
中小企業庁は6月、「中小企業・小規模事業者の人材マネジメントに関する研究会報告書」を公表した。
「人材を活かす経営」「採用力の向上」「育成」「定着」どれも聞こえは良い。しかし私は、この報告書を読んで強い違和感を覚えた。
中小企業庁は、日本の中小企業がなぜ人手不足に陥っているのか、その原因を正しく捉えていないのではないか。
人材マネジメントで利益は生まれない
報告書には、採用、育成、定着、エンゲージメント、経営者の意識改革といった言葉が並ぶ。
しかし、そこには決定的に欠けているものがある。
利益である。利益を生まない企業が、どれだけ人材マネジメントを学んでも、経営は根本的には変わらない。利益率3%の会社が、人事制度を整えたからといって、突然利益率10%になるわけではない。
利益が増えなければ、賃金は上げられない。設備投資もできない。教育投資もできない。大企業や成長企業との人材獲得競争にも勝てない。
つまり、人材マネジメントは重要ではあるが、それは利益を生む経営戦略の上に成り立つものである。
中小企業庁は原因と結果を逆にしている
人材が集まる会社だから高収益なのではない。高収益だから人材が集まるのである。この当たり前の順番が、中小企業政策ではしばしば逆転している。
例えば、私が以前取り上げたマルマエは、単に人事制度が優れていたから成長したのではない。半導体製造装置という世界市場で、価格決定権を持てる事業を確立したから、高い利益率を実現できた。
利益率が高いから、賃金を上げられる。設備投資ができる。教育投資ができる。その結果として、優秀な人材が集まる。順番は常に同じだ。
価格決定権、利益、人材投資。人材マネジメントは、最後に来るのであって、最初に来るものではない。
「人手不足」という言葉で経営責任を隠すな
自称経営者はよく「人手不足」と言う。しかし、本当に人が足りないのだろうか。それとも、その給料では誰も働きたくないだけではないのか。その会社に、将来性がないだけではないのか。その仕事に、誇りや成長機会がないだけではないのか。
この問いを避けたまま、「採用力を高めましょう」「人材を活かしましょう」と言っても、本質的な解決にはならない。
人が来ない会社・離職率が高い会社には、そうなる理由が必ずある。その理由が、低収益・低賃金・低付加価値のビジネスモデルにあるなら、人材マネジメントではなく経営そのものを変えるしかない。
「稼げない会社」を延命する政策になっていないか
私は、中小企業庁の今回の提言が、結果として「稼げない会社」を延命する政策にならないかと危惧している。利益率が低く、価格競争から抜け出せない企業に、人材マネジメントだけを教えても、問題は解決しない。
必要なのは、採用研修ではない。価格決定権を持つ経営戦略である。世界市場で売れる商品をどう作るのか。ブランドをどう築くのか。ニッチトップをどう目指すのか。M&Aによってどう規模を拡大するのか。利益率をどう上げるのか。
そこを問わない限り、日本の中小企業は変わらない。
中小企業庁は歴史的使命を終えた
ここで、より根本的な問題を提起したい。私は、中小企業庁はすでに歴史的使命を終えたと考えている。人が余っていた戦後の日本では、中小企業は雇用の受け皿であり、大企業を支える下請けでもあった。当時は、中小企業を保護すること自体に一定の合理性があったのだろう。
しかし、現在の日本は違う。生産年齢人口の劇的な減少、国際競争、AI革命、産業再編。こうした環境の中で必要なのは、「中小企業を守る政策」ではない。
必要なのは、世界市場で価格決定権を持つ企業を育てる政策である。
ところが、中小企業庁は今なお、「中小企業をどう守るか」という発想から抜け出せていないように見える。これこそが問題なのである。
政策の失敗が総括されていない
30年以上にわたり、日本の実質賃金は伸び悩んできた。生産性も十分に上がらなかった。人手不足は深刻化した。
それにもかかわらず、中小企業政策は、補助金、助成金、信用保証、人材支援と、性懲りもなく支援策を積み重ねてきただけだった。
しかし、その結果はどうだったのか。中小企業の従業員の賃金は十分に上がったのか。日本経済全体の生産性は上がったのか。低収益企業の再編は進んだのか。
この問いへの厳しい総括がないまま、今度は「人材を活かす経営」である。これは政策の失敗を別の言葉で覆い隠しているだけだ。
これほど長期間にわたり成果を上げられなかった行政組織であれば、その役割や存続そのものを問い直す議論が起きても不思議ではない。
しかし日本では、制度そのものを問い直す議論よりも、「既存制度をどう改善するか」という議論に終始しがちである。これが日本経済衰退の一因ではないか。
「中小企業政策」という発想を解体せよ
私は、単に中小企業庁という看板を下ろせばよいと言っているのではない。問題はもっと深い。「中小企業だから(どんなにブラックでも)支援する」という発想そのものを解体すべきだと言っているのである。
政策の基準は企業規模ではない。生産性、賃金、付加価値、世界市場で通用する競争力である。
中小企業であっても、高い賃金を払い、世界市場で価格決定権を持つ企業は支援すべきだ。一方で、中小企業であるという理由だけで、低収益企業を延命する理由は何もない。早く消えてほしい。
本来、政策の目的は無駄に多い企業数を維持することではない。国民の所得を増やすことである。
必要なのは「産業競争力庁」だ
もし後継組織を作るなら、それは「中小企業庁」ではなく、「産業競争力庁」であるべきだ。その使命は、企業を守ることではない。世界市場で価格決定権を持つ企業を育てることである。
補助金を配る役所ではなく、企業の退出と再編を促す役所。M&Aを支援し、規模拡大を促す役所。海外展開を後押しする役所。ブランド構築を支援する役所。高賃金企業への労働移動を促す役所。
そうした組織へ転換しない限り、日本の中小企業政策は同じ失敗を繰り返し、日本社会の貧困化は止まらないだろう。
「人材を活かす経営」の前に「稼げる経営」を
「人材を活かす経営」は重要である。しかし、それだけでは足りない。
そもそも稼げない企業は、人材を活かすこともできない。生活に必要な賃金を払えない。教育投資もできない。若者に選ばれない。だから人手不足になる。
その原因を直視せず、人材マネジメントだけを説くのは、原因と結果を取り違えている。日本に必要なのは、「人をどう管理するか」ではない。どう利益を生む企業を増やすかである。
その答えは、人材マネジメントではなく、価格決定権にある。
中小企業庁がその本質を見落とし続けるなら、もはや中小企業庁の存在意義そのものを問い直すべき時期に来ている。







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