変動金利いよいよ上昇:住宅ローンを「繰り上げ返済」する人が見落とす投資家の視点(藤村 哲也)

政策金利が31年ぶりに1.0%へ。この日銀の利上げを受けて、多くの銀行が2026年10月前後に変動金利を引き上げる見通しです。「金利が上がる前に、繰り上げ返済を急がなければ」。そう焦る人が一気に増えました。気持ちはよく分かります。ですが、証券会社で長年個人のお金と向き合い、20年以上投資助言を続けてきた私から見ると、その焦りには大きな見落としが一つあります。それが「投資家の視点」です。急いで返すことが、本当にあなたの家計にとっての最適解なのでしょうか。

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なぜ今「繰り上げ返済」が叫ばれているのか

まず、何が起きているのかを整理しましょう。日銀はマイナス金利政策を解除して以降、段階的な利上げを続け、政策金利は1.0%に達しました。変動金利型の住宅ローンは、この短期金利に連動する「短期プライムレート」を基準にして決めるため、政策金利が上がれば、時間差はあっても返済者の金利も上がっていきます。

実際、大手行の変動金利(最優遇)はすでに平均で1%台を超え、ネット銀行や地方銀行でも年1%前後の水準になってきました。多くの銀行では、2026年10月前後に基準金利の見直しを行なうため、実際の返済額に反映されるのは2027年1月頃になる見通しです。かつて0.3〜0.4%という「ただ同然」で借りられた時代を知っているほど、「金利のある世界」への転換に強い不安を感じるのは当然でしょう。

ここで思い出してほしいのは、ほんの数年前まで私たちは世界的に見ても、異例の超低金利という「ぬるま湯」に浸かっていたという事実です。バブル期の住宅ローン金利は8%を超えていました。それに比べれば1%前後というのは、歴史的にはまだ十分に低い水準にあります。ニュースの見出しは、金利上昇という変化の大きさを強調しますが、絶対的な水準そのものはまだ慌てて行動するほど高くはないのです。

それでも決まって出てくるのが、「借金は1日でも早く返すのが正義だ」という声です。日本人の多くは、「借金=悪」という感覚を深く刷り込まれています。だから金利上昇のニュースを見た瞬間、貯金を取り崩してでも繰り上げ返済に走りたくなります。ただ、ここで一度立ち止まって考えてほしいのです。その反射的な行動こそ、投資のプロが「ちょっと待った」と声をかけたくなる場面だからです。

投資のプロが「待った」をかける理由

投資の世界では、お金を動かすとき、必ず2つの数字を天秤にかけます。「そのお金を使うことで避けられるコスト」と「そのお金を別の使い道に回したときに得られるリターン」です。住宅ローンに当てはめれば、前者が「借入金利」、後者が「運用で狙える利回り」になります。

今、変動金利はおおむね1%前後です。一方で、全世界株式やS&P500といったインデックス投資は、あくまで長期の過去実績ベースですが、年3〜5%程度のリターンが1つの目安とされてきました。つまり、1%で借りているお金を、期待値として3〜5%で運用できる余地があります。この差額こそが、繰り上げ返済を急いだ人が取りこぼしている「見えない利益」なのです。

さらに見落とされがちなのが、住宅ローン控除の存在です。制度の対象になっている期間中は、年末のローン残高の0.7%が税金から差し引かれています。借入金利が1%前後で、控除によって0.7%相当が戻ってくるとすれば、実質的な負担金利は0.3%程度まで下がる方もいます。この期間にわざわざ繰り上げ返済をすると、残高が減った分だけ受けられる控除も減ってしまう。急いで返すことが、かえって損につながるケースすらあるのです。

もう1つ、意外と語られないのが「団体信用生命保険(団信)」の存在です。住宅ローンを組むと、多くの人がこの保険に加入しており、契約者が亡くなった場合などに、ローン残高がゼロになります。言い換えれば、住宅ローンは万が一のときに残高が消える借金でもあるのです。繰り上げ返済で残高を減らすことは、この保証を自ら小さくすることにもつながります。純粋な生命保険としての側面まで考えると、低金利のローンをあえて残しておく合理性は、さらに高まると言えるでしょう。

もちろん、繰り上げ返済には利息を確実に減らせるという揺るぎない魅力があります。運用は不確実、返済は確実。この対比だけを見れば、返済に軍配が上がりそうです。けれども、長期の積立投資には時間を味方につける複利という強力な武器があります。確実な0.3〜1%の節約を取るか、それとも、不確実でも長期では大きく育つ可能性のあるリターンを取るか。答えは「どちらか一方」ではなく、この2つを冷静に比べる目を持てるかどうかにかかっています。

数字で見る「返済」と「投資」の比較

抽象論では腹に落ちないこともあるでしょう。具体的なモデルケースで考えてみます。ここでは、3,000万円を35年・金利1%(元利均等返済)で借り、返済を始めて15年が経ったご家庭を想定します。この時点でローン残高は約1,841万円、残りの返済期間は20年です。ここで手元にある余裕資金200万円を、期間短縮型で繰り上げ返済したとしましょう。

金融広報中央委員会(しるぽると)などの公式シミュレーターと同じ計算方法で試算すると、この繰り上げ返済によって軽減できる利息は、およそ41万円です。返済期間もおよそ2年4ヶ月ほど短くなります。20年かけて41万円の節約、そして完済が2年余り早まる。決して小さな効果ではありません。

一方、同じ200万円を年4%で20年間運用できたとすると、複利効果で約438万円まで育つ計算になります。元本200万円に対して増える分は約238万円。ここからローン金利1%分の負担を差し引いても、繰り上げ返済で得られる41万円の節約を大きく上回ります。仮に利回りをより控えめな年3%で見積もっても、20年後には約361万円で、増える分は約161万円です。それでも返済で節約できる41万円をはるかに上回る計算になります。もちろん年4%も年3%もあくまで想定であり、相場次第で上下し、元本割れの年も当然あります。それでも20年という長い時間軸で見れば、金利1%で借りたお金を運用に回す「機会」には、それだけの価値が眠っているということです。

ここで強調したいのは、「繰り上げ返済が間違いだ」という話ではない、という点です。急いで返すことには、返さなければ得られないはずのリターンを手放す、という機会損失が必ず付いて回ります。その事実を数字で認識し、その上で判断してほしいのです。金利が1%前後に留まる今は、まさにこの「機会損失」が効いてくる局面だと言えるでしょう。

「今の1%」がずっと続く保証はない

ここまで読んで、鋭い方はこう感じたかもしれません。「その比較、変動金利が1%のまま20年続く前提になっていないか」と。まさにその通りで、ここが今回いちばんお伝えしたい注意点です。

変動金利は、文字どおり変動します。日銀がこの先さらに利上げを進めれば、3年後、5年後、10年後の返済金利が、今より高くなっている可能性は十分にあります。そして、その兆候はすでに市場に表れています。長期の固定金利は、フラット35で3.1%台まで上がってきました。固定金利は、銀行やマーケットが「将来これくらいまで金利は上がるだろう」と読んだ結果として決まるものです。つまり、固定が3%を超えているという事実は、プロたちが将来の金利上昇を相応に織り込んでいるサインなのです。

そう考えると、「変動1%と運用3〜5%の差を取る」という戦略には、隠れた前提があることが見えてきます。もし将来、変動金利が運用利回りに近づく、あるいは追い抜く局面が来れば、この差はしぼんでしまいます。「今」有利だからといって、それが20年間ずっと続くと決めつけるのは、やはり危険なのです。

では、どうするか。答えは、意外にもこれまでの結論と同じ方向を向いています。全額返済でも全額投資でもなく、いつでも動ける態勢を保っておくことです。手元に現金と投資の枠を残しておけば、実際に金利が上がってきたそのタイミングで、繰り上げ返済へ振り向けることができます。逆に、今あわてて資金を使い切ってしまうと、いざ金利が本格的に上がったときに打つ手がなくなります。金利上昇リスクへの最良の備えは、皮肉にも「返さずに手元に残した現金」です。

「それなら今のうちに固定へ借り換えるべきか」と考える方もいるでしょう。変動1%の人が3%台の固定に乗り換えるのは、いわば「将来上がるかもしれないリスク」への保険料を、毎年2%分ほど先払いするようなものです。それが高い保険料か、安心料として妥当かは、あなた自身の金利観次第。ここでも、正解は一つではありません。

それでも不安なあなたへ

「理屈はわかった。でも、借金があるとどうしても落ち着かない」。そう感じる方は少なくありませんないはずです。この心理的な負担は、決して軽視できません。夜も眠れないほど気になるのなら、精神的な安心のために繰り上げ返済を選ぶのも、立派に合理的な判断です。

「動ける態勢」の話をしましたが、それは裏を返せば「手元にお金を残しておくこと」の価値でもあります。繰り上げ返済で現金を使い切ってしまうと、病気や失業、家の修繕といった突然の出費に対応できなくなります。銀行は、いざというとき返済に苦しむ人に追加でお金を貸してはくれません。生活防衛資金として、最低でも生活費の半年から1年分は現金で確保しておきましょう。この「手元流動性」こそ、金利上昇局面で家計を守る最強の盾になります。金利が上がってきたら繰り上げ返済に振り向ける弾にもなり、突然の出費にも備えられる。同じ現金が、二重の意味であなたを守ってくれるのです。

考え方は、年代やライフステージによっても変わってきます。定年が近く、これから収入が減っていく世代であれば、退職後にローンを残さない安心を優先し、返済に重心を置く判断も十分に合理性があるでしょう。まして金利がこの先も上がりうることを踏まえれば、収入が細る時期に変動金利の返済を抱え続けるリスクは、決して小さくありません。一方、20代、30代でこれから収入の伸びしろがあり、運用に回せる時間もたっぷりある世代なら、複利の力を最大限生かすために投資へ厚く配分する選択が生きてきます。同じ「1%のローン」でも、あなたが人生のどの地点に立っているかで最適解は変わるのです。

そして現実的な解は、「全額返済」でも「全額投資」でもない、その中間にあります。余裕資金を、繰り上げ返済に回すぶん、手元資金として厚く確保するぶん、そして投資に回すぶん。この3つにどう振り分けるかを考える。しかも、その配分は一度決めたら固定、というものではありません。今後の金利動向を見ながら、少しずつ重心を移していくのです。金利がまだ低いうちは手元資金と投資に厚めに、上昇が現実味を帯びてきたら返済へ重心を移す。この機動的な調整こそが、金利のある世界での家計運営の肝になります。私がお薦めしたいのは、まさにこの「動かしながら整える」という向き合い方です。

幸い、金利上昇にはまだ時間的な余裕があります。政策金利が一気に跳ね上がるわけではなく、変動金利への反映にも時間差があります。ですから、今日明日で何かを決めなければと焦る必要はありません。ただし、これだけは強調させてください。変動金利のローンを抱えている以上、将来の金利上昇リスクからは誰も逃れられません。「今は低いから大丈夫」と考えて放置するのと、「いずれ上がる、その時どう動くか」を頭の片隅に置いておくのとでは、いざという時の対応がまるで変わってきます。余裕のある今のうちに、備えの絵を描いておく。それが、変動金利と付き合う人にとっての最低限の心得です。

金利上昇は、私たちに家計を見直す絶好の機会を与えてくれます。「借金=悪」という思い込みを一度外し、金利と運用利回りを自分の頭で天秤にかけてみてください。そして、その天秤は一度かけて終わりではありません。状況が動けば、最適解も動きます。焦って動くのでもなく、思考停止で放置するのでもなく、冷静に数字と向き合い続ける。そのひと手間が、これからの「金利のある世界」であなたの資産を静かに、そして確実に守ってくれるはずです。

藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役
千葉県出身。横浜市立大学経営学科卒業後、1990年に太平洋証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。個人・法人の資産運用を担当し、バブル崩壊後の市場を第一線で経験する。のちに本社投資情報部でプラント・機械・IT・半導体など幅広い業種を担当し、年間数百件におよぶ企業取材を通じて成長株分析に強みを培う。1999年の台湾地震では、TSMCをはじめとする現地半導体メーカーを取材し、アジア市場リスクを日本の投資家へ発信した。
2003年にライジングブル投資顧問株式会社を設立し、代表取締役に就任。「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」を理念に、投資助言と教育を融合した“伴走型”のビジネスモデルを追求している。創業21年を迎えた現在も、金融庁登録の投資助言・代理業として行政処分ゼロを継続。700件超の売買助言ログを公開し、“信頼を見せる投資顧問”として、投資家に寄り添った長期的な資産形成を支援している。

公式サイト https://www.risingbull.co.jp/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2026年7月31日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

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