「AIで仕事がなくなる」のにエンジニアの転職求人倍率は10.68倍(都築 博志)

近年「AIがエンジニアの仕事を奪う」「IT人材は要らなくなる」という話が広がっている。たとえば、日本経済新聞はイーロン・マスク氏が近いうちにコーディング自体が不要になるとの見方を示した、と報じた(参考:プログラミングが全自動に、マスク氏「2026年末にも」 日本経済新聞 2026/02/14)。

一方、転職市場の数字はその真逆を進んでいる。

転職サービスdodaは毎月、dodaに登録する転職希望者と企業の中途採用求人のバランスを調査している。転職求人倍率は、採用予定人員を転職希望者数で割った数値だ。スカウト件数や面接の呼び込み数ではない。職種別の分類は、希望職種ではなく直近に経験した職種に基づく。

2026年3月時点の「エンジニア(IT・通信)」は10.68倍だった。doda登録者の集計上、IT・通信エンジニア経験者1人に対し、約10.68人分の採用予定が存在する計算だ。すべてが候補者本人に提示されるわけではない。それでも、dodaの集計では企業側の募集枠が転職希望者を大きく上回っている。

同じ月のdoda集計では、転職市場全体は2.39倍だ。営業職は2.72倍、企画・管理は2.83倍。次いで専門職(コンサル・金融)が5.34倍、エンジニア(機械・電気)が5.24倍だった。エンジニア(IT・通信)の10.68倍は、それらをさらに上回る。dodaが職種別に集計した11区分のなかで最も高かった。

前年同月比では1.15ポイント低下しているものの、10倍超の高水準は続いている(参考:doda転職求人倍率レポート(2026年4月発行版) doda/パーソルキャリア 2026/04)。

なぜ「AIに仕事を奪われる」と叫ばれるIT業界で、10倍超の高い求人倍率が続いているのか。この2つは矛盾しない。なくなりつつある仕事と、求人倍率10倍超の市場で争われる仕事は、別物だからだ。

エンジニアを企業の現場に送り出す事業を立ち上げ、求人広告に150万円を使っても採用がゼロだった経験がある経営者として、この現象の理由と求職者と経営者が頭に置くべきことを考えてみたい。

gorodenkoff/iStock

なくなる仕事と、争われる仕事は違う

「AIでエンジニアは要らなくなる」と聞けば、採用予算を止めたり、後回しにしたりする経営者は当然出てくるだろう。しかし、企業の多くは人材不足に頭を悩ませている。

パーソルキャリアの調査では、売上高1,000億円以上の企業に勤める部長職以上505名を対象に、AIエージェントの活用状況を尋ねた。すると回答者の73.1%が、推進する人材や体制に不足感を持つと答えた。導入・活用に取り組む回答者399名のなかで、課題として最多だったのは「AIエージェントを設計・評価できる人材の不足」(45.9%)だ(参考:大手企業におけるAIエージェント活用実態調査 パーソルキャリア 2026/07/01)。

企業が生成AIを業務に入れたとき、現場で必要になるのは、ツールを動かす作業だけではない。AIの出力を自社のシステムに正しく組み込む人、本番環境で安全に回す人、出力がおかしいときに原因を切り分ける人だ。AIが一部の作業を速くするほど、こうした人の仕事は減らず、むしろ重くなる。

帝国データバンクが2026年4月に全国2万3,083社を対象に行った調査では、情報サービス業の正社員が足りない割合は66.7%で、51業種のなかで最も高かった。同調査の報告書では、情報サービス業について、AIの普及で案件は増えている一方、スキルが合う人材の取り合いになっている、とまとめられている。個別企業の回答として、ソフト受託開発企業からは、AIで単純な作業者の需要は減った一方、AIの生成コードをシステムとして安定運用する設計人材の需要は増えた、との声も紹介された(参考:人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月) 帝国データバンク 2026/05/19)。

「仕事がなくなる」という話と人手不足は矛盾ではない。企業が求める人の中身が変わっているだけなのだ。

なぜなお10倍超なのか──案件はあるのに、合う人がいない

では、なぜ前年より低下したとはいえ、転職求人倍率がなお10.68倍という高水準にあるのか。

一つ目は、需要の質が変わったことだ。帝国データバンクの調査では、情報サービス業でAIの普及やDX化に関する案件の増加がみられている。ただし企業が探しているのは、単純作業ができる人ではない。現場で設計し、評価し、止まったときに直せる人だ。dodaの市場レポートでも、DX投資と内製化を背景に、上流工程(システム設計や要件定義など)へのニーズが高いと指摘されている。

ただし、10.68倍をAI需要だけが説明した数字ではない。既存システムの保守・刷新、クラウド移行、セキュリティ、内製化、通常の開発案件も含まれる。AI実装人材の不足は、需給逼迫を支える要因の一つだ。

二つ目は、供給が追いついていないことだ。帝国データバンクの調査では、情報サービス業の3社のうち2社が「正社員が足りない」と答えている。案件はある。スキルが合う人がいない。採用枠は空いたまま、埋まらない。

三つ目は、企業側の募集枠が転職希望者を上回り続けていることだ。先ほどdodaの転職求人倍率を紹介したが、別の人材サービスであるレバテックも、自社の登録者・求人数で算出した2025年12月時点のIT人材転職求人倍率を10.4倍と公表している(参考:IT人材の正社員転職市場動向 レバテック/レバレジーズ 2026/01/29)。

10倍超は、エンジニアが余っている証拠ではない。dodaの集計では、合う人が少ないまま、企業の募集枠だけが積み上がっている状態を示している。

人手不足はITだけの話ではない。帝国データバンクの同じ調査では、建設業は65.7%、運輸・倉庫は65.9%も正社員が足りないと感じている。建設会社は工事の依頼はあるのに職人がいない。運送会社は荷物はあるのにドライバーがいない。業種は違うが、構造は似ている。

ここまで読むと、社長が争っているものの輪郭が見える。人数ではない。誰を採用するかだ。

勝負は広告費の多さではなく、誰を採用するか

採用がうまくいかないとき、多くの社長はまず広告費を上げる。人材エージェントを増やす。採用のプロに任せきりにする。社内では、金を積めば埋まる、という発想が働く。

求人倍率10倍超の市場では、その発想が通用しにくい。候補者は複数の選択肢を比較する。年収だけでは決めない。仕事内容と働き方がどれくらい合っているかを厳しく見定めている。

社長が「優秀な人が欲しい」としか書いていなければ、候補者の頭には会社の姿が映らない。比較の段階で外れ、面接まで進んでも辞退の連絡が入る。人事担当者が受け取る辞退の一因は、社長が「誰を採用するか」を決めていなかったことだ。

「AIで仕事がなくなる」と信じて採用を止めた会社は、誰を採用するか決めた会社にあっという間に人を取られる可能性がある。

求人150万円で採用ゼロ──私が広告費だけ積んで負けた理由

「金を積めば来る」。私にもそう思っていた時期がある。エンジニアを企業の現場に送り出す事業を立ち上げたころだ。

私は求人広告に150万円を使った。採用はゼロだった。飲み会やイベントを開いても、採用はゼロだった。採用のプロに月60万円払い、求人・面接・営業を任せきりにした時期もあった。費用は動いた。人は来なかった。

需給が逼迫している市場でも同じだ。広告費だけを積んでも、誰も来ない。

なぜ埋まらなかったのか。一つは、広告費と外注だけを増やしたことだ。採用のプロに任せきりにし、広告とイベントに金を積んでも、誰も来なかった。

もう一つの理由は、私がエンジニアではなかったことだ。別のSES社長がXで書いていた。「エンジニアじゃない人に人生預けたくない」という一文。非エンジニアの社長が「何でも応援する」と言っても、エンジニアから見れば、自分のキャリアを誰が背負うのか分からない。ちょろちょろ入ってきても、フリーランス独立で去っていった。

転機は、エンジニアファーストに会社の軸を替えたことだった。エンジニア出身の共同代表を迎えた。入社時に候補者が案件を選べるようにした。働き方と現場での扱いを、求人の前に言葉にした。

私は広告費を積み増したのではない。エンジニアが人生を預けたいと思える体制に替えた。誰を採用するかを、先に決めた。そこから採用が動き始めた。

社長が人事に先に伝えるべき3つの言葉

「そうは言っても、中小は大企業に勝てない」。その反論には理がある。年収、知名度、福利厚生の全てで戦う必要はない。大企業は、条件面で候補者の選択肢に入りやすい。

中小が勝てるのは、採用したい人の定義を絞り、大企業の募集文では書けない約束を先に文章にしたときだ。これならコストをかけずに始められる。

社長が人事担当者に先に決めさせるべきことは、次の3つだ。

1つ目。誰を採用するかを一文で書く。AIを現場で動かせる人か、設計できる人か、運用を守れる人か。「優秀な人」は募集文に書いても、候補者の頭には映らない。人事がスカウトするときの軸にもなる。

2つ目。働き方と役割を先に約束する。リモートの有無、任せたい仕事、入社後の成長の道筋を、求人の前に文章にする。面接で初めて説明する会社より、先に文章がある会社のほうが、候補者の比較に残りやすい。

3つ目。面接で見せるものを決める。現場のエンジニアに会わせる。仕事の中身を見せる。条件表だけの面接では、候補者は動かない。

この3つは採用成功を保証するものではない。報酬、技術環境、選考の速さも効く。ただ、誰を採用するかが曖昧なまま広告費だけを増やしても、需給逼迫市場では成果につながりにくい。

なくなる仕事と、求人倍率10倍超で争われる仕事

「AIで仕事がなくなる」は嘘ではない。ただし、なくなる仕事と、求人倍率10倍超の市場で争われる仕事は違う。

単純作業の需要は減る。現場でAIを動かせる人への需要は残る。社長が広告費だけを積む会社は、その取り合いの外側に立ちやすい。採用を止めた会社も、同じだ。

明日、採用担当者にこう言えるかどうかが分かる。「広告を増やす前に、誰を採用するかを一文で書いてほしい」。イメージと実態の数字が連動していない今、欲しい人材像を明確にできる社長こそが、求人倍率10倍超の市場で勝てるだろう。

都築 博志 株式会社グリーンイノベーションズホールディングス代表取締役
IT、建設、人材、金融領域で5社のグループ会社を経営し、23年間で累計売上816億円超、最高年商76億円を達成。エンジェル投資23社。数々の新規事業と失敗を経験しながら、挑戦する人を応援する経営者コミュニティ「BIZFIT」を運営している。

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2026年7月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

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