専門家がもし「ウクライナ・ロビー」という村だったら

先月に「ニュースの争点」のYouTubeで、戦後の日本といちばん対照的な国はイスラエルだという話をした。なので、日本が “脱・戦後” をめざすことに理があるとしても、勢いがつきすぎるとイスラエル化が起きてしまう。

野党は「日本のイスラエル化」に結束して反対せよ|與那覇潤の論説Bistro
戦後という時代も80年を越え、高市政権が "脱・戦後" へと爆走しているのを、誰もが知っている。だが問題は、走った果てにどこまで行くかだ。 あまり意識されないが、日本の戦後と180度逆の軌跡を歩んできた国は、イスラエルである。ぼく自身、最初...

よく知られるように、とにかくアメリカを巻き込んで周辺国と戦争したがるイスラエルの(日本人からすると)異様な対外姿勢を支えるのが、米国内の「イスラエル・ロビー」である。同じチャンネルに、篠田英朗氏が解説する番組がある。

噂話や陰謀論ではなく、学術的に分析した最初の書籍は、2007年に出た『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』。03年に始まったイラク戦争が行き詰まり、中東政策の前提に疑いが兆したからこそのタイミングだった。

著者は(日本では)ウクライナ戦争で妙に有名になったシカゴ大のJ・ミアシャイマーと、ハーバード大のS・ウォルト。しかし権威ある学者2名でも元の論文は妨害に遭い、米国ではムリで英国の雑誌に掲載されている。

『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策(1)』(J・ジョン・ミアシャイマー,M・スティーヴン・ウォルト,副島 隆彦) 製品詳細 講談社
世界同時発売 世界を震撼させた論文、遂に単行本化! 世界覇権国アメリカの政策を歪めてきたのは誰か!? 『文明の衝突』のS・ハンチントンに並ぶ世界最高の知性がタブーに挑む。陰謀説を超える議論の提起!! <イスラエル・ロビー>とは、イスラエルを...

もともと有名な本だが、2020年代のいま、新たな意味が生まれている。イスラエルではなく別の国をめぐって、アメリカどころかまさに日本で起きた現象を、予言したものとしても読めるのだ。

最近のユダヤ系米国人への意見調査で次のことが明らかになっている。

「およそ3分の2の回答者が “アラブとの和平交渉についての個人の見解いかんにかかわらず、ユダヤ系米国人は正式に選出されたイスラエル政権の政策を支持すべき” ことに賛成だ」

このように、重要なユダヤ系米国人団体の指導者とメンバーはともに、「イスラエル政府に圧力を加えること」を米国政府に求めることはほとんどない。イスラエルの政策について全面的に認めるわけにはいかないときですらそうなのだ。

1巻、220頁
強調を附し、表記を改変

すごいね。個人の意見は自由でいいが、イスラエルの「政府に対して批判してはいけない」というわけだ。それはもう自由とは言わんだろ、と、ふつうの日本人なら思うわけだが、世の中にはふつうでない人もいる。

はい。たとえば “ロシアとの和平交渉についての個人の見解いかんにかかわらず……(もう任期が切れた選挙で)正式に選出されたキーウ政権の政策を支持すべき”、それが当然! みたいな人たち、いましたよねぇ(笑)。

ゼレンスキー大統領は独裁者なのか: 「戦時下」の日本史から考える|與那覇潤の論説Bistro
日本の国際政治学者による「叩き込み」も空しく、プーチンとの手打ちに前のめりなトランプがゼレンスキーを「独裁者」と呼び、西側諸国で批判を集めている。もともとSNSでも言っていたのだが、2/19には集会の場で公に、ゼレンスキーが「選挙の実施を拒...

そんな「自由のふりをした不自由」という自己欺瞞に慣れきってしまうと、どんな国の人であれメンタルがおかしくなる。ミアシャイマーとウォルトの共著の、先の引用の直前には、

「ユダヤ人は、イスラエル政府の行動をもう一度自分たちでチェックすることに罪の意識を持っている。ユダヤ人はまさにこの理由で自動的に同調するのだ」

同頁

という、恐怖の一節が記されている。

世界史上で長らく迫害されてきたユダヤ人に、被害者意識があるのは自然なことだが、だからといって「誰が加害者かを決めて叩ける」という被害者権力を、イスラエルという “国家” が独占してしまえば歪みが出てくる。

問題はフェイクニュースではない、フェイク・ジャスティスなのだ。(『江藤と加藤』最新イベント!)|與那覇潤の論説Bistro
國分功一郎さんが昔、千葉雅也さんとの対談で面白いことを言っていた。典拠は、アーレントがフランス革命を批判した『革命について』である。 『言語が消滅する前に』千葉雅也/國分功一郎 | 幻冬舎人間が言語に規定された存在であることは二〇世紀の哲学...

とはいえ、もはやこれも他人事ではない。

現に、同じことが「侵略の被害者」である某国について発生すると、うおおおその国の行動をチェックした時点で加害者! てか被害者を応援する私の行動をチェックするヤツも加害者! な日本人が出てきたのだった(苦笑)。

ReHacQは「一流のメディア」になるために何をすべきか|與那覇潤の論説Bistro
ReHacQ(リハック)というネット世代に人気があるらしいYouTubeのチャンネルに、国際政治学者の東野篤子氏が出演し、話題になっている。 ヘッダーは、彼女が「自分はネットで叩かれる」旨を繰り返す箇所の一部だが、カタカナでセンモンカと書く...

さらに注目すべきは「米国を巻き込んで戦う」という、もし “有事” となれば日本にも共通かつ不可欠な戦略が、しかしアディクション(中毒)を起こした場合の副作用についても、イスラエルが先例を示している点である。

石油危機を招いたことで知られる1973年の第四次中東戦争の後、米国務長官として調停にあたったキッシンジャーのぼやきを、ミアシャイマーとウォルトは引用している。いわく、

ヘンリー・キッシンジャー - Wikipedia

キッシンジャーは、この交渉中のある時点でこう不満を述べている。

「私がラビン〔74年から首相〕に譲歩を求めると、彼は、『イスラエルは弱いからそれはできない』と言う。それで、私が彼にさらに武器を与えると、今度は『イスラエルは強いから譲歩する必要はない』と言うのだ」

1巻、91頁

人名と国名を入れ替えるだけで、2020年代にそのままあてはまる例があることを、誰もがさすがにもう知っている。半世紀前との違いは、アメリカの指導者も子どもになって、忍耐せずキレるようになったことくらいだ。

アメリカで「公開処刑」されたゼレンスキー: 日本への教訓|與那覇潤の論説Bistro
現地時間の2/28、ホワイトハウスの執務室でトランプ、ヴァンスとゼレンスキーが言い争う様子は、世界に衝撃を与えた。日本でもここまで多くの人が一斉に話題にする海外の映像は、9.11のツインタワー以来、記憶にない。 なぜそんな事態が世界に配信さ...

要するに(前史としてはコロナからだけど)、戦争の序盤に「うおおおッ、TVでもSNSでもセンモンカが大活躍!  “まちがった主張” を撲滅して日本のメディアをアップデートうおおおお!」みたく言われたのは、

日本にもウクライナ・ロビーができました

というだけの話だったのだ。

で、そんな状況を放置するとなにが起きるかも、ミアシャイマーとウォルトはずばり書いている。繰り返すが、これは2007年の書物である。

なぜ、学問を修めた「意識の高い人」がネットリンチに加わってしまうのか|與那覇潤の論説Bistro
8月27日付で、筑波大学は所属する東野篤子教授のTwitter利用に関し、「コンプライアンス違反に該当するような事項は確認することができませんでした」(原文ママ)との回答を、ネットリンチによる被害を訴えていた羽藤由美氏に送付した。 知と理は...

米国人は〈イスラエル・ロビー〉に属する一部の団体や個人が採用している、人々の発言を封じ込めるような方法を拒絶しなければならない。議論をさせないことや相手を中傷することは、民主政治が拠り所としている活発で開かれた議論という原理に反している

この非民主的方法に継続的に依存していると、将来、敵意に満ちたしっぺ返しが発生する危険性がある。

2巻、288頁(改行を追加)
しっぺ返しはルビ「ブロウバック」

この間、「うおおおセンモンカの “正しい主張” しか要らねぇ!」と驕る学者たちが起こしてきたのが、いわゆるキャンセルカルチャーだが、かねて指摘しているとおり、反・学問のしっぺ返しはすでに起きている(涙笑)。

いまこそ、センモンカが “ロビイスト” の上品な呼び換えに過ぎなかったことを直視し、学者としての扱いを剥奪しなければ、ブロウバックへの対応は間にあわない。やりたくないなら、学問ごと消えたらいいだけだ(失笑)。

資料室: 皇室典範改正でも「役立たず」の歴史学に未来はあるのか|與那覇潤の論説Bistro
周知のとおり、皇室典範の改正は「男系男子うおおおお!」派を除く全国民にとって、最悪の結果に終わった。部数として最大の保守系新聞の社説が、なんとここまで書くほどである。 皇室典範改正 象徴天皇制の根幹を傷つけた【読売新聞】 戦後80年にわたっ...

現在再校待ちの『なぜ「まちがえた」と言えないのか』では、今回は “もし” ということにしておいた「ウクライナ・ロビー」の存在を、歴史学(笑)が培うテクニックを活かして実証している。ぜひ、ご期待いただきたい。

そしてセンモンカと見なしてもらえれば「ネットで無双できる!」という矮小な欲求から、ロビイストの劣化コピーそのものの言動を繰り広げた幼稚な歴史学者たち(苦笑)についても、しっかり実名を出して批判している。

ミアシャイマーとウォルトの共著をその際、大きく参照したことへの感謝を込めて、今月の『文藝春秋』連載では同書を採り上げた。圧縮して1ページにまとまりタイパ最強なので、ぜひ多くの人の目に触れますように。

J・ミアシャイマー、S・ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(1)(2) | 與那覇 潤 | 文藝春秋PLUS
あまり言われないが、冷戦下の日本とイスラエルほど、好一対の対照をなす国はない。まるで激動の「アジア」の東と西の端へと、生き別れた双子のようだ。 本書も紹介する、MNNAという概念がある。米国の主要…

参考記事:

資料室:「ウクライナ応援団」はいかにして崩壊したのか|與那覇潤の論説Bistro
秋に出す新刊『なぜ「まちがえた」と言えないのか』を今月入稿する予定で作業していたら、いまになって編集者から「この記事は必ずチェックしてください!」の通知が来てしまった。勘弁してくれとはこのことである。 そうなるのも、同書の副題が「専門家依存...
なぜ「ウクライナが優勢」に期待すると、いつも裏切られるのか|與那覇潤の論説Bistro
今回のW杯は盛り上がったようだが、例によってぼくは1試合も見ないままだった。サッカーを軽んじてるのではなくて、取り巻くメディアの雰囲気に引いてしまうのだ。 開幕前は「◯◯ジャパンは最強、目標は当然優勝ですうおおおお!」みたく煽りながら、敗退...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください

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