皇室典範の改正案は「養子の禁止」という規定を残したまま、養子を「例外」とする第6章を新設し、養子の対象を「旧11宮家のうち、配偶者と子がいない15歳以上の男子」とした。

養子は600年以上前に天皇家からわかれた「20世の子孫」
この旧宮家は1351年に崇光天皇から独立した伏見宮の子孫だから、血統でいうと天皇の20~21世の子孫にあたる。これは養老令の「天皇の兄弟・子は親王(皇位継承者)。それ以外は5世より先は皇族の範囲に含めない」という規定に反する。
「天皇は男系に限る」というルールは(文書でも口承でも)存在しないが、大宝律令には「天皇の兄弟・皇子は、みな親王とせよ。女帝の子もまた同じ」と女系継承を認めている。
男系男子は日本の伝統ではなく「儒教の伝統」
男系男子の規定は、明治22年に宮内省の皇室典範草案に対して(元法制局長官の)井上毅が強く反対したためにできたものだ。宮内省の原案(伊藤博文が起草)は「男系が絶えたときは皇族中の女系で継承する」と規定していた。
これに対して井上は「勤具意見」で
男を尊び女を卑しむ慣習、人民の脳髄を支配する我国に至りては、女帝を立て皇婿を置くの不可なるは多弁を費すを要せざるべし
と儒教の男尊女卑の思想から強く女帝に反対し、その代わり庶子(側室の子)に皇位継承権を与えるべきだとした。伊藤もこれに同意し、側室を認めると同時に男子に限定する皇室典範ができたのだ。
したがって男系男子は日本の伝統ではなく、儒教の伝統である。それも庶子(皇統に属さない側室の子)を認める条件だったので、昭和天皇が側室を取らないと決めたとき、改正すべきだった。
「男系の子」と改正すれば皇位継承の問題は解決する
これは今も可能である。皇室典範の第1条を「皇位は、皇統に属する男系の子が、これを継承する」と改正すれば、継承順位の第1位は皇長子(天皇の直系の長子)である愛子様、第2位は「皇次子」の秋篠宮様、第3位は「皇次子の子孫」である悠仁様と佳子様となる。
皇室典範 第2条:皇位は、左の順序により、皇統に属する男系の男子に、これを伝える。
- 皇長子
- 皇長孫
- その他の皇長子の子孫
- 皇次子及びその子孫
- その他の皇子孫
- 皇兄弟及びその子孫
- 皇伯叔父及びその子孫
他の女性皇族も「皇伯叔父(天皇のおじ)及びその子孫」として皇位継承権をもつので、後継者候補は大きく増える。「男系」が残っているのが不十分だが、これは男系に固執する昭和オヤジがいなくなってから改正すればいい。時間は十分ある。
今回の改正案の養子はこの皇位継承順位のどこにも該当せず、皇位継承権はない。もしも彼が結婚できて男子が生まれたら、皇位を継承する可能性があるだけだ。どっちが安定した皇位継承を実現するかは明らかだろう。







コメント