ひろゆきこと西村博之氏と妻の西村ゆか氏をめぐって、「離婚」という言葉がネット上を駆け巡っています。
きっかけは、ひろゆき氏が泉房穂氏と「ひろゆき&いずみ新党(仮)」を設立したことでした。ゆか氏は、この動きを事前にほとんど知らされていなかったとして強く反発し、「信頼関係が保てない」として離婚という選択肢まで提示したといいます。
ここだけ聞けば、「ひろゆき夫妻が離婚危機」というニュースになります。
しかし、今回もっと考えるべきなのは夫妻の離婚問題そのものではありません。ABEMA TIMESをはじめとするネットメディアやSNSが、どのように言葉を切り取り、読者にどのような印象を与えているかという問題です。
ABEMAは嘘を書いていない
まず重要なのは、ABEMA TIMESの記事が嘘を書いているわけではないということです。
ゆか氏が「離婚」を提示したことも、「信頼関係が保てない状態で夫婦を続けるのは無理」という趣旨の発言をしたことも、報道された内容に基づけば事実です。
ひろゆき氏も離婚したいとは考えていない様子であり、夫妻の間で意見が対立していることも伝えられています。
つまり、一つ一つの事実だけを見れば間違ってはいません。
だからこそ厄介なのです。
「離婚を提示」が「離婚する」に見えてしまう
「妻が夫に離婚を提示した」という文章と、「夫妻が離婚する」という文章はまったく違います。
ところがネットニュースでは、見出しに大きく「離婚」という文字が入るだけで、読者の印象は大きく変わります。
本文まで読めば「離婚について話し合っている段階」だと分かります。しかしSNSで流れてくる記事の見出しやサムネイルだけを見れば、「ひろゆき夫妻が離婚するらしい」と受け取る人が出てきても不思議ではありません。
これは虚偽報道ではありません。
事実の一部分だけを強調することで、事実以上の印象をつくり出す報道です。
完全なデマなら、間違いを指摘するのは簡単です。しかし、一つ一つの事実は正しいため、「何が問題なのか」が見えにくい。現代のネットニュースで本当に厄介なのは、このタイプの情報なのではないでしょうか。
切り抜かれるたびに意味が変わる
さらにSNSでは、記事そのものがもう一度「切り抜かれ」ます。
最初は、
「ゆか氏が離婚という選択肢を提示した」
という情報だったものが、
「ひろゆき離婚危機」
となり、さらに短くなれば、
「ひろゆき離婚」
となります。
文字数は減っているだけですが、意味は少しずつ変わっています。
そして最後には、まだ離婚が決まってもいないのに、あたかも離婚が既定路線であるかのような印象が出来上がります。
SNS時代には、多くの人が記事本文を読みません。見出し、画像、数十秒の動画だけを見て、その出来事を理解したつもりになります。
だからメディア側も、より強い言葉を見出しに置く誘惑にかられます。
「夫婦間で意見の相違」
ではクリックされませんが、
「離婚」
ならクリックされるからです。
嘘ではないから責任がない、ではありません
もちろん、報道機関には読者の関心を引く見出しをつける必要があります。
しかし、「本文に書いてあるから問題ない」「見出しも事実だから問題ない」で済ませてよいのでしょうか。
見出しは単なる本文への入口ではありません。今や多くの人にとって、見出しそのものがニュースです。
そのため、見出しによって読者がどんな印象を受けるかまで含めて、報道側には一定の責任があるはずです。
今回のケースで言えば、重要なのは「離婚が決まった」ということではなく、ゆか氏が新党設立について事前に説明されなかったことに怒り、「離婚も選択肢だ」と夫に突きつけたことです。
そこにはかなり大きな違いがあります。
本人たちより先にネットが「離婚」を決める
著名人の夫婦げんかは、いまやネットで瞬時に人気コンテンツと化します。
夫婦の一方が感情的になって「離婚」という言葉を口にすれば、それが番組で放送され、ニュース記事になり、SNSで切り抜かれ、さらにまとめサイトや動画で再編集されます。
その結果、本人たちがまだ何も決めていない段階で、ネット上では「離婚危機」という物語が完成します。
これはひろゆき夫妻だけの問題ではありません。
政治家でも芸能人でも企業経営者でも、長い発言の中から最も刺激的な一言だけを抜き出し、それを人物全体の主張であるかのように見せる手法が一般化しています。
それは必ずしもフェイクニュースではありません。
むしろ、嘘ではないからこそ広まりやすく、訂正も難しいのです。
「事実」と「印象」は別物
今回の騒動で考えるべきなのは、ひろゆき夫妻が離婚するかどうかではありません。
本人たちが結論を出していない以上、それは本人たちにしか分からないことです。
問題なのは、事実を正確に書いてさえいれば、どんな印象を与える見出しでも許されるのかということです。
ABEMAは嘘を書いていません。
しかし、「嘘ではない」ということと、「読者に正確な全体像を伝えている」ということは同じではありません。
フェイクニュースより見抜きにくいのは、事実を材料にして、読者の頭の中に別の物語をつくるニュースです。
今回の「離婚」報道は、その典型例ではないでしょうか。

※騒動後、音喜多氏の長女の誕生会にそろって出席したひろゆき夫妻。









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