
先月に「ニュースの争点」のYouTubeで、戦後の日本といちばん対照的な国はイスラエルだという話をした。なので、日本が “脱・戦後” をめざすことに理があるとしても、勢いがつきすぎるとイスラエル化が起きてしまう。

よく知られるように、とにかくアメリカを巻き込んで周辺国と戦争したがるイスラエルの(日本人からすると)異様な対外姿勢を支えるのが、米国内の「イスラエル・ロビー」である。同じチャンネルに、篠田英朗氏が解説する番組がある。
噂話や陰謀論ではなく、学術的に分析した最初の書籍は、2007年に出た『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』。03年に始まったイラク戦争が行き詰まり、中東政策の前提に疑いが兆したからこそのタイミングだった。
著者は(日本では)ウクライナ戦争で妙に有名になったシカゴ大のJ・ミアシャイマーと、ハーバード大のS・ウォルト。しかし権威ある学者2名でも元の論文は妨害に遭い、米国ではムリで英国の雑誌に掲載されている。

もともと有名な本だが、2020年代のいま、新たな意味が生まれている。イスラエルではなく別の国をめぐって、アメリカどころかまさに日本で起きた現象を、予言したものとしても読めるのだ。
最近のユダヤ系米国人への意見調査で次のことが明らかになっている。
「およそ3分の2の回答者が “アラブとの和平交渉についての個人の見解いかんにかかわらず、ユダヤ系米国人は正式に選出されたイスラエル政権の政策を支持すべき” ことに賛成だ」
このように、重要なユダヤ系米国人団体の指導者とメンバーはともに、「イスラエル政府に圧力を加えること」を米国政府に求めることはほとんどない。イスラエルの政策について全面的に認めるわけにはいかないときですらそうなのだ。
1巻、220頁
強調を附し、表記を改変
すごいね。個人の意見は自由でいいが、イスラエルの「政府に対して批判してはいけない」というわけだ。それはもう自由とは言わんだろ、と、ふつうの日本人なら思うわけだが、世の中にはふつうでない人もいる。
はい。たとえば “ロシアとの和平交渉についての個人の見解いかんにかかわらず……(もう任期が切れた選挙で)正式に選出されたキーウ政権の政策を支持すべき”、それが当然! みたいな人たち、いましたよねぇ(笑)。

そんな「自由のふりをした不自由」という自己欺瞞に慣れきってしまうと、どんな国の人であれメンタルがおかしくなる。ミアシャイマーとウォルトの共著の、先の引用の直前には、
「ユダヤ人は、イスラエル政府の行動をもう一度自分たちでチェックすることに罪の意識を持っている。ユダヤ人はまさにこの理由で自動的に同調するのだ」
同頁
という、恐怖の一節が記されている。
世界史上で長らく迫害されてきたユダヤ人に、被害者意識があるのは自然なことだが、だからといって「誰が加害者かを決めて叩ける」という被害者権力を、イスラエルという “国家” が独占してしまえば歪みが出てくる。

とはいえ、もはやこれも他人事ではない。
現に、同じことが「侵略の被害者」である某国について発生すると、うおおおその国の行動をチェックした時点で加害者! てか被害者を応援する私の行動をチェックするヤツも加害者! な日本人が出てきたのだった(苦笑)。

さらに注目すべきは「米国を巻き込んで戦う」という、もし “有事” となれば日本にも共通かつ不可欠な戦略が、しかしアディクション(中毒)を起こした場合の副作用についても、イスラエルが先例を示している点である。
石油危機を招いたことで知られる1973年の第四次中東戦争の後、米国務長官として調停にあたったキッシンジャーのぼやきを、ミアシャイマーとウォルトは引用している。いわく、

キッシンジャーは、この交渉中のある時点でこう不満を述べている。
「私がラビン〔74年から首相〕に譲歩を求めると、彼は、『イスラエルは弱いからそれはできない』と言う。それで、私が彼にさらに武器を与えると、今度は『イスラエルは強いから譲歩する必要はない』と言うのだ」
1巻、91頁
人名と国名を入れ替えるだけで、2020年代にそのままあてはまる例があることを、誰もがさすがにもう知っている。半世紀前との違いは、アメリカの指導者も子どもになって、忍耐せずキレるようになったことくらいだ。

要するに(前史としてはコロナからだけど)、戦争の序盤に「うおおおッ、TVでもSNSでもセンモンカが大活躍! “まちがった主張” を撲滅して日本のメディアをアップデートうおおおお!」みたく言われたのは、
日本にもウクライナ・ロビーができました
というだけの話だったのだ。
で、そんな状況を放置するとなにが起きるかも、ミアシャイマーとウォルトはずばり書いている。繰り返すが、これは2007年の書物である。

米国人は〈イスラエル・ロビー〉に属する一部の団体や個人が採用している、人々の発言を封じ込めるような方法を拒絶しなければならない。議論をさせないことや相手を中傷することは、民主政治が拠り所としている活発で開かれた議論という原理に反している。
この非民主的方法に継続的に依存していると、将来、敵意に満ちたしっぺ返しが発生する危険性がある。
2巻、288頁(改行を追加)
しっぺ返しはルビ「ブロウバック」
この間、「うおおおセンモンカの “正しい主張” しか要らねぇ!」と驕る学者たちが起こしてきたのが、いわゆるキャンセルカルチャーだが、かねて指摘しているとおり、反・学問のしっぺ返しはすでに起きている(涙笑)。
いまこそ、センモンカが “ロビイスト” の上品な呼び換えに過ぎなかったことを直視し、学者としての扱いを剥奪しなければ、ブロウバックへの対応は間にあわない。やりたくないなら、学問ごと消えたらいいだけだ(失笑)。

現在再校待ちの『なぜ「まちがえた」と言えないのか』では、今回は “もし” ということにしておいた「ウクライナ・ロビー」の存在を、歴史学(笑)が培うテクニックを活かして実証している。ぜひ、ご期待いただきたい。
そしてセンモンカと見なしてもらえれば「ネットで無双できる!」という矮小な欲求から、ロビイストの劣化コピーそのものの言動を繰り広げた幼稚な歴史学者たち(苦笑)についても、しっかり実名を出して批判している。
ミアシャイマーとウォルトの共著をその際、大きく参照したことへの感謝を込めて、今月の『文藝春秋』連載では同書を採り上げた。圧縮して1ページにまとまりタイパ最強なので、ぜひ多くの人の目に触れますように。

参考記事:

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください







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