戦争で最大の敗北者はイラン国民

米イスラエル軍は2月28日、テヘランに空爆を実施して、イラン戦争が始まった。4月8日に暫定停戦が決まり、米国とイラン間の交渉がスタート。そして6月17日、トランプ米大統領とイランのぺゼシュキアン大統領が14項目から成る米イラン合意に署名した。イラン戦争勃発から109日目、交渉開始から70日目に米国とイランは基本合意書(覚書)に署名したことになる。長いプロセスだったと見るか、想定より早い戦闘終結と評価するかは、立場によって異なるだろう。

「イスラエルは人類の脅威」と語るアラグチ外相、2026年6月19日、IRNA通信

イランのアッバス・アラグチ外相は今月13日、イランの国営テレビとのインタビューで「イランと米国の覚書(MoU)は2か月にわたる交渉の結果だ」と指摘。そして「最良の合意は双方が一定の満足度を得られるものでなければならない。成果が必ずしも五分五分である必要はなく、相互の相対的満足こそが理解に至るための重要な条件だ。一方が100%成功し、もう一方が何も得られない合意や取引など存在しない。これは外交の基本原則だ。交渉と対話の道を選ぶとき、両者の満足が極めて重要だ」と述べている。

アラグチ外相はまた、「もし脅迫や圧力が効果的なら、イランはとっくに引き下がっていただろう。私たちの明確なメッセージは、脅威は逆効果であるということだ。理解を求めるなら、言葉を変えなければならない。しかし、もし脅威、圧力、戦争の道を選ぶなら、イランは対応する準備ができており、対応する能力がある」と強調した。ベテランの外交官らしい発言だ。

いずれにしても、今回の米イスラエル軍のイラン戦争は、「戦争は望む時に始められるが、望む時に終わらせることはできない」といったニッコロ・マキアヴェリ(『君主論』の著者)の言葉を改めて実証した。マキャヴェリのこの言葉をトランプ大統領も実感していたかもしれない。イスラエルのネタニヤフ首相に押されてイラン攻撃を開始したが、出口戦略がなかったのだ。

米イスラエル軍は今年2月28日、イランの核開発ストップを掲げてテヘランに空爆した。その結果、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、国家防衛会議議長のアリー・シャムハーニー氏、ムーサヴィ軍参謀総長らイランの聖職者支配体制のほぼすべての要人が殺害された。チェスならば、チェックメイトだ。しかし、ムッラー政権は崩壊せず、弾道ミサイル、ドローン、革命防衛隊の非対称戦力を駆使し、ホルムズ海峡の封鎖という奥の手を出し、世界の原油市場を人質にして対抗してきたわけだ。

イラン戦争では、テヘランは最低限の国としてメンツを維持できた。一方、トランプ政権はホルムズ海峡の封鎖解除が実現できれば、世界経済の正常化が期待できることから、米イラン合意にはそれなりのメリットがあった。逆に、米イランの合意で大きなダメージを受けたのは戦争終結交渉に参加しなかったイスラエルとイラン国民だ。

イスラエルの目標はイランの核開発を壊滅、弾道ミサイル能力の破壊、親イラン系武装勢力の無力化などだったが、実現できなかった。それだけではない。レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラを弱体化させるどころか、政治的に強化させてしまったのだ。

テヘランは外交的に二つの戦線を統合することに成功した。枠組み合意は全戦線での戦闘終結を謳っている。テヘランは今や、イランにとって最も重要な非国家同盟組織であるヒズボラに対するイスラエルの攻撃を、米国との枠組み合意違反と解釈できる。これは、国境に直接接する敵に対するイスラエルの行動の自由を制限することになる。

イラン戦争で最もダメージを受けたのはイラン国民ではないか。米イスラエル軍の空爆でハメネイ師を始めムッラー政権のほぼすべての指導者が殺害された。イラン国民はこれでイランのムッラー政権は崩壊すると感じ、体制転換すら現実味を帯びていた。しかし、ムッラー政権は崩壊しなかったのだ。

イラン専門家の政治学者で国際危機グループ(ICG)のイラン・プロジェクト・ディレクターのアリ・バエズ(Ali Vaez)氏は「この戦争は何の成果も上げていない。むしろ正反対で、状況を悪化させただけだ。より危険なイランを生み出した」と主張している。同氏がノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング紙(NZZ)とのインタビューの中で語った。バエズ氏によれば、「革命防衛隊内部の強硬派による新たな指導部が権力を掌握した。以前にも増して危険なイランが誕生した」というわけだ。

ただし、イランは米国との交渉では有利に展開させたが、イラン国内の状況はカオス状況だ。産業エネルギー分野のインフラは壊滅的だ。イラン側は原油輸出で再び外貨を稼ぐ道が開かれたが、機能に乗るまでにはまだ多くの時間と資金が不可欠だ。

一方、体制転換という希望を失った国民には一層厳しい日々が待っている。食料品価格は3桁に達する物価高騰に直面しており、日々の食事を確保することさえ困難な世帯が急増している。イランの通貨リアル(IRR)は過去1年間だけで価値の半分以上を失い、失業者は急増。物価高騰と経済崩壊に対する国民の不満は爆発寸前だ。ただし、政府による引き締めや弾圧への恐怖を抱えながらも、イラン国民には逃げる場所がないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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