黒坂岳央です。
当たり前のようにコンビニは24時間営業をして来た。だがその当たり前を変える時が来ていないだろうか。より厳密に言えば、すべてのコンビニが24時間営業する必要はないと思っている。
夜中にコンビニを必要とする人は確かにいる。夜勤で働く人やトラックドライバー、医療従事者にインフラ関係者などだ。深夜に仕事をしている人にとって、コンビニが開いていることはありがたいだろう。
いきなりコンビニが夜、開かなくなったら困る人は多い。だが、すべてのコンビニが24時間営業である必要はない。持論を述べたい。

Kokkai Ng/iStock
「必要な人がいる」と「全店舗で必要」は違う
例えば、深夜の繁華街にあるコンビニなら、24時間営業には合理性がある。駅前、幹線道路沿いや工場や物流拠点の近くだ。ここでは夜中でも一定の需要が見込める。
しかし、地方の住宅地にあるコンビニはどうだろうか。深夜2時、3時に一体何人の客が来るだろう。筆者はもう10年以上、深夜時間帯にコンビニを利用していない。必要がないからだ。そして自分が住んでいるエリアにもたくさんのコンビニがあるが、住宅街でおそらく来店者はほぼ皆無だ。コンビニどころか22時を過ぎたらほぼ人は誰も歩いていない。そんな場所まで24時間営業をやっている。
これまで日本は潤沢な労働人口を抱え、またコンビニという仕事は不登校や引きこもりの社会復帰に適切な仕事という側面があった。筆者の弟は中卒だったが、深夜のコンビニで働き始めたことがきっかけで社会復帰の起点になった。
深夜のコンビニは昼間ほど超スピード対応が必要なく、それでいて業務量は細かく、多岐にわたるので程よく忙しい。彼はコンビニで経済的に自立してその後、独学で大検を取り大学へ進学した。コンビニには特別な思い入れがあるようだ。
だがもう今は10年前、20年前とは状況が違う。労働人口は着実に減り続け、激しい国際競争に晒される。現代、ほとんど来店がない地方のコンビニ24時間営業の維持にまで人手を割いている余裕はないはずだ。
希少な労働力は付加価値の高い仕事へ
例えば、地方のコンビニで深夜2時から朝5時まで働く人がいるとする。その時間帯に来店する客は数人かもしれない。労働力を使えば、その数人の客はいつでも買い物ができる。だがわずかな来店者のために失われるものは大きい。
仮にその店員が別の仕事をしていたらどうだろうか。建設現場、製造業、物流や物光業で働けば日本経済全体で見た場合は合理的だ。もちろん単純に「コンビニ店員を別の職業に移せ」という話ではない。本人の希望もあるし、必要な技能も違う。
人口が増えていた時代なら、多少の非効率は「便利だから」で済ませられたが、人口が減って労働力が希少になると話は変わる。外国人労働者抜きで便利な社会がままならなくなった。東京へ行けばコンビニは外国人だらけだが、その外国人を深夜のコンビニで働くのも労働力の活用として疑問である。
これからの日本に必要なのは、何でもかんでも人手でサービスを維持することではない。限られた人間を、より価値の高い仕事に振り向けることだ。
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「いつでも買える」という便利さのために、社会全体が過剰なコストを負担する必要はない。コンビニは24時間営業しなくていい。正確には、24時間営業する価値のあるロケーションの店だけ24時間営業すればいいのである。
人口減少時代に必要なのは、何でも便利にすることではなく、価値ある便利さだけを残すことではないだろうか。
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「Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)







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