政府は「骨太の方針」で、2040年度に名目GDPを1100兆円まで引き上げる目標を掲げた。AI、半導体、宇宙などの戦略分野に官民で370兆円超を投資し、名目3%超の成長を定着させるという。

物価が4割上がれば名目GDPは1100兆円になる
一見すると名目GDP1100兆円は「強い日本経済」のように見えるが、問題はその中身である。内閣府のGDP統計によれば、2025年度の名目GDPは669.4兆円、2026年1〜3月期の名目GDPは年率換算で675.6兆円である。 つまり、足元の日本経済はおおむね670兆円規模だ。
名目成長率=実質成長率+物価上昇率
だから、実質成長率を年1%(内閣府の見通し)とすると、2040年度の実質GDPは約778兆円。1100兆円を778兆円で割ると約1.4倍になる。 つまり物価が約4割上がればいい。年率に直すと、GDPデフレーターは約2.3%ずつ上がる。
1ドル=230円はプラザ合意の直後と同じ
購買力平価では、物価が為替に反映されると考える。足元のドル円は162円台に乗ったので、これに1.4倍を掛けると約230円になる。これは1985年のプラザ合意の直後の水準である。

当時の日本は世界経済のスターで、G5の協調介入で円は急速に上がり、1ドル250円から120円まで上がった。そのころに戻ってやり直すのも悪くないが、円の購買力は4割下がるので、日本人は貧しくなる。
「財政支配」で円安・インフレは今後も続く
こうして高市政権がインフレ・円安の方針を掲げたことは、マーケットの指針になる。ドル円は163円に迫り、為替介入の気配はない。高市首相は財政支配で日銀の利上げを牽制し、インフレで債務圧縮する方針を明確にしたので、円はさらに売られるだろう。
財政支配になると、日銀が政策金利を上げても、利払いが増えて国債発行が増えるので、それを日銀が買うとさらにインフレになる。それは政府と大企業にとっては望ましいが、円預金をもっている人には4割のインフレ税がかかる。早めに外貨か株式に換えることが得策である。







コメント
プラザ合意以前のドル円は、行き過ぎたドル高円安と考えられておりました。だから、ドル高是正を求めるプラザ合意がなされたわけですね。で、当時望ましいと考えられていたドル円は、「1ドル200円を割る水準」までのドルの下落が必要だとするのが大方の見方でしたが、内閣府文書「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」を見ますと、関係者が口にはできないものの、1ドル165円という数字が意識されていた様子です。https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/prj/sbubble/history/history_01/analysis_01_02_02.pdf#page=40
「200円を割る水準」がどの程度かは一概に言えないのですが、多くの場合10%というのが一つの目安になりますので、上値は1ドル180円あたりでしょう。また、1ドルが150円を割った時点で、日米の緊急会談がもたれ、これ以上のドル安は阻止しようとのルーブル合意がなされましたので、当時妥当と考えられていたドル円の下値は150円/ドルと考えてよいでしょう。
これらを総合しますと、ルーブル合意で想定されていた望ましいドル円は165±15円/ドルといったところであろうかと思われます。
プラザ合意がなされた1985年は、日本の電機・自動車産業が極めて強い国際競争力を持ち、日米貿易摩擦に発展していた時期です。その後の40年少々という期間に、米国は情報通信産業を中心に急成長を遂げた一方、日本は情報革命に乗り遅れ、情報通信とこれを活用したビジネスの様々な分野で米国企業の跋扈を許しております。これをGDPで見ますと、わが国のGDPがほとんど成長していないのに対して米国はGDPを3倍に拡大しております。
昨今ではこれに加えてトランプ氏の関税と日本への対米投資圧力があります。日本はこれを受け入れているのですが、これらはいずれも為替水準をドル高円安方向にドライブします。その他、日本の国債発行残高の積み上げもそろそろ限界と考えられており、我が国の物価水準も国際的にみても異常なレベルまで低下しております。これらのひずみは、そろそろ是正されるべき時期に来ているのではないでしょうか。
こうなりますと、プラザ合意時点で想定されておりました165±15円/ドルという妥当と考えられる水準は、現在ではより円安ドル高のレベルにシフトしていても不思議はありません。そういう意味では、このアゴラ記事のタイトルに掲げられました、1ドル230円という数字も、さほど不思議ではないように思われます。
ここまでまいりますと、一旦我々は経験を基準に判断することを停止し、歴史に基準を求めるべき時期に来ているのではないかと思われます。つまり、人の経験スパンを少々超える、大きな変化が生じつつあるということですね。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」この言葉を座右の銘とするのが良さそうです。