書評:落合雄彦(編)『ナイジェリア研究の視角―さまよう「アフリカの巨人」をいかに紡ぐか』

落合雄彦教授を編者として公刊された『ナイジェリア研究の視角―さまよう「アフリカの巨人」をいかに紡ぐか』は、アフリカの一国に焦点を当てた11名の研究者による11章から構成されている書物である。これは比較的珍しい。

まずアフリカ一カ国に焦点を当てたというだけで、珍しくなる。10名以上の研究者が同じ国について論じているのは、さらに珍しい。実態として一カ国に焦点を当てた内容であっても、題名には一般性の高いテーマを掲げている場合がほとんどだが、本書についてはそれもしていない。

注目すべきなのは、本書が、「ナイジェリア研究」が、どのようなものでありうるかを見せるために作られていることだろう。「アフリカの巨人」ナイジェリアの研究は、その重要性を考えると、日本では低調だと言わざるを得ない。国際的には盛んだが、日本ではそうではないことを、編者は憂慮する。

「アフリカ研究という狭い学術分野に限っていえば、ナイジェリアのプレゼンスはやはり大きい。欧米諸国の大学や研究所に所属するアフリカ研究者のなかには、ナイジェリアをフィールドとしたり、その文化や社会に対して関心を抱いたりしている者が多い。その点、日本では事情が異なる。日本のアフリカ研究者のなかには・・・ナイジェリア研究者はかなり少ない。」(ii頁)

もともと日本では、アフリカ研究者の数が限られている。その中でも、東アフリカ諸国や南アフリカを研究する者が比較的多い。同じ西アフリカでも、ガーナやセネガルの研究者のほうが、ナイジェリア研究者よりも多いという。

編者はその理由については説明しない。そこで私があえて推察するならば、インド洋に面してアジア側に向いている東アフリカに日本人の関心が向きがちであるという事情とともに、政治的な重要性よりも、文化人類学のフィールド研究との適合性などが重視されがちである事情が働いているのではないかと思われる。

ナイジェリアは、2.37億人の人口を持つ。これは2位のエチオピアの1.35億人を大きく引き離して、アフリカで圧倒的な1位である。また、南アフリカとエジプトに次ぐアフリカ第3位の名目GDPを持つ。もっとも2023年まではアフリカで第1位であった。今でも購買力平価GDPであれば、1位のエジプトとほぼ同じ水準の2位である。(2023年、ティヌブ政権の大規模な為替制度改革の結果、通貨ナイラが大幅に切り下げられた。)天然資源はアフリカで3番目に豊富とされ、特に石油はアフリカでは1位で、生産量で世界13位、埋蔵量で世界11位とされる。このようにナイジェリアは、アフリカ有数の地域大国であり、西アフリカでは圧倒的な国力を持つ地域覇権国に近い位置づけを持つ。

peeterv/iStock

ただし国内の治安は安定せず、近年は特に、ニジェールと長い国境線を共有する北部を中心に、複数のジハーディスト組織(イスラム国・アルカイダ系のテロ組織)が勢力を争っており、違法貿易のみならず、大量の誘拐を資金源としながら勢力争いを続け、治安を悪化させている。

テロ組織を研究する分析者にとって、ナイジェリア情勢は極めて重要な注目点だ。ただ、それは、日本の研究者にとっては、むしろナイジェリアを敬遠すべき理由となっているかもしれない。現在、外務省の危険情報では、ナイジェリアは全域にわたってレベル2(不要不急の渡航中止)以上である。北部はレベル4(退避勧告)、中部はレベル3(渡航中止勧告)だ。これは公的研究費を使ってナイジェリアに出張することが極めて困難であることを示している。

このように政治的重要性と、日本での研究蓄積に大きなギャップがあるのが、ナイジェリアだ。そのため落合教授は、あえて「ナイジェリア研究」そのものの実情を示す研究成果を出した。大きな空白を埋めるためだと言えるだろう。

結果として、多様な専門性を持つ研究者たちが、多彩な視点でナイジェリアを論じることになった。まずナイジェリアの「イボ社会における委任首長制」、ハウサ語の口承的特性を見せる「料理本」、ハウサ社会の「慣習的養取(養子縁組)リコ」、「ヨルバ語作家」、ヨルバ人男性の「冒険的実践」、「オグン州の農家世帯における世帯内ジェンダー関係」、「黎明期の新聞」など、ナイジェリア内の民族社会を基盤にした共同体の生活に切り込んでいく主に人文学系の研究者たちの成果が披露される。

社会科学系の研究者たちは、「農耕民と牧畜民の間の暴力的な紛争の激化」、「警察による市民への暴力」、「歴代軍事政権による文民支配回復の模索」を論じ、最後に編者の落合教授が、「ペンテコステ=カリスマ的キリスト教の史的概観」の研究成果を示して本書を締めくくる。

多様で豊かな研究成果群だ。一般読者が、本書によって体系性のある統一的なナイジェリア像を持つことは、簡単ではないだろう。ただし、それだけに、「ナイジェリア研究はもっと盛んになるべき」(iii頁)という編者の思いが、それぞれの章の発展可能性の中に、込められている。

「軍事政権」を扱った望月克哉教授の第10章が、おそらく欧米諸国における政治面に焦点を当てたナイジェリア研究には最も近い内容を持っている。西アフリカの地域覇権国ナイジェリアが、繰り返される軍事クーデターを克服して、民主化を果たして文民政権を維持していけるかは、欧米諸国の研究者たちにとって、大きな注目点であり続けてきた。しかし21世紀に入ってからは維持されてきている文民政権下で、治安は悪化している。経済成長率も、過去10年ほどは鈍化の傾向が見られ、貧困率の高い国民の間での不満は高まっている。民主主義国が、期待通りの経済・社会政策の成果を見せられないがゆえに、あえいでいるという21世紀の特徴的な傾向を示す代表例となってしまっている。

果たしてこれからナイジェリアはどのような国になっていくのか。これは西アフリカ全域に重たくのしかかる問いであり、アフリカ大陸全域にとっても大きな問いである。そしてそれだけに、国際社会の全体動向にも、大きな意味を持つ問いだ。

今後も多様な「ナイジェリア研究の視角」の発展に期待しつつ、ナイジェリア、そしてアフリカ全体への関心を怠らないようにしていきたい。


ナイジェリア研究の視角—さまよう「アフリカの巨人」をいかに紡ぐか—

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。

【参照記事】

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント