世界最先端のマーケティング戦略で最強ブランドを創った阿智村の挑戦

長野県の阿智村は2010年頃まで、さびれた温泉郷・昼神温泉がある、名を知られていない小さな村でした。

しかし今や、首都圏で認知度50%を超える「日本一の星空の村」となりました。阿智村の「星空エンターテイメント」には、年間10万人超が訪れています。

私は阿智村とご縁をいただいたのは2014年頃からです。この頃から阿智村は、様々な挑戦を続けて、最強ブランドを創り上げてきました。

そして阿智村の方々はご自身ではあまり認識していないのですが、世界最先端のマーケティング戦略とも言えることを実践しているのです。

2026年7月6日、阿智村70周年記念事業の一環で、阿智村で講演する機会をいただきました。そこで、そのお話の一部をご紹介したいと思います。

1. イノベーションを実現した阿智村

実は阿智村の前にも、星空を売り物にする観光地はありました。

しかし「星空エンターテイメント」という形でビジネスとして収益化したのは、阿智村が最初です。

阿智村の成功後、台湾・台東県や「星取県」をアピールする鳥取県など、阿智村の挑戦から学び、星空のビジネス化に挑戦する自治体が次々現れました。ちなみに環境省によると、星空の街・あおぞらの街全国協議会には日本各地380団体が加入しています。

かく言う私も台東県や鳥取県にお招きいただき、阿智村の皆さんにはご了承をいただいた上で、阿智村の挑戦についてお話ししています。

阿智村の星空エンターテイメントは、世界の観光ビジネスを変えたイノベーションなのです。

イノベーションというと「技術革新」と思われがちですが、イノベーションの本質は「技術」ではなく「既存知の新結合」です。

iPhobeも、iPod + 携帯電話 + インターネット端末の新結合です。1967年に登場したカラオケも、マイク + 音楽テープ + 歌詞カードの新結合です。

阿智村は「星空」と「観光」を新結合して、「星空エンターテイメント」と言うイノベーションを生み出しました。

一方で、100年前の経済学者シュンペーターも言うように、イノベーションには「事後は理解できるが、事前には理解できない」という性質があります。

当初はほとんどの人が「できるわけないでしょ?」と思っていますが、イノベーションが成功した後になると多くの人が「ああ、オレも前から考えていたよ」みたいに言うのです。

ウォークマンも発売前は「録音機能のないプレイヤーが売れるわけない」と言われましたが、累計販売台数4億台を超えました。

星空エンターテイメントも、立ち上げ時は「星空が売り物になるわけない。雨になったらどうすんの?」となんて言われたりしましたが、見事成功しました。

シリコンバレーの起業家ピーター・ティールは「賛成する人がほとんどいない、大切な真実は何かを考えろ」と言ってます。

阿智村は、「星空がキレイな地域に住む人は気づかないが、満天の星空は、都会の人たちにとって大きな価値がある」と考えて、都会の人たちの目線で、星空エンターテイメントと言うコンセプトを生み出し、成功させたのです。

そこで次の問題は「誰に来てもらうか」です。

2. 販売志向から顧客志向へ変革した阿智村

2010年頃までの阿智村は、「昼神温泉に来てください」と言って、温泉郷を売ってました。マーケティングではこうした方法を「プッシュ型」と呼びます。昼神温泉は素晴らしい温泉ですが、日本全国には温泉郷がたくさんありますので、お客さんは満足しても、次は別の温泉郷に行きがちです。

そこで「日本一の星空を売る」という売り方に変えました。

すると「日本一の星空を見てみたい」と言う人たちが集まるようになったのです。マーケティングではこうした方法を「プル型」と呼びます。お客は一押しで行きたくなるし、次回も行きたくなるわけです。

この結果、客層が変わりました。

温泉郷のお客は60〜70代が対象でしたが、日本一の星空を売るようになると、20〜40代が対象になりました。数十年後、彼らや彼らの子供世代が阿智村のファンになります。

このおかげで、少子高齢化が進む日本では、持続可能なビジネスに変革できたのです。

そこで必要になるのが、ブランド力です。

3. 世界ブランドとしての阿智村

シェイクシャックやサードバーガーがテレビで紹介されると、マックが売れるそうです。多くの人は、近所にシェイクやサードバーガーがありません。テレビを見てハンバーガーを食べたくなったお客は、マックに行きます。こうしてマックが売れるわけです。

星空エンターテイメントでも同じことが起こります。

他の自治体が星での観光を宣伝すればするほど、阿智村に来るお客が増えるのです。

これは阿智村の認知度が上がったおかげです。

2011年の東京都での調査では、「阿智村を知ってる」と言う人は0%、「名前を聞いたことがある」と言う人は21%でした(リクルートギャップ調査、n=202)。

本当に誰も知らなかったのですね。

2022年の調査では、「日本一の星空を知ってる」という人は、56.2%、「昼神温泉を知ってる」という人は33.2%でした(電通マクロミル調査、n=1000)。

10年以上、ブレることなく着実に「星空エンターテイメント」を続けた結果です。

こうして認知度が高くなると、売れるようになります。

成熟期にある商品の場合、「買いたい時に思い出されやすく」、かつ「すぐに入手できること」で、売れるようになるのです。

マーケティングでは、「買いたい時に思い出されやすい」ことを「認知(メンタル・アベイラビリティー)」、「すぐに入手できること」を「配荷(フィジカル・アベイラビリティ)」と呼びます。

つまり成熟商品の売上は、認知と配荷のかけ算なのです。

観光ビジネスも同じで、思い出されやすく、すぐに行けることが大事です。

そこで、今後の阿智村の課題は次の2点になります。

対応① さらなる認知度向上。狙うはディズニーを超えです
対応② アクセスの向上、特にリニアの活用

こうしてお客が集まれば、さらに色々なことができるようになります。

4. メディアとしての阿智村

阿智村は、ゲーム、アニメ、映画、マンガ、さらには様々な企業など有名ブランドとコラボしていますが、阿智村がお金を払わないケースもあるそうです。

なぜ阿智村は、こうした有名ブランドとコラボできるのでしょうか?

その謎を解くが「リテールメディア戦略」です。

今や様々なものがメディア化しています。

ファミマは、店内に「ファミマTV」を展開しています。1日で全国1500万人が来店するファミマ店舗では、お客の財布は半開き状態です。ここで商品を訴求することで、売上を拡大できるのです。しかもファミマTVのCM放映時間と商品売上の関係は、すぐデータが取れます。

アパホテルもプールを広告にしており「味ぽん」などが広告を出してます。

オフィスビルのお手洗いやゴルフカート、エレベーターなどにもデジタルサイネージがあります。

つまり同じ特性を持つお客が集まる場所は、極めて良質のメディアになるのです。

阿智村の場合は、「日本一の星空」×「何か(有名ブランド)」で新たな価値を創造しているのです。

これは、人々の購買行動が変わった結果です。

デジタル以前は、人々はメディアで商品を認知して、リアル店舗で商品を買いました。

デジタル時代になるとこれが変わり、リアルな場で体験して、商品を買うのはスマホをポチるだけです。

こうしたリアルな体験の場として、「日本一の星空の村」阿智村が注目されているのです。

こうした強みを維持するためには、変革を継続することが必要です。

幸い、阿智村にはこうした変革の精神を持つ人たちが大勢います。

「日本一の星空の村」として成功した阿智村から学べる事は、まだまだ多いと思います。


編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2026年7月14日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。

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