高市内閣の「財政支配」で1ドル=200円がやってくる

「責任ある積極財政」は本当に責任ある政策なのか。政府が赤字を拡大し、日銀の利上げを封じれば、円と国債市場に何が起きるのか。

骨太方針をきっかけに浮上した“財政支配”の危険を解説します。

☆★☆★
You Tube「アゴラチャンネル」のチャンネル登録をお願いします。またSuper Thanksでチャンネル応援よろしくお願いします!!

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント

  1. 早川蒼真 より:

    記事全体として、高市内閣の「骨太の方針」がはらむリスク、特に政府と日銀の関係、いわゆる「フィスカル・ドミナンス(財政支配)」という概念を紹介し、中央銀行が政府の赤字ファイナンスに従属させられるリスクを説明した部分は、経済リテラシーを高めるうえで有意義でした。

    しかし、いくつか反論せざるを得ません。

    **第一に、日本をトルコやアルゼンチン、ブラジルといった通貨危機国と同列に並べるのは、マクロ経済学的に極めて不適切です。**

    これらの新興国がハイパーインフレや通貨暴落に陥った最大の原因は、外貨建て(主にドル建て)の債務を大量に抱え、外貨準備が底を突いてデフォルトを引き起こした点にあります。
    これに対し、日本の国債はほぼ100%が自国通貨である「円建て」で発行され、その多くは国内の金融機関や機関投資家によって消化されています。
    さらに日本は世界最大級の対外純資産国であり、経常収支も黒字基調です。
    債務の性質、国内貯蓄、対外純資産、制度的な信用——これらの条件が根本的に違う国を同列に語り、「年内に1ドル200円」などと断定調で語るのは、警鐘というより煽りに近い。
    ゲーム感覚で語らないでほしい。

    **第二に、「積極財政」そのものを一律に「だらしないポピュリズム」と切り捨てる姿勢にも反論があります。**

    過去30年近くのデフレと低成長で、日本の民間セクターは過度な貯蓄超過に陥り、投資を抑制してきました。
    このような局面において、政府が呼び水として財政を出動させ、経済のパイを拡大しようとすることは、近代マクロ経済学における正当な選択肢の一つです。
    重要なのは「赤字を出すこと自体」ではなく、「その財源をどこに、どう投じるか」という中身の問題です。

    ここで注意すべきは、成長投資とバラマキを同じ「積極財政」の袋に入れてしまう危険性です。
    半導体、AI、防衛、エネルギー、インフラ更新のように供給力や安全保障に直結する支出は、将来の生産性を高め、税収増として回帰する可能性があります。
    一方で、選挙目当ての給付、恒久財源なき減税、効果検証のない補助金は、将来世代への請求書になりやすい。
    ここを区別せず「財政赤字を出すか、出さないか」だけで論じると、議論が雑になります。
    政府に必要なのは、歳出の膨張ではなく、優先順位をつけた投資計画と、不要な支出を削る仕組みです。

    **第三に、プライマリーバランス黒字化が「事実上なくなった」という表現もやや雑だと感じます。**

    これは、単年度の黒字化目標を絶対視するやり方から、債務残高GDP比を中核にして複数年で管理する方向へ重点が移った、という理解のほうが近い。
    近代マクロ経済学もこうした見方をしています。
    これは一概に悪とは言えません。
    名目GDPが伸び、税収が増え、金利上昇を上回る成長が実現するなら、債務比率を下げながら必要な投資を行う余地はあるのです。
    骨太の方針という一つの文書の文言変化だけで「日本もフィスカル・ドミナンスに陥った」と断定するのは、やや先走りではないでしょうか。

    **第四に、日銀との関係について。**

    物価高、賃上げ、為替、企業投資は、財政政策とも金融政策とも関係します。
    政府が経済全体の方針を述べること自体はおかしくありません。
    政府委員が金融政策決定会合で意見を述べること自体、制度上認められた行為であり、「珍しい」ことではあっても「異常」と断じるのは行き過ぎでしょう。
    実際、日銀は現に利上げに踏み切っています。
    牽制発言と、金融政策が財政に完全従属することの間には、大きな距離があります。

    ただし問題は、日銀に「利上げするな」と圧力をかけているように見えるかどうかです。
    日銀の独立性は、形式的な建前ではなく、市場からの信用そのものです。
    ここを傷つける言い方は避けるべきで、政府は「物価安定は日銀、成長投資と財政規律は政府」という役割分担を明確にする必要があります。

    **そして最後に。**

    「積極財政=即トルコ化」という言い方には賛同できません。
    まして「一度痛い目に合うのもいい」という冷笑的な結論には、根拠と冷静さの両面で疑問が残ります。
    財政を恐れすぎても国は衰えますが、財政を舐めても国は傷む。
    必要なのは、怖がることでも開き直ることでもなく、投資効果と財政規律を同時に見る現実的な政策運営です。

    日本の構造的な強みを無視した過激な破綻論に終始したり、国民の苦難を望むような冷笑に逃げたりしては、正しい処方箋は生まれません。
    今日本に必要なのは、財政規律を完全に放棄することなく、いかにして通貨と物価の安定を維持しながら未来への投資を最大化するかという、より精緻で責任ある議論だと思います。