「27年度以降の財政収支は黒字 政府試算、不安払拭狙い透ける」
7月30日、Yahoo!ニュースに出た見出しです。コレ全くの嘘です。

同じ記事の本文にはこう書いてあります。国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)が2027年度から黒字に転換する、と。
見出しは「財政収支」。本文は「基礎的財政収支」。四文字の差ですが、まったくの別物です。政府の試算では、財政収支は2027年度に▲7.9兆円。2040年度には▲34.8兆円まで悪化していきます。一度も黒字になりません。
見出しの時点で、もう間違っている。
そして、それを間違いだと指摘する人が誰もいない。
しかも、です。この試算を発表したのと同じ7月30日に、高市首相は食料品の消費税を1%にすると打ち出しました。
その減税は、この試算に1円も入っていません。
これ、社会問題になったアパートのサブリースローンと同じ構図では?
人口が増え続ける前提のでっち上げ資料を持ってきて、30年一括借り上げで安心ですよと営業をかける。実際には人口は減る。空室は埋まらない。家賃保証は減額される。オーナーは破産する。
都合のいい前提だけを積み上げた紙を見せて、都合の悪い事実は紙に載せない。
やっていることが完全に同じです。しかも今回、契約書にハンコを押させられるのは1億2千万人。
いったいこんなデタラメが通るのか。原典を全部読んだので、順に潰していきます。
まず1枚目。7月30日の自民党臨時役員会で、首相が法改正に向けた調整を指示しました。食料品の消費税を2027年4月から2年間、8%から1%へ。残る1%分は所得連動の簡易給付で埋めて「実質ゼロ」ということにする。8月上旬に正式決定して、秋の臨時国会に法案を出す。
財源は「赤字国債に頼ることなく必ず確保する」。中身はスカスカ。挙がったのは補助金の見直し、租税特別措置の見直し、税外収入の確保。具体的に何かは言わない。それが捻出できなかったらやめますもいわない。前日29日の社会保障国民会議も「具体案について意見の一致には至らなかった」と書いて閉じています。
そして2枚目。同じ7月30日の経済財政諮問会議に出された、こちらです。
内閣府「中長期の経済財政に関する試算」
2026年7月30日・経済財政諮問会議 資料2−2
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2026/0730shiryo_02-2.pdf
この紙が置いている2027年度の数字はこうです。
- 実質GDP成長率:1.1%
- 名目GDP成長率:3.9%
- 名目GDP:716.3兆円
- 賃金上昇率:3.1%
- 消費者物価上昇率:2.1%
- GDPデフレーター上昇率:2.8%
- 名目長期金利:3.0%
そして国と地方のプライマリーバランスは、2026年度の▲1.2兆円から、2027年度に+1.4兆円の黒字に転じる。6月の試算では2027年度は▲2.1兆円の赤字でしたが、税収の上振れを反映して黒字に変わりました。
年10兆円を追加でばらまいても黒字。これが「責任ある積極財政」の成果、というわけです。
黒字1.4兆円に対し、同じ日に打ち出した減税は年5兆円前後。試算の外にある。減税の規模を計算します。1%分の税収がおよそ年6,000億円。8%を1%にすれば7ポイント分で年4兆円強。そこに残り1%分の給付が6,000億円乗る。合わせて年5兆円前後、それが2年間です。
試算が示した黒字は1.4兆円。減税は年5兆円前後。黒字の3倍以上の穴が、紙の外側にある。
「入っていないんじゃないか」ではありません。入っていないことは、数字を見れば分かります。入れた瞬間に赤字に転落するので言わないだけです。
軽減税率の対象(酒類と外食を除く食料)のCPIウエイトは2割前後です。税率を8%から1%にすれば、その分の価格はおよそ6.5%下がる。完全に転嫁されれば、総合CPIを1.2〜1.4ポイント押し下げます。
減税は2027年4月開始。2027年度はほぼ丸々効きます。減税を織り込めば、2027年度の物価上昇率は0%台になるはずです。
それが2.1%と置いてある。試算の財政前提も、2026年度の補正後予算までしか反映していません。2027年度以降の歳出は「社会保障は高齢化と物価・賃金、それ以外は物価・賃金並みに増加」と書いてあるだけ。消費税減税という文字は、この試算のどこにも出てきません。
同じ日に総理が指示した政策が、同じ日に出た政府の試算に入っていない。サブリースの営業資料に「この街の人口は来年から減ります」と書いていないのと、まったく同じ構造です。
ここが一番大事なところです。
冒頭の見出しに戻ります。黒字になるのはプライマリーバランス(PB)だけで、財政収支ではありません。PBというのは、借金の利払いを除いた収支のこと。「今年の政策に使うカネを、今年の税収でまかなえているか」だけを見る指標です。1,300兆円の借金に払う利息は、この計算に入っていません。
では利払いを含めた本当の収支はどうなっているか。同じ試算の計数表に、実額で書いてあります。
PBの黒字は+0.2%から+1.3%に広がる。同じ期間に財政収支の赤字は▲1.1%から▲3.2%に広がる。- 国・地方の財政収支:2027年度▲7.9兆円 → 2040年度▲34.8兆円
- 国・地方の純利払費(対GDP比):2027年度1.3% → 2040年度4.6%
- 国の一般会計の利払費:2026年度13.0兆円 → 2040年度54.5兆円
利払費が4倍になります。財政収支は一度も黒字になりません。それどころか、PBの黒字が+0.2%から+1.3%に広がっていく、まさにその裏側で、財政収支の赤字は▲1.1%から▲3.2%へ広がっていく。
これは私の解釈ではありません。試算の本文にこう書いてあります。純利払費が上昇するため、PB黒字が緩やかに拡大する下でも財政収支の赤字幅は徐々に拡大していく、と。
官僚は正直です。ちゃんと書いている。書いてあるのに、外に出るときは「黒字化」になる。
次に成長率です。名目3.9%は、実質1.1%+GDPデフレーター2.8%でできています。つまり名目成長の7割はデフレーター。
このデフレーター2.8%が、とんでもない数字でした。
2027年度だけデフレーターがCPIを上回り、翌年度から一転して下回り続ける。2028年度以降を見てください。1.8、1.8、1.7……と下がって1.6%に落ち着きます。CPIの2%を下回る。しかも試算の脚注に、デフレーター上昇率と消費者物価上昇率の差は中長期的に約0.4%ptに収れんし、いずれのケースでもCPI2%程度に対してデフレーターは1.6%程度で推移する、と明記されています。
2.8%は、2027年度だけの跳ね上がりです。政府自身のモデルの収れん値を1.1ポイントも上回っている。
なぜ2027年度だけ跳ねるのか。付録の前提を見て、ひっくり返りました。
原油価格:2027年度は1バレル85.4ドル、前年度比▲7.7%
原油が7.7%下がる前提です。輸入価格が下がるとGDPデフレーターは上がります。GDPは国内で生み出された付加価値の合計なので、輸入は差し引かれるからです。つまりこの2.8%は、原油が7.7%下落するという1本の前提から出てきている。そして同じ試算のリスクの章。冒頭にこう書いてあります。短期的には中東情勢の影響を注視する必要がある、と。
中東情勢に注意しろと書いた同じ紙で、原油が7.7%下がる前提を置いて、そこから名目成長率の7割を作っている。
この試算の作り方には、はっきりした非対称性があります。
- 食料品消費税減税(年5兆円前後×2年)。同じ日に指示されたのに、一文もない
- 災害復旧費。7月28日16時27分、熊本県の宇城市と氷川町で震度7。マグニチュード7.1。震度7の観測は能登半島地震以来2年6か月ぶりです。被害の全容はまだ分かっていません。当然、備えは一行もありません。規模から見てだいたい1〜3兆円くらいはかかると私は思います。
- 『「強く豊かな日本」投資枠』の別枠管理分。この支出は経済への効果としてGDPには反映されるのに、公債等残高やPBの計算からは経費も財源も除かれます。分母は膨らませて、分子からは抜く
2025年度の実績0.3%に対し、試算は5年で1.1%、さらに5年で1.4%に上がると置いている。TFP(全要素生産性)というのは、設備や人を増やさなくても増える付加価値のこと。技術が進んだ、働く人の能力が上がった、ヒトとカネの配分が上手くなった。そういう「効率の伸び」です。
試算が明記している2025年度の実績は0.3%。直近の景気循環から足下までの平均でも0.6%程度。それが5年程度で1.1%、さらに5年程度で1.4%まで上がることになっている。実績の4倍以上。理由は「成長戦略があるから」。アホか!!
潜在成長率も同じです。2021〜2025年度の実績は0.4%。試算では1%台後半まで上がる。国内民間設備投資は2040年度に240兆円程度、名目GDPは1,100兆円に近づく。
そしてこの成長から税収が増えるので黒字化します、と。
出ていくカネは、決まっていないから分かっていても計上しない。
入ってくるカネは、決まっていなくても超楽観的に計上する。
この2つを同時にやれば、どんなデタラメな財政運営でも黒字の絵は描けます。当たり前です。国が粉飾決算しているようなもんです。
ちなみに試算自身が感応度分析を載せています。長期金利が0.5ポイント上振れするだけで、2040年度の公債等残高対GDP比は4.4ポイント上がる。TFPが0.5ポイント下振れすれば12.0ポイント上がる。0.5ポイントのブレで絵が壊れることを、政府(というより書いた人)は分かって書いています。
ここからはわたしの推測です。3つ考えました。
リフレ派のブレーンが書いた紙を、中身を理解しないまま読み上げている説。
ありそうに見えますが、しかしわたしはこれを本命だとは思いません。理由は、目標の付け替え方が技術的に精密すぎるからです。
4月13日の経済財政諮問会議で、高市首相はこう述べています。財政運営の目標としては債務残高対GDP比を安定的に低下させていくことを中核と位置づける、プライマリーバランスについてはその安定的低下の中で複数年で管理する、と。これは思いつきで言える言葉ではありません。誰かが設計しています。そしてそのままを言っている
「とにかく国民にアピールできる資料を作れ」と命じて、官僚が言われた通りの無茶苦茶を作った説。
これも違うと思います。官僚は良心を捨ててまで数字合わせをしていません。
財政収支が2040年度に▲34.8兆円まで悪化することも、デフレーターが翌年度から1.6%に落ちることも、原油が7.7%下がる前提であることも、金利0.5ポイントで絵が壊れることも、全部この紙に書いてあります。脚注に、付録に、計数表に。
むしろ官僚は「ここが弱点です」と丁寧に書き込んでいる。誰も読まないだろうという前提でw。
わたしの見立てはこうです。嘘をついているのではなく、嘘にならないように枠組みのほうを作り替えた。
順を追います。
- 財政運営の中核目標を、PB黒字化から債務残高対GDP比に付け替えた。PBは「複数年で管理」に緩めた
- 債務残高対GDP比は分数です。分母にGDPが来る。分母を大きく見せる前提を置けば、増税も歳出削減もせずに「改善しています」の絵が描ける
- 別枠管理という仕組みを作り、経済効果は分母に入れて、経費と財源は分子から抜くことにした
- 内閣府は経済財政諮問会議の事務局です。そして議長は総理大臣。前提を検証する第三者はいない
イギリスには予算責任局(OBR)があります。政府の経済前提を独立の機関が検証し、ダメなものはダメだと公表する。トラス政権が吹き飛んだのは、OBRの検証を飛ばして減税を発表したからでした。
日本にはそれがありません。だから「TFP1.4%の根拠を出せ」「原油7.7%下落の根拠を出せ」と公の場で問い詰める機関が存在しない。
結果として、こうなります。
官僚は正直に全部書く。
政治は都合のいい1行だけ抜いて発表する。
報道はその1行を流す。
検証する第三者はいない。
誰も嘘をついていないのに、国民に届く頃には嘘になっている。そして高市氏自身がそれを信じ込んでいる。少なくとも石破氏ならこれくらいは理解できた
そして、その証拠がこの記事の見出しなのです。
もう一度書きます。見出しは「27年度以降の財政収支は黒字」。本文は「基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)が2027年度から黒字に転換する」。書いた記者は本文で正しく区別しています。見出しになった瞬間に「基礎的」が消えた。
悪意があったとは思いません。文字数が足りなかったのでしょう。ですが結果として、15年先まで赤字が広がり続ける指標が、黒字になったことにされた。
その記事自身、この試算について政府が市場の不安の「払拭を図りたい狙いが透ける」と書いています。狙い通りになったわけです。見出しの段階で。
これは悪意の話ではなく、制度の話です。分かりにくい2つの指標を用意して、都合のいいほうを中核目標に据えれば、あとは伝言ゲームが勝手に仕事をしてくれる。だから政権が代わっても、この枠組みが残っている限り同じことが起きます。むしろそこが一番タチが悪い。
誤解しないでほしいのですが、わたしは食料品の消費税減税そのものに反対しているわけではありません。物価高で家計が苦しいのは事実だし、やるならやればいい。ただし歳出を削ってそれでやるべきだと思います。先に削るのは歳出です。あとから削りますっていって削れなかったらどうするのか。また誤魔化して逃げるのか。
言っているのは順番の話です。どの補助金を切るのか。どの租特を潰すのか。災害対応の財源はどこに置くのか。それを示したうえで「2027年度に黒字化します」と言うのが説明であって、示さずに言うのは詐欺的営業トークです。
思い出してください。サブリースの業者だって、法律上の嘘は書いていませんでした。家賃は減額される可能性があると、契約書の小さい字にちゃんと書いてあった。読まなかった人が破産しただけです。
今回もまったく同じ。財政収支が▲34.8兆円まで悪化することも、利払費が54.5兆円になることも、全部書いてあります。PDFの29ページ目に。
8月上旬、財源の中身が出てきます。同時に、減税と災害復旧費を織り込んだ試算も出し直すべきです。前提が変わったのに絵だけ据え置くなら、それはもう試算ではありません。営業資料です。
あなたが払った税金と、あなたの子どもが返す借金の話です。8月上旬に出てくる紙は、小さい字まで自分の目で読んでください。数字はちゃんと嘘をつきます。そしていったいこの緻密な嘘は誰が書かせているのだろうということです。
※数値は2026年7月30日時点。試算の計数はすべて成長戦略実現ケース①。なお2027年度の計数は3つのケースで共通で、ケースが分かれるのは2028年度以降です。熊本の地震の被害状況は調査が続いており、数字は更新されます。消費税減税の規模は報道ベースの推計です。

高市首相 首相官邸HPより
編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2026年7月31の記事より転載させていただきました。







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