AIが普及すると、真っ先に消える仕事の一つが「営業」だといわれてきました。商品情報はネットで調べられ、比較もAIがやってくれる。見積書や提案書もAIがつくる。わざわざ営業マンから説明を聞く必要はなくなり、最後はAI同士が商談するようになる――そんな未来予測も珍しくなかったが、現実はそれとは違います。

3人だった営業組織が約130人に
象徴的なのが富士通のデジタルセールス部門です。AIの導入によって営業を減らすどころか、営業組織そのものを拡大しています。つまりAIは営業を駆逐するのではなく、営業を強くする武器になり始めているのです。(日本経済新聞)
同社は2020年、新規顧客を開拓するデジタルセールス組織をわずか3人で立ち上げました。それが現在では約130人規模にまで膨らんでいる。従来のように営業担当者が見込み客探しから提案、見積もりまで何でも抱える「先発完投型」から、データとテクノロジーを使う分業型へ転換しました。
AIは顧客企業の情報収集、電話内容の文字起こし、商談の要約、CRMへの入力などを代行する。富士通が導入したamptalk analysisでは、これまで上司にも見えなかった電話や商談の内容までデータ化し、営業担当者の教育に利用できる。つまりAIが奪っているのは営業という仕事ではなく、営業のためにやっていた雑用なのです。
「背中を見て覚えろ」が不要になる
営業には昔から属人的な部分が多かった。「あの人は営業センスがある」「人たらしだから売れる」といった話になり、トップ営業マンのノウハウは本人の頭の中にしかない。そのため新人には「先輩の背中を見て覚えろ」という世界でした。
AIはここを変えます。商談を大量に文字起こしして解析すれば、どんな質問をしたとき顧客の反応が良かったのか、売れる営業と売れない営業は何が違うのかを比較できる。新人が模擬商談をすれば、AIが相手役になり、改善点まで指摘してくれる。営業ノウハウが「職人芸」から「データ」に変わるのです。
富士通ではこうした仕組みを使い、営業未経験者でも短期間で戦力化できる体制を構築しています。2021年度と2025年度を比較すると、デジタルセールス部門が創出して受注に至った商談は82.4倍に増えたと日経は報じています。
AIが普及するほど「人間の営業」が重要になる
これは一見すると矛盾しています。顧客自身もAIを使えば、商品のスペックや価格など簡単に比較できるので、営業マンはいらないはずですが、情報を集めることと意思決定は違います。
特に企業向け営業では、「どの商品が一番安いか」を決めれば終わりではありません。「自社の問題はそもそも何なのか」「社内の誰を説得すればいいのか」「この投資を経営会議にどう説明するのか」といった問題があります。
AI時代になれば商品情報そのものの価値は下がります。その代わり、顧客自身も明確に認識していない課題を発見し、社内を動かし、意思決定を支援する能力の価値は高まります。ここでは人間同士の信頼や交渉も重要になるのです。
要するに、御用聞き営業はAIに代替されるが、優秀な営業はAIによってさらに強くなるのです。
AIに仕事を奪われるのは「AIを使わない営業」
この現象は営業だけの話ではありません。生成AIについて「どの職業が消えるのか」という議論が盛んだが、職業を丸ごとAIが置き換えると考えると本質を見誤ります。
実際には一つの職業の中に、AIが得意な仕事と人間が得意な仕事が混在しています。営業なら、企業調査、議事録、報告書作成、CRM入力、提案書のたたき台作成はAIに任せられます。一方で顧客の本音を読み、問題を発見し、信頼関係を築き、最後の決断をうながす仕事は人間に残ります。
AIが前者を引き受ければ、営業マンは後者に使える時間を増やせます。経済学的にいえば、AIが人間の労働を「代替」するだけではなく、人間の生産性を引き上げる「補完財」になっているのです。
ただ営業職がなくならないからといって、昔ながらの営業マンが安泰というわけではありません。消えるのは営業職ではなく、AI営業マンとの競争に負ける、AIを使わない営業マンなのです。







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