高市政権と日本維新の会が提出した「副首都法案」が、今国会で成立する見通しとなった。7月14日に予定されていた衆院委員会での採決は見送られたが、15日に採決し、国会の会期を1週間程度延長して参院審議を行う方向だ。

皇室典範改正のために定数削減を落とした結果
副首都法案は、皇室典範改正案、衆院議員定数削減法案と並ぶ今国会の重要法案と位置付けられてきた。だが国会が空転すると、自民党と中道改革連合は皇室典範改正案を最優先することで一致した。
その間、副首都法案と定数削減法案の審議は中断された。結局、定数削減は次の国会へ先送りされ、副首都法案だけが皇室典範改正案の後を追う形で生き残った。いわば副首都法案は、皇室典範改正を成立させる政治日程のオマケだったのだ。
しかも14日の採決見送りも、15日に参院で審議入りする皇室典範改正案に影響を与えないためだったと自民党幹部が説明している。皇室典範が主役、副首都が脇役という国会運営は最後まで変わらなかった。
「副首都」は大阪に決まったわけではない
法案は、東京圏が大規模災害に見舞われた際、首都中枢機能の全部または大部分を一時的に代替し、多極分散型経済圏の中核となる道府県を「副首都」と定義している。
道府県が議会の議決を経て申し出を行い、内閣総理大臣が指定する。東京との同時被災の可能性、国の行政機構の立地、人口・経済の集積、地方行政体制などが要件となる。政府は副首都に国の機関の拠点や交通網を整備し、規制緩和や税制措置によって民間投資を促進する。
法律上、大阪府が自動的に副首都になるわけではない。ただし、法案成立が連立政権合意の履行を迫る維新の最重要政策であることは明らかだ。高市首相にとっても、自らの政権成立を支えた維新に対する政治的な返礼という側面が強い。
当初案にあった、大阪都構想の住民投票を大阪府全域で実施できるようにする規定は、自民党内の反発を受けて削除された。一方、特別区を設置した副首都については、府議会の議決と国会の承認によって道府県名を「都」に変更できる仕組みが盛り込まれた。
中身はこれから決める「看板法案」
東京一極集中のリスクに備え、首都機能のバックアップ拠点を整備すること自体には合理性がある。首都直下地震や南海トラフ地震を考えれば、国会、行政、司法、金融、通信などの機能を東京だけに集中させ続ける方が危険だ。
ただし、法案の多くは基本理念や政府の努力義務を定めたものである。具体的な指定要件は政令に委ねられ、基本方針も法律施行後1年以内に策定される。必要な財政・税制措置の規模も明らかではない。まず「副首都」という看板を掲げ、予算や施設、行政機関の配置は後から決める構造になっている。
本来なら、どの機能を移すのか、平時にも行政機関を置くのか、整備費を誰が負担するのかを詰めたうえで法制化すべきだった。
ところが実際には、皇室典範改正、議員定数削減、副首都という性質の異なる法案が、国会対策と連立維持の材料として一つの政治日程に押し込まれた。その結果、最も地味だった副首都法案が最後に滑り込むことになった。
皇室典範のオマケだが、成立後には国の機関、交通網、都市開発、税制優遇など巨額の公費が動く可能性がある。オマケだからといって、中身まで軽いわけではない。







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