戦況を根底から変えた「無人機」の登場

ウクライナ軍参謀本部は31日、ウクライナにおけるロシア軍の損失に関する新たな数値を公表した。それによると、2022年2月24日以降、ロシアはウクライナで約144万6,150人の兵士を失った。直近の24時間だけでも、損失数は計1,340人に上る。また、ウクライナ側の発表によれば、全面侵攻開始以来のロシア軍の総損失数は、戦車1万2,231両、砲システム4万7,045門、防空システム1,525基、航空機439機、ヘリコプター354機、ドローン43万5,665機、艦船34隻、潜水艦2隻に達している。同情報の検証は難しいが、ロシア軍側に想定以上の人的・物的被害が出ていることはほぼ間違いないところだ。

ゼレンスキー大統領、ワシントンでトランプ米大統領と会見、2026年7月28日、ウクライナ大統領府公式サイトから

ところで、「トランプ氏、キ―ウへのパトリオット・ライセンス生産に慎重姿勢を示した」というニュースが31日流れてきた。ロシアによる全面侵攻の開始以来、ウクライナにとって大きな課題は防空ミサイルの確保だ。そのため、米国製ミサイル「パトリオット」の国内生産許可に対する期待は高まっていたが、それが突然、不透明になってきたのだ。

ウクライナは防空能力の強化を急いでいるが、米国製ミサイルのライセンス生産という待望の計画において障害に直面しているのかもしれない。ウクライナのオルハ・ステファニシナ駐米大使によると、ウクライナ政府はパトリオット迎撃ミサイルを自国で生産する許可を求めて米国防総省と交渉を行っている。しかし、この手続きには1年から5年を要する可能性がある。英紙フィナンシャル・タイムズの報道によれば、トランプ米大統領もこの計画を承認するかどうか確信を持てずにいる。同紙は、トランプ大統領が電話会談の中で「あれは極めて特殊な兵器であり、誰にライセンスを供与するかについては慎重にならざるを得ない」と語ったというのだ。

同大使が説明したところによると、パトリオットの製造元であるレイセオン社の代表者は既にウクライナを訪問しており、同防空システム用の迎撃ミサイル「PAC-3」を製造するロッキード・マーティン社も専門家チームの派遣に向けて動いているが、パトリオットのライセンス生産を最初に言い出したトランプ氏がここにきて揺れ出しているのだ。ステファ二シナ大使は「ロシア軍の連日の攻撃による被害は凄まじい。昨夜も、その前の晩も、30から40発もの弾道ミサイルが撃ち込まれた」という。ちなみに、ウクライナのゼレンスキー大統領は28日、ホワイトハウスでトランプ氏と会談した。その直後のゼレンスキー氏の発言にはまだパトリオット・ライセンス生産に期待が溢れていた。

ウクライナ戦争は既に5年目に入っている。その間、ウクライナは欧米諸国に武器の供与を求め続けてきた。それに対し、欧米諸国の返答は常に好意的だったわけではない。たとえば、ドイツの主用攻撃型戦車「レオパルト2」のウクライナへの供与問題の時もそうだった。「レオパルト2」の供与を躊躇するドイツに対し、欧米諸国から圧力が強まった。最終的にはショルツ首相(当時)がバイデン米大統領(当時)との協議の末、アメリカとドイツ両政府は2023年1月25日、ウクライナに戦車を供与すると発表した。アメリカは「M1エイブラムス」31台を、ドイツは「レオパルト2」14台をそれぞれ送ることで決着した経緯がある。

また、ドイツが誇るタウルス巡航ミサイルも「ロシアとの戦争をエスカレートさせる危険がある」ということでウクライナへの供与は見送られた。。欧州では英国とフランスが既に同様の巡行ミサイルをウクライナに供与しているが、英国の「ストームシャドウ」とフランスの「スカルプ」と呼ばれる巡行ミサイルはタウルスより精度が低く、射程距離も大幅に短い。タウルスの射程距離は500キロだ。ショルツ首相は当時、「ドイツを戦争に引きずり込む恐れが出てくる」と懸念し、一貫して拒否してきた。

一方、米国の巡航ミサイル「トマホーク」をウクライナに供与する話が持ち上がったことがあった。トランプ政権発足後、ゼレンスキー大統領からの直接の要請や、J.D.ヴァンス副大統領による「欧州経由でのウクライナへの売却検討」への言及があり、一時は前向きな姿勢が見られた。ペンタゴン(米国防総省)側も「米軍の備蓄に影響を与えない」とする評価書をホワイトハウスに提出していたが、プーチン大統領との電話会談や、米軍自身の必要性を再考した結果、トランプ大統領は「自国を守るために必要なものを手放したくない」として方針を翻し、ウクライナへのトマホーク供与の要請を正式に却下した。

ちなみに、供与が見送られた主な理由は米軍の在庫不足と太平洋優先だ。また、トマホークは本来、軍艦や潜水艦から発射する兵器だ。海軍力をほぼ持たないウクライナが運用するには、新開発の地上発射システム(タイフォンなど)が必要となるが、この発射機自体の保有数が米軍内でも非常に限られているなどの理由だ。射程が約1,600kmにおよぶトマホークをウクライナに渡せば、ロシア首都モスクワを含む広大な本土深部への攻撃が可能になるため、ロシア側が「重大な局面の拡大(エスカレーション)」を招くとして激しく警告していた。

欧米から精密な武器を得ることが難しいことが判明したことで、ウクライナは方針を切り替えている。ウクライナは、既存の滑空爆弾を精密誘導ジェット爆弾に改造する「ウクライナ版トマホーク・ライト」とも呼べる独自の長射程兵器を国内で量産・実戦配備する動きを強めている。専門家や欧州の政界からは、米国に依存するのではなく、欧州諸国がウクライナのミサイル産業に資金を直接投入し、共同で長射程兵器を開発・増産すべきだという議論が支配的になってきている。

「タウルスの供与」の話が飛び出した時、メディアは「ゲームチェンジになる奇跡の武器(Wunderwaffen)だ」といった論調で報じた。しかし、タウルスのウクライナ供与は見送られた。それに代わって製造コストが低い攻撃無人機がゲームチェンジャーとして表舞台に出てきたのだ。

メディアが「奇跡の武器(ヴンダーヴァッフェ)」や「ゲームチェンジャー」ともてはやした高額な西側兵器よりも、製造コストが極めて低い「安価な攻撃無人機(ドローン)」のほうが、結果として戦況を根底から変えてきたのだ。

ロシア軍のような大国相手の消耗戦では、高性能なミサイル(1発数億円)を数十~数百発送ったところで、戦線の一部を一時的に変えることはできても、戦争全体の勝敗を決めることは難しい。ロシア側もすぐにその兵器の戦術を学習し、電子戦(ジャミング)や防空網で対策する。

ドローンがゲームチェンジャーとなった理由は、単に「敵を倒せるから」ではなく、「戦争の経済学(コスト)」と「戦術の前提」をひっくり返したからだ。1機わずか数千ドル(数十万円)の自爆ドローンや、ウクライナ国産の低コスト長距離ドローン(Blyskavkaなど)が、数億円~数十億円のロシア軍の戦車、装甲車、防空システム、さらには後方の製油所を破壊している。1発数億円もする西側の「パトリオット」などの迎撃ミサイルを、ロシア側が放つ安価な「シャヘド」などの自爆ドローン(1機数万ドル)の迎撃に消費させられ、防空側の経済的破綻を引き起こす。ウクライナはこれに対抗するため、さらに安価な「1機1,000ドルの迎撃用ドローン(P1-SUNなど)」を開発して対抗しているわけだ。

ウクライナは現在、西側の高額なミサイル供与を待ち続けるのをやめ、自国で「タウルス級の射程(500km以上)」を持つ長距離ドローンや巡航ミサイルの大量量産に成功している。ドイツのピストリウス国防相は記者会見で、「ウクライナは自国製の長距離ドローンやシステムでロシアのインフラに甚大な損害を与えており、もはやドイツのタウルスは必要としていない」と明言した。高額な西側の「奇跡の兵器」に頼る時代は終わり、安価で大量生産可能な無人機が戦場でその主導権を握ってきているわけだ。

いずれにしても、ウクライナが国内で必要な武器、ミサイルを完全に自国生産できるようになるためにまだ時間が必要だろう。パトリオットのライセンス生産にゴー・サインが出たとしても実際に利用できるまでには数年かかる。その意味で、防空体制の強化という点では、ウクライナは欧米から強固な防空システムの支援を必要としている、という現実には変わらない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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