
「偉大とは人々に方向を与えることだ」とか「脱皮が出来ない蛇は滅びる」とかと、フリードリヒ・ニーチェ(1844年-1900年)の名言を私もよく引用するものですが、彼曰く、「全ての知識の拡大は無意識を意識化することから生じる…Every extension of knowledge arises from making the conscious the unconscious」ということであります。
之はニーチェ流に難しく表現されていますが、興味・関心・好奇心の広がりに応じ、これまで無意識だったものが意識され深められて行く、といった極々当たり前の話でしょう。1973年ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈氏(1925年-)は「ノーベル賞を取るため、してはいけない5か条」(1994年)として、第五に「いつまでも初々しい感性と飽くなき好奇心を失ってはいけない」を挙げておられます。
国語辞書を見ますと、感性とは「1 物事を心に深く感じ取る働き。感受性」「2 外界からの刺激を受け止める感覚的能力」等と書かれています。中国古典の「四書五経」の一つ『易経』に、「君子もって虚(きょ)にして人に受く」とありますが、此の虚は「心にある空虚な隙間をいう。心が動く空間であり、感じる能力、感性の源」を言います。総じて如何にして初々しい感性を維持するかは、極めて難しい問題であります。
感性豊かな人とは一つの言い方をすれば、時代の風を感じられる人、その生きている時代をつかまえられる人のことでしょう。何事にも全て兆しがあります。「微を見て以て萌(ほう)を知り、端を見て以て末を知る」(『韓非子』)――先ずは「虚にして」微かなる兆候に気付き敏感に反応するのです。そしてそれを突き詰めて行く中で、感性というものは次第に磨かれるようにも思います。
私は嘗て当ブログ「北尾吉孝日記」で、『青春に生きる』(2022年3月31日)という中で次のように述べました――好奇心や情熱というのは、「気」によって維持されるものです。「病は気から」と言いますが、年を取ると一段と気力が大事になります。肉体的な若さも勿論大事ですが、何よりも精神的な若さを如何に保って行くかが大切です。チャレンジングスピリットや好奇心が薄れてきたと感じる時、「烈士暮年(れっしぼねん)、壮心(そうしん)已(や)まず…雄壮な志を抱いた立派な男児は晩年になっても〝やらんかな〞という気概をずっと持ち続けるものだ」と思い出し、自らを奮い立たせるのです。
人間誰しも皆公平に年一年、年を取って行きます。幾つであろうが、精神的な若さは常に保ち続けねばなりません。曹操が言うような実に「壮心已まず」の気魄に満ちた境地であり続け、飽くなき好奇心を失わず積極的に動くようすべきでしょう。そうした気持ちでいますと面白いもので、体も元気になるのであります。
以上、冒頭ニーチェの言「全ての知識の拡大は無意識を意識化することから生じる」を私流に解釈すると、「いつまでも初々しい感性と飽くなき好奇心を失ってはいけない」という江崎博士の言が大事なキーワードになると思います。
編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2026年7月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。







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