考:GlobalMilitary
- イスラエル兵力参考:GlobalMilitary
- フィンランド国防軍「In the reserve」







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