ハンガリーのマジャル新政権が推進している「浄化の炎」作戦をご存知だろうか。「浄化の炎」作戦(Operation Cleansing Fire / Purifying Fire)とは、16年間にわたり強権政権を運営してきたオルバン前首相の「政治・経済マフィア体制」を解体し、法の支配と民主主義を回復するための包括的な政治・法的改革キャンペーンだ。具体的には、①前政権の汚職撲滅と国家資産の回収,②オルバン派要人の排除と憲法改正,③メディア改革とプロパガンダの排除などだ。

国民議会は基本法第17次改正に賛成票を投じた、2026年7月13日、ハンガリー首相府公式サイトから
ハンガリー国民議会は13日、タマーシュ・シュヨク大統領の解任への道を開く憲法改正案を可決したばかりだ。採決では139人の議員が賛成し、可決に必要な3分の2以上の多数を確保した(棄権は6人)。オルバン氏の所属政党の野党「フィデス」の議員団は、抗議のため採決をボイコットした。
マジャル新首相(45)が率いる中道右派政党「TISZA」(ティサ)は4月12日の国民議会選挙(定数199)で、憲法改正が可能となる総議席の3分の2を上回る141議席を獲得する一方、2010年から圧倒的多数で政権を握ってきたオルバン氏率いる右派民族主義政党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は経済低迷や汚職体質への国民の不満から、83減の52議席と惨敗した。マジャル氏は「ティサには国家の抜本的改革を行う明確な信任が与えられた」と勝利宣言し、「浄化の炎」作戦の実施に乗り出しているわけだ。
マジャル政権は先ず、過去20年間にわたる公金の不正流用を調査するため、独立した反汚職機関である「国家資産保護・回復庁」を新設。そして関連法を改正し、不正に流出した国家資産の追跡と没収を可能にする法的基盤の整備に乗り出した。
次は、オルバン前首相によって任命された高官の解任だ。その対象には、シュヨク大統領、憲法裁判所長官、ペーテル・ポルト検事総長、そして最高裁判所長官のアンドラーシュ・ヴァルガ氏などが含まれる。彼らは、失脚した政府首脳の政治的意志を忠実に実行する人物と見なされており、マジャル氏は彼らを「オルバンの操り人形」と呼んできた。
そして、前政権下で「プロパガンダ機関」と化していた国営・公共放送の統制を解体し、監視委員会を設置。政治的な偏向を防ぐため、運営や資金調達を外部から監視する独立した委員会を立ち上げ、メディアの自由を回復を目指している。
マジャル首相は「『浄化の炎』作戦を通じて、我々は過去16年間にわたり国を支配してきた政治的・経済的なマフィアの支配から、この国を解放する」と豪語している。ただし、新規定が発効するには、シュヨク氏による連署が必要となる。マジャル氏は、シュヨク氏が5日以内に改正案に署名をしない場合、弾劾手続きを開始すると警告している。
なお、マジャル新政権が誕生して以降、ハンガリーと欧州連合(EU)の関係は急速に正常化してきた。EU(欧州委員会)は2026年5月29日、オルバン前政権の「法の支配の侵害(汚職や司法への介入)」を理由に凍結していた164億ユーロ(約2.7兆円)以上の補助金・融資の凍結解除を正式に発表した。マジャル新政権が汚職対策機関の権限強化や司法の独立など、迅速なシステム改革に着手したことへのEU側の評価だ。
ところで、マジャル政権の急速な改革テンポに対して、懸念の声も聞かれる。例えば、シュヨク大統領を解任することは危険な前例を作りかねない、との批判だ。人権団体アムネスティ・インターナショナル(AI)は「シュヨク氏には適正な法的手続きを受ける権利がある」と表明している、といった具合だ。
それに対し、マジャル氏は6月下旬、「国民の民主的な意思や(選挙で与えられた)権限を無視するのは不適切だ」と述べ、改革のテンポを緩める考えはない。ちなみに、「21リサーチ・センター」が5月に行った調査によると、ハンガリーの有権者の67%がシュヨク氏の辞任を望んでいる。
また、憲法改正案には、憲法裁判所判事の任期は70歳の誕生日をもって自動的に終了するという規定も盛り込まれている。この規定は現在、15人の憲法裁判所判事のうち4人に影響を及ぼす。その中には、オルバン氏の忠実な支持者と見なされているペーテル・ポルト裁判長が含まれている。
マジャル首相は近い将来、包括的な新憲法を起草し、それを国民投票を通じて採決する意向を表明している。同首相は議会の3分の2の議席(数の力)を使って「一気に敵を無力化」する一方、オルバン前政権が2011年に制定した現行の憲法(根本法)を廃止し、全く新しい民主的な国家の憲章を制定する意向だ。
マジャル氏によると、新憲法は、単なる前政権の排除(マイナスの解消)だけではなく、司法の完全な独立、基本的人権や報道の自由の再定義、地方自治権の強化、環境保護など、国家のあり方すべてを網羅した包括的な内容を網羅するという。
新首相が「浄化の炎(煉獄)」作戦という言葉を選んだのは、それが単なる政治闘争ではなく、「ハンガリーという国家の魂を清めるための、正当で道徳的なプロセスである」という意味合いを国民にアピールする狙いがあるのだろう。
なお、ハンガリー問題の専門家ペーター・テへット氏は14日、オーストリア国営放送の夜のニュース番組で「新政権が民主的な複数政党制の社会を実現しようとしているのか否か現時点では不明だ」と指摘し、議席3分の2を占める与党が独断専制政治に走るのではないか、と懸念を表明していた。
ハンガリー国民議会には目下、マジャル政権の政策に再考を促すことが出来る勢力はない。憲法改正の議論もスピーディーに推進される。それだけに、暴走の恐れがまったくない、とはいえない。「浄化の炎」が与党側にも延焼しないことを願うばかりだ。

新首相に選出されたマジャル氏、2026年5月9日、ハンガリー首相府公式サイトから
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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